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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第10回 美肌に導く天草の天日塩(自然食品研究会・熊本)


 小さなプロペラ機に乗り込んだときの懐かしい感覚、そして空港に降り立った瞬間に感じる温暖な気候と素朴な空気感。この地を訪れると、いつも故郷に帰るような気持ちになります。
 ここは熊本県南西部に位置する天草諸島。天草空港から車で約10分の通詞島(つうじしま)では、日本で珍しい完全天日塩の「はやさき」が生産されています。

 沖合に約200頭の野生イルカが生息し、自然の宝庫ともいえるこの通詞島で、2002年から製塩業を営むのは、自然食品研究会の代表を務める木口孝さん。御年81歳。最初は豆腐屋さんになろうと思っていたそうですが、加熱処理していない天然のニガリが手に入らなかったため、自分でニガリからつくろうと製塩を始めたのがきっかけでした。ところが、塩が評判になり、いつの間にか塩づくりが本業になってしまったそうです。

ネット式立体塩田

海の恵みをぎゅっと凝縮させた「はやさき」

 「海は自然のものだから、その海に含まれる有機物の影響をそのまま残すのが理想。だから人工的に熱を加える釜炊きはしません」
 木口さんのこだわりは、天日だけで塩を育てること。「高温で海水を処理すると、海水に含まれる有機物が減少してしまう」と、海水に含まれる成分をできるだけ残すために、太陽や風の自然の力だけで製塩をしているそうです。天日だけで海水を濃縮する方法はいくつかありますが、木口さんの製塩所ではネット式立体塩田を使用しています。高さ6m、横幅20mのタワーにネットをかけ、そこに海水を掛け流して濃縮。塩分濃度が高くなった海水を今度は結晶箱に入れ、ハウスの中で太陽と風の力だけで水分を蒸発させ、結晶化させるのです。自然が相手ですから、結晶化するまでに夏場で2~3週間、冬だと2カ月かかるそうです。
 こうして出来上がった塩は少し大粒で、太陽の光に当たるとキラキラと輝き、まるで宝石のよう! 一粒一粒にしっかりとした力強いしょっぱさと、濃厚なうまみと甘味もあり、ひと言で表すなら「ジューシー」。私は夏場の塩分補給にタブレットケースに入れて持ち歩いたりしています。

 実は木口さん、2年ほど前に事故で大けがを負ってしまい、製塩がしばらくストップしていました。2021年に訪れたときは入院中でお会いできなかったのですが、以前はきれに整備されていた塩田やハウスが荒れ始めているのを見て、もの悲しい気持ちになったのを鮮明に覚えています。
 それからというもの、木口さんの体調はもちろん、素晴らしい塩がまた1つ失われてしまうかもしれないことも、とても心配していたので、およそ2年ぶりに再訪したときは元気なお顔を拝見することができて、ひと安心です。
 体調に不安を抱えたまま、一時は廃業を考えたという木口さんでしたが、なんとこのたび、お弟子さんが見つかったとのこと。元プロサッカー選手の黒木恭平さん(34歳)が数年前から塩づくりを学ぶために通詞島に通い始め、やがて移住することになり、今まさに修行中。すでに黒木さんはオリジナルの塩を生産・販売するまでになっているそうです。

木口さんに説明してもらいながらハウスの中を見学

 「自分ではもう長い時間の作業はできそうにないから製塩業を止めるしかないのかと思っていたんです。でも、つないでいってくれる人が見つかって本当によかった。黒木さんは体力があるから、高いところでも坂でも海水の重いタンクを持ってひょいひょいっと駆け上がるし、なにより真面目に熱心にやってくれます」。木口さんは穏やかな口調でこう話してくれました。
 高齢化が進みながらもなかなか後継者が見つからないでそのまま廃業してしまう人も多い製塩業界。黒木さんのような有望な人材が、次世代に塩づくりを継承してくれることをとてもうれしく思いました。

 ところで木口さん、強烈な日差しを浴びながら何年も作業をしてきたはずなのに、ご高齢とは思えないほどお肌にハリがあって、手もつるつるなのです。その秘密はもちろん塩。塩を結晶化させるハウスの中は、海水に溶け込んでいるミネラルが空気中に放出されるうえに、夏場は60℃の高温に達するサウナ状態。そのような県境で作業するということは「ミネラルが充満した低温サウナに入っている」ようなもので、美肌の秘訣は塩にあり! というわけです。

 一度使えばリピーターが続出するほどの人気商品になった「はやさき」は、2022年にある女優さんが「おにぎりにはこの塩!」とテレビ番組で紹介したことや最近の天候不良も相まって、ずっと品薄の状態が続いています。気になる方は、ご注文をお早めに!(つづく)


はやさき 極上塩

【自然食品研究会】
熊本県天草市五和町二江106
https://hayasaki-shio.sakura.ne.jp/

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:4、酸味:3 、甘味:4、うま味:5 、苦味:3

<青山さんおすすめの使い方>
油料理や脂肪分の多い食材と好相性です。力強い味わいなので、焼いた厚切りのお肉や、衣の食感が楽しいトンカツなどの揚げ物に使うと、脂っこさをさっぱりとさせつつも、濃厚なうま味を演出してくれます。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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