さて、ロレッタに万能解毒薬・テリアカの話を聞いてから、私の頭の中はしばらくテリアカばかりがぐるぐるしていた。テリアカにはさまざまなレシピがあるというが、ロレッタは一体どのレシピで作っているのか、レシピにある材料と効能が対応する植物をネローネ山から採集しているのか。機会があるたびにそんなことを考えていた。
テリアカといえば、かつてはヴェネチアで作られていたものが代表的で、その製造工程は厳密に管理されていたという。職人たちはまちの広場に材料と道具を並べ、公衆の面前で全てのプロセスを公開しなければいけないという決まりがあったそうだ。その様子をロレッタの持っていた本の挿絵で見たことがあった。海洋共和国だったヴェネチアでは、海外から来るスパイスや樹脂が比較的容易に入手できたであろうから、そこで作られるテリアカにはさぞリッチな材料が使われていただろうと考えられる。現在わずかに見られるテリアカと呼ばれるリキュールも、主にヴェネチアのテリアカのレシピをモデルにしているようで、瓶にはよく“ヴェネチアのテリアカ(Teriaca Veneta)”というラベルが貼られている。

ヴェネツィアにおけるテリアカ製造の様子

テリアカの効用を褒め称える当時のポスター
そんなある日、ロレッタの家を訪ねると、彼女はある本を引っ張り出してきた。
「どれどれ……ああこれだ。ここにピサで作られていたテリアカのレシピがあるだろう? 私はこれを基本にテリアカを作ったこともあるんだよ。ここだけでざっと58種の原料が書かれていて、作り方、効用なども書いてある。ただ、この時代の植物や樹脂の呼び方や、加工を説明する言葉も現在のそれとは全く違うから、私でも分からないものがあったりするよ。なにせ500年ほど前に書かれたレシピだからね。現在はもう手に入らない材料もあるし、ここに古語訳は書いていないから、古語の知識がなければ解読ができないんだよ」
そう言って私の顔を見て“この難解な古語がユキコにわかるかい?”とでも言いたそうな顔をした。私は言葉に詰まってしまった。ぱっと見た感じ、現代語とさして変わらない呼び名のものもいくつかはあるが、ほとんどが初めて見る名前ばかりだ。専門的な内容が書かれたこのような参考書でも現代語訳を載せないのは、訳せる人がいなかったのか、訳せたところでその信憑性に疑問が残るようなものだったのか。確かに、安土桃山時代に書かれた本草書を解読できるかと言われたら、現代語訳がないかぎりまず難しいだろう。
きっとロレッタが言いたいのは、「何かを学ぶというのは、ひとの研究結果や既に解読されたもの、つまり誰でもアクセスできる情報を得ることではない。そこに自分のエネルギーを注いで得た何かがない限り、血肉にはならないんだよ」ということなのだと思った。
多分ここで古語たちの材料名を聞けば、しぶしぶながらも分かる限りで教えてはくれるかもしれない。でも、少なくともロレッタの門下で学ぶ身として、容易にあれこれ聞き出そうとする自分は、さすがにいけ好かないしカッコ悪い。きっと自分がロレッタだったら、そういう人を嫌悪するだろう。
そう思うとちょっと胸がきゅっとなり、私はロレッタに向かってこう言った。
「そうかー、結構難しい内容なのね。うん、わかった、どこまで出来るか分からないけれど、ちょっと自分で調べてみようかな」
そしてその日は早々と山を下り、自分がコツコツと集めてきた薬草書などの本の中にテリアカの表記はないか、何か見落としてはいないか、しらみつぶしに見てみた。実は積読の本もいろいろあり、読み込めていないものも多かったからだ。その中に一冊、そういえば、と思った本があった。ルイジ・ジャネッリさんという著名なエルボリスタ(ハーバリスト)が勧めてくれた本だ。
イタリアのハーバリスト界の重鎮であるルイジさんは、薬草薬局の経営のみならず、天然香料やコスメなど、薬草ベースのあらゆる商品を手がけている。まるで薬草の仙人のような、初老の素敵なハーバリストさんだ。ひょんなきっかけで出会った私たちは、古書への情熱という共通点も手伝って、たちまち仲良くなった。そしてある時、そのことをロレッタに話すと、なんとロレッタも若かりし頃、ルイジさんと薬草を通じて出会っていたというのだ。イタリアが著しい経済成長を遂げた1960年代、都市へと向かう人々の流れに反するように、農村回帰する若者たちのムーブメントがあった。二人はそこで同志として出会ったらしい。ロレッタは“ジャネッリは私のことなんて覚えていないと思うよ”と言っていたが、誰がロレッタのような強烈なパーソナリティを忘れるだろうか。それにしてもなんという偶然だろう。
幸運にも二人の薬草の魔術師と巡り会えた私にとって、双方の意見を比較するのは楽しかった。ある時ルイジさんに薬草学の歴史を学ぶのにいいテキストはないか聞くと、ルネサンス期に刊行されたメディチ家の医学本を紹介された。薬学の世界において、薬草と占星術と錬金術が色濃く複雑に絡み合った時代だ。
前置きが長くなったが、その本の中にテリアカの記述があるはずだと、ふと確信したのだった。案の定、ページをめくりながら丁寧に探すと、あったあった、私は思わず歓声を上げた。本にはいくつかのテリアカのレシピが記載されていたが、とくに存在感があるのは、
第17回でも触れたネロ帝の侍医、アンドロマコスのテリアカだ。数えると60以上の材料が羅列してあるが、それが何か分かるもの、または想像がつくものは10ほどしかなかった。しかし丁寧に調べると、少しずつだが解読できるものもあり、わずかに光が見えてきた。どうしてもわからないものはルイジさんに尋ねてみることにした。メッセージを送るとほどなく返事をくださって、リストは完成した。
こうして何とか材料の解読を終えた私は、それを早くロレッタに見せたくて仕方がなかった。ちょっとした達成感を共有したかったのだ。「チャオ、ロレッタ。元気? あのね、テリアカの材料を解読してみたわよ、見せに行きたいからちょっと寄っていい? ……わかった、じゃあ明日の朝行くわね」とワクワクしながら短い電話をして、翌日私はリストを持って彼女を訪ねた。
「ルイジさんが手伝ってくれたけれど、自分でできるだけ解読してみたのよ」と言ってリストを見せると、ロレッタは楽しそうに読み始めた。しばらくすると「ほら、ここにあるアリストロキア(悪魔祓いの効果があるとされた薬草:
第6回参照)、覚えてるかい? あるときユキコが変わった植物を見つけたと持ってきたことがあっただろう? それが材料にも入っているだろう。そして私のイチオシの材料はこれさ」。そう言って出してきたのは小さな瓶で、干からびた何かが入っていた。
「ん、これは……まさか、マムシ??」
私はその干した魚の皮のようなものを見ながら聞いた。

瓶から出した乾燥マムシ
「フフ……いいマムシだろ。解毒剤なんだから、何はともあれこれがないとね! どれどれ、リストの続きを見てみようか。スパイス、根、土、葉、種、動物由来のもの、キノコ、樹脂、石油なんて表記もあるね! ピサのレシピとあまり変わりないものもあるね」
愉快そうな様子から、彼女が“薬を作る”という医学的行為というよりも、薬草たちと戯れることを少女のように無邪気に楽しんでいる雰囲気が伝わってきて、私も楽しくなった。

ロレッタの作るテリアカ
「ねえ、ロレッタは作ったテリアカを何に使っているの?」と聞くと、ロレッタはこう答えた。「テリアカは私にとってピッコロ・アマ―ロを作るための材料だよ。ピッコロ・アマ―ロはリキュールだけど、薬としても使えるんだ。私のお気に入りの使い方は湿布だよ。昔のテリアカは液体でなくドロドロのペーストのようなものだったんだよ。それをアルコールに漬け込み、じっくり置いておくんだよ。忘れたころに出すくらいが、ちょうどいいのさ」
そう言って、褐色になったバジルペーストのようなものを持ってきた。清涼感のある強烈な香りがする。おお、これがピッコロ・アマ―ロか。近づいて嗅いでみると、タイガーバーム(鎮痛作用のある軟膏薬)のようなにおいがした。飲んでよし、塗ってよし、いかにも効きそうな風貌だ。
「一つひとつの材料をね、それぞれの季節に採集しておくんだよ。もちろん山にないものもあるし現在は使われていないものもあるから、毎回少しずつ変わる。でも、全て入れたからテリアカになるんじゃない。その場所で必要な薬草を使ったものが、その土地のテリアカになるのさ。地方によっては、ニンニクをテリアカと呼ぶ場所もあるよ、確かに強力な効能があるからねえ。コロナの時、随分テリアカを分けてくれと言われたものだよ。まんざら過去の栄光ではなく、きちんと効いていたみたいだね」。ロレッタはそう言ってケタケタ笑った。
レシピから学ぶものはたくさんある。でもレシピが全てではない。レシピを通じて自分の立ち位置からできるものを作り、その一つひとつの材料と向き合い触れ合う。そうすることであなた自身のテリアカが、初めてあなたに効用をもたらすんだよ。
そうは言われなかったが、そう言われた気がした。私はテリアカのレシピばかりに執着していたことがちょっと恥ずかしくなった。この文面でもテリアカのレシピを公開しようかと思ったが、あえて古語のレシピを写真として添付しておく。興味がある方は、現代のテクノロジーなどを駆使して調べてみてほしい。そのプロセスの中で、長い歴史を経てここまでたどり着いたレシピの内包する時間と交わることができるはずだから。(つづく)

古語で書かれたテリアカのレシピ

さて解読できるでしょうか?
(写真提供:林由紀子)
【ラファエロの丘から】
http://www.collinediraffaello.it/