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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第4回 南国で生まれた「雪」のような塩(パラダイスプラン・沖縄県)

 沖縄のお土産で片栗粉みたいにサラサラしたお塩をもらったことはありませんか? もしくは、近くのスーパーマーケットや沖縄の物産展などで見かけたことがあるかもしれません。そのくらい沖縄の名産品としての確固たる地位を確立し、全国各地に広く流通しているのが「宮古島の雪塩」。口に入れた瞬間にふわっと溶けてなくなるパウダー状で、しょっぱさの後にまろやなか甘味とほのかな酸味も感じる味わい豊かな塩です。

 この雪塩を生産しているのが、宮古島にある株式会社パラダイスプランの西里長治さん。生まれも育ちも宮古島の生粋の「みやこんちゅ(沖縄方言:宮古の人)」なのですが、いきなり製塩を始めたわけでも、どうしても製塩がしたかったわけでもありません。
 実は西里さんは、私が塩の道に入るきっかけとなった大恩人で、かれこれ20年来のお付き合いになります。とにかく郷土愛にあふれる人で、「故郷のためになることをしたい」という彼の強い思いが、結果として「雪塩」という塩を引き寄せたというように感じています。

宮古島で製塩所を営む西里長治さん

 西里さんは高校卒業後、農業ならば島に貢献できるだろうと沖縄本島にある農協系の学校に進学。しかし卒業後に就職した農協での配属先は宮古島ではなく沖縄本島、しかも担当は現場ではなく経理業務が主で、希望していた部署とはかけ離れていました。
 「このままでは島の役に立つことができない」と、27歳のときに退職して宮古島へ戻り、翌年、観光農園「みやこパラダイス」を開業します。ところが2年経過しても客足は伸びず、借金は膨らむばかり。先の見えない不安に追い詰められ、「いっそのこと死んで借金を返そう」と考えたこともあったそうです。
 どん底から這い上がろうと、借金の返済と会社存続のために29歳で浄化槽清掃の仕事もスタートさせた西里さん。「ドブのおじさん」といった心ない言葉をかけられたしたこともありましたが、経営が次第に安定し、会社の収益源になっていきました。
 
 その2年後、観光農園事業もようやく軌道に乗ってきたころに出合ったのが、雪塩でした。当時、本州の企業と宮古島の有志たちが取り組んでいた特産品開発事業のプロジェクトチームが解散することになり、商品開発が進められていた塩の譲渡先を探していたのです。
 「島のためになることなのに、誰もやらないなら自分がやろう」。西里さんは32歳のときに事業を引き継ぐことを決意したものの、製塩を始めた当初は品質が不安定で、量産にはほど遠い状態。工場を24時間稼働したとしても、生産できるのはたったの20キログラムだったといいます。

瞬時に結晶化することでパウダー状の塩に生成

 その大きな要因は雪塩の製法にありました。一般的な塩のつくり方では海水を釜で何時間も煮詰めたり天日でさらして何日もかかけて結晶化させたりするところを、雪塩は一瞬で結晶化させます。水分子だけを通過させる逆浸透膜という方法で濃縮した海水を、熱した金属板にスプレー状に噴きつけて水分を瞬間的に蒸発させるのです。それによってサラサラの細かい粉末状の、言うなれば「海水のパウダー」になり、通常は取り除かれる「にがり」を含んだままの塩に仕上ります。
 「にがり」そのものはかなり苦味が強いため、一般的には「にがり」全てを塩にすることはしません。しかし逆を言えば、「にがり」を含んでいるということは、ナトリウム以外のミネラルが多く残っていることでもあります。
 雪塩は、のちに特許を取得した方法によって「にがり」入りでも苦くない塩に仕上げることに成功したのですが、その製法の開発と生産性を上げるのに時間を要してしまっていたのです。

 そこで西里さんは、海水を濃縮する工程の効率を上げるために新たな工法を取り入れることを考えつき、そのための設備投資もしますが、失敗する日々。受注量に生産が追い付かず、売れば売るほど大赤字で、またも窮地に追い込まれます。それでもあきらめずに、「常に前を向いて考えて実行し続けました」と振り返ります。
 新工場が稼働して1日100キログラムを生産できるようになり、経営が黒字化したのが2003年。西里さんは36歳になっていました。
 

製造工程を学べる雪塩ミュージアム

 雪塩の生産がようやく安定してきた2004年以降は、全国の塩を扱う専門店や雪塩を使用したスイーツの店を展開したり、宮古島で特産品を販売する店舗を出したり、台湾にも出店するなど、事業は国内外問わず拡大していきます。
 近年はコロナ感染拡大により沖縄の観光業が大打撃を受けるものの、健康意識の高まりからか、はたまたそのおいしさのおかげか、ナトリウム以外のミネラルを多く含む雪塩の注文は年々増加。2023年には老朽化した製塩所の改修と見学施設の充実を図るための大幅リニューアル工事も行うそうです。

 西里さんが塩づくりに携わって20年以上。製塩機から出てくる姿がまるで粉雪が降るように美しかったことから名づけられた「雪塩」には、南国の海の恵みと故郷を思う熱い気持ちがぎゅっと詰まっています。(つづく)

宮古島の雪塩

【株式会社パラダイスプラン 雪塩製塩所】
沖縄県宮古島市平良狩俣191
https://www.yukishio.com/store/
※見学可。製塩所に見学施設「雪塩ミュージアム」が併設されています。

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:2、酸味:4、甘味:4、うま味:3、苦味:3

<青山さんおすすめの使い方>
チーズや牛乳などの乳製品を使った料理やスイーツ、浸透が早いので食材の下ごしらえにも。溶けやすくむらになりにくいので、製パンやうどん作りにもおすすめです。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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