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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第9回 主役になる塩をつくる(工房帆・北海道)

工房帆の釜屋

 北海道に仕事の拠点を設けてから1年半も経つというのに、なかなか道内の製塩所を訪問できていませんでした。なぜなら、めちゃくちゃ遠いから。「北海道はでっかいどう」なんて言葉を聞いたことがあると思いますが、本当にそのとおり! 車で東京から大阪まで移動するくらいの気合いがいるのです。それに加えて私は運転があまり得意ではなく、雪の時期はとうてい無理。
 というわけで、ついに2023年の夏、「カムイ・ミンタルの塩」を生産する工房帆(こうぼうはん)まで車を走らせることにしました。目指すは北海道南西部にある洞爺湖町。比較的温暖で日照時間が長く、北海道の中では塩づくりに向いている地域です。

 アイヌ語で「カムイ」は「神々」、「ミンタル」は「庭」を意味するように、洞爺湖町は火山の噴火によって形成された湖や海に囲まれ、手つかずの美しい自然が残っているエリアです。町の南部に位置する内浦湾は、春には北から冷たい親潮(寒流)が、秋冬には南から温かい津軽暖流が流入する好漁場。大地に育まれたミネラル豊富な水も大量に流れ込みます。
 また、洞爺湖から製塩所がある海沿いは高級リゾートホテルが林立する「北海道の湘南」と呼ばれ、真冬でも積雪量が少なく、気温もマイナス2~3度くらいまでしか下がりません。

 こうした恵まれた自然環境から生み出された「カムイ・ミンタルの塩」は、まさに「やわらかい」という表現がぴったり。細かいふわふわとした結晶の「プレーン」と、少し大粒の結晶がカリッとした食感をもたらす「淡雪」の2種類があるのですが、そのどちらにも上品な甘味とうま味があり、苦味や雑味がありません。それでいて口溶けがとてもよい。ザラつきがなく、舌の上でさらりと溶けていくような食感です。
 2018年に放送された某テレビ番組では、私が塩のプロとして出演し、米や海苔のプロたちと「究極のおむすび」を考えたのですが、そのときおむすびに使用する塩として選ばれたのがこの「カムイ・ミンタルの塩」。後味が非常にすっきりとしていて、おむすびが冷めてもおいしいと好評でした。

 この塩を手がける工房帆の創始者は新田尚司さん。洞爺湖町で土木設計会社を営んでいましたが、リーマンショック後の景気後退により業績が悪化。何か新しい事業を始めようとしていたときに真っ先に頭に浮かんだのが、近隣の黒松内町で見かけた塩づくりの風景でした。そうと決めたら一直線。もともとものづくりが好きな尚司さんは、さっそく製塩所の開設に向けて独学で研究を重ね、2005年に製塩所をオープン。49歳のときでした。
 手間暇かけても月にわずか30kg程度しか生産できませんでしたが、尚司さんの凝り性で研究熱心な性格が幸いして、味にブレのないまろやかでおいしい塩は少しずつ評判になっていきました。
 その後、時は流れ、尚司さんは2021年に諸事情により北海道を離れることになります。そこで後継者として名乗りを上げたのが、耐火物の製造販売業を経営する兄の裕基さんでした。

新田裕基さん(左)と渡邊尚久さん(右)

 「弟の頑張りをいつも見ていたし、なによりこの内浦湾の海水でつくる弟の塩が素晴らしいと思っていました。だから絶対に味を変えないこと、工房帆の名前を継ぐことを条件に弟の承諾を得ました」
 引き継ぐことになったとはいえ、裕基さんは塩づくりに関してはずぶの素人。ましてや本業と塩づくりを両方こなしていくのはたやすいことではありません。そこで製塩部門を手伝ってくれる人材を募集したところ、1人の男性から応募がありました。そのとき採用されたのが当時50歳の渡邊尚久さん。1カ月間みっちりと、それこそ朝から晩まで毎日休みなく、弟・尚司さんの味と技術を直接本人から叩きこまれたそうです。

 裕基さん曰く、「渡邊さんはものすごい職人気質で、いわば『昭和の男』。気になることがあると始業の何時間も前に来て黙々と作業しています。海や塩と会話をしながら塩を育てているという感じです。そんな仕事ぶりを信頼しているので私は何も言いません」。それに対して「気候や気温で全然塩の仕上がりが違うんです。今は釜が2基ありますが、同じような釜だけどそれぞれに個性があります。煮詰まっていく海水の様子を見極めながら大事に世話しています」と渡邊さん。釜炊きをしているときは最高60度にも達するミストサウナのような釜屋の中で、2人とも滝のように汗を流しながらも笑顔でお互いの思いを話してくれました。
 ちなみに、窯炉などを製造する自社の技術を生かしてつくられた釜はとても熱効率がよく、配管の近くは200度にもなるそうです。

内浦湾の沖合100メートル、水深20メートルの海水を使用

薪の量を微妙に調整しながら海水を煮詰めていく


 「僕たちは主役になる塩をつくりたい。世の中にはおいしい塩がたくさんあるけれど、あまり塩をつくるイメージがない北海道でもこんなにおいしい塩ができるんだっていうことを多くの人に知ってもらいたですし、その努力を続けていきます」。今後の抱負を語ってくれた渡邊さんの職人技と裕基さんの営業力が相まって、高級リゾートホテルからの注文が増えるようになり、徐々に「カムイ・ミンタルの塩」の認知度が向上。2023年の今年は北海道庁が主宰し、バイヤーや料理人が審査をする「北のハイグレード食品」に認定されました。最近は地元の名産品である赤シソやフルーツを使った調味塩の開発にも乗り出しています。

 主役になる塩……。
 これまで私は、塩はメインの食材を引き立たせる名脇役であると考えてきましたが、渡邊さんの言葉から「塩が主役になってもいいんだ!」と気づかせてもらいました。(つづく)

カムイ・ミンタルの塩 淡雪

【工房帆】
北海道虻田郡洞爺湖町入江88
https://www.kamui-mintal.jp/

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:2、酸味:3 、甘味:5、うま味:4 、苦味:2

<青山さんおすすめの使い方>
食感を残す程度にカットした野菜にぱらりとかけて、軽い風味のオリーブオイルを合わせれば、それだけでおいしい野菜サラダの出来上がり! 大きめにカットした温野菜でもOKです。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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