誰にでも、なぜかは分からないが心惹かれてやまないものがある。出会ってすぐ惹かれるもの、時間をかけて少しずつ心を占領していくもの。ものにこだわってはいけない、なんていう人もいるが、心は操縦できないという言葉がイタリアにあるように、やはり惹かれる心は止められないものだ。
この連載の初めのほうにも書いたが、私にとってそれは焼き物の薬壺と古書だ。ファエンツアの陶芸学校で美学生をしていた時、薬壺に出会い恋に落ちた。もう25年ほど前の話になるが、あれから本当にたくさんの場所でいろいろな薬壺を見てきた。その中でも、いつも特別な存在感を放っていた壺がある。テリアカを収めた壺だ。修道院薬局などは数多くの薬壺コレクションがあるものだが、テリアカを入れる壺はたいてい大きく豪華で、薬局でも特別な製剤であったことが分かる。目玉商品的な存在だったのかもしれない。
前にも触れたが、この薬壺は中世やルネサンスの時代に薬草製剤を販売する際、入れ物として使われていたものだ。壺が美しければ、中身の薬草製剤もさぞ効用があるように見えたはずだ。聖なる器に入った聖なる薬。
さて、そのテリアカとは何か。
一般的に知られているのは、中世から1800年代にかけて万能薬とも最高の解毒剤ともいわれ、広くその名を馳せた薬だ。歴史は紀元前にまでさかのぼり、小アジアにあったポントス王国の王・ミトリダテス6世が暗殺を恐れて作らせた解毒剤が起源といわれる。この処方がローマへ伝わり、皇帝ネロの侍医・アンドロマコスが材料を加えて改良したものがテリアカだという。ペストすら防げると考えられ大流行し、江戸期の日本にももたらされたというテリアカだが、時代とともに衰退し、現在イタリアでは過去の栄光として懐古主義的な意味で細々と生産されているくらいだ。
学生時代は容器としての壺の美しさだけに惹かれて、テリアカが一体何かという探求まではしていなかった。しかしロレッタとの学びの中で、私はテリアカと再会することになる。そして意外にも、この消え去られたと思っていた万能薬は、現代でもリキュールという姿で私たちの生活に根づいていると知ることになるのだ。

「テリアカ」「ミトリダテス」と記された美しい薬壺
ロレッタのもとへ通い始めたころ、いつも薬草に関する本を読んでいる彼女に、私はよく本選びのアドバイスをもらっていた。ロレッタが触れている書籍すべてに興味があったけれど、まだまだ薬草の世界に入ったばかりだったので、初心者でも分かりやすいものを教えてもらっていたのだ。
ある日、ロレッタが「ユキコみたいなひよっこにも、読みやすくて分かりやすい本があるよ」と言って、一冊の本を出してきてくれた。マリア・トレーベンが書いた『 La salute della farmacia del Signore (薬用ハーブの薬箱)』という本だ。マリア・トレーベンはチェコ出身のハーバリストで、1900年代にオーストリアやドイツで活躍した人物だ。その本には有用薬草の紹介、使い方、レシピなどが記載されており、症状別の用途、彼女自身の実体験なども盛り込まれた、読み応えのある手引書になっている。
ロレッタはこう言った。「この本はね、あたしが薬草の勉強を始めたころに読んでいたんだよ。あたしが今でも作っている薬草の製剤には彼女のレシピもあるよ。これは1993年に出版された16版だね。いまは改訂版が出て、文章もすっきりしちゃってこの版のような“親しみ”がなくなってしまったけれど、よく読んだものだよ。この版はね、言葉の端々に彼女の人柄が出ていて、なんというか、チャーミングなのさ」

ロレッタが色を塗ったマリア·トレーベンの本の裏表紙
ふーん、そういうあなたも相当チャーミングだよ、と内心私は思いながらページをめくらせてもらった。裏表紙にはマリア・トレーベンの写真があり、まるで塗り絵かのようにパステルで色が塗られていた。ナイーブな抽象画にも見える。
「あらかわいい、これロレッタが塗ったの?」
「ふふ、そうだよ、この本を初めて手にしたときはまだ若かったからね。ちょっと楽しんでみたのさ」
「へえー、意外と美術の才能もあったりして。私の本職はもともとそっちだから、見る目はあるのよ」
そんな会話をしながらパラパラめくっていると、何度も読み込んだらしい、くたっとしたページがあった。アマ―ロ・スヴェデーゼという記載が目に入る。直訳すると「スウェーデンのアマーロ(生薬をブレンドして作られた苦みのあるリキュール)」という意味だが、聞いたことのある名前だったので、はっとなった。確か、かの有名な錬金術師パラケルススが作った薬だ。

アマ―ロ・スヴェデーゼ
「ロレッタ、このアマーロ・スヴェデーゼ、あの有名なパラケルススが作ったっていうリキュールのことよね?」
私がそう聞くと、ニヤッとして謎のラテン語を唱え始めた。
Elixir ad vitam longam!
それは長寿のエリクシルという意味の言葉で、このアマーロ・スヴェデーゼの別名でもある。満足げに呪文を唱えたロレッタは「どうやら正確にはパラケルススが作ったのはこのアマーロ・スヴェデーゼの前身となるもので、18世紀にスウェーデンで活躍した2人の医師が完成させたといわれているよ。この医師たちが残した手記をマリア・トレーベンが見つけて、レシピをこの世に送り出したんだよ」と教えてくれた。
パラケルススが活躍したのはルネサンス時代の始まりだったから、数百年もの年月を経てこのレシピに再び光が当たったことになる。すごいことだな、とレシピを見ていると、レシピ内にある別の言葉に目がいった。「テリアカ」だ。
“あれ? あの今までたくさん見てきた薬壺のテリアカ?”
私はそう思いながら、「私の知っている範囲だと、テリアカそのものも薬草などのミックスのはずだけれど、それがまた別のレシピの材料の1つになっているということ?」とロレッタに聞いた。
「そうだよ、テリアカというのは今では既にブレンドされて売っていることが多いよ。あたしはそういうビジネス優先で売られているものは信頼していないし、レシピは地方によって違う。だから自分の薬草や信頼できるツテから届くスパイスなんかで作っているけどね」

1646年にローマで製造されていたテリアカなどのレシピ
「やっぱり作っているんだ!……いや、作っていないわけはないと思ってはいたけど」
自分で言いながら私は思わずブッと吹き出してしまった。あらゆる薬草で製剤を作っているロレッタのことだ、きっとテリアカも作っているはず。心のどこかでそう思っていた私だが、実際作っていると聞くとやはり驚いた。過去の産物とされているテリアカだが、ロレッタの"古いものであればあるほど信じている"という言葉が思い出される。いやいやすごい、と心の中でつぶやいた。
私はテリアカについていろいろ聞きたくなったが、矢継ぎ早に質問すると露骨に嫌がられるので、ユキコ、我慢だと自分に言い聞かせながら、落ち着いたふりをしてにっこり笑って言った。
「じゃあ、今度またテリアカの話をゆっくり聞かせてね。ロレッタがどんなふうに作っているのかとても興味があるから。っていうか作っている人に会ったの初めてだけどね」
そう言うと、ロレッタはまたふふっと不敵な笑いを浮かべた。
冷静を装う私をロレッタは見抜いていたと思うが、「ユキコになんか教えてあげないよー」なんていう意地悪も言わなかったのでほっとした。よし、この話題は長期戦で行こう。そう思いながら、私はしらっとして彼女が淹れてくれた薬草茶を飲みほした。(つづく)
(写真提供:林由紀子)
【ラファエロの丘から】
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