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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第11回 ほどけるように溶けていく美しい塩(N-TECHシナジー対馬製塩所・長崎)


 「対馬でちょっと応援したい生産者さんがいるんだけど、塩を送ってもいいかな?」
 ある日、知人からこんな連絡が来たので、もちろん二つ返事で引き受けました。その後、手元に届いた「つしまのほし粒」を見て、実は少し驚きました。なぜなら濃縮工程も結晶工程も太陽と風の力だけで完遂する「完全天日塩」だったからです。
 長崎の対馬には中規模の製塩メーカーがあったり、藻塩がいくつか生産されていたりと、塩づくりが比較的盛んなエリアですが、冬は想像以上に気温は低くなるし、しかも台風の影響を受けやすい地域。決して天日塩づくりに向いているとは言いがたい環境なのです。

 テイスティングのために「つしまのほし粒」をお皿に出してみると、見た目は少し大粒の結晶といった感じで、その姿は美しく、窓から差し込む光を受けてキラキラと輝いています。味は力強いしょっぱさに加えて、うま味とさわやかな苦味を含む複雑さもあり、口溶けもよく、舌の上でするりとほどけていきます。「どうしたら、こんなにも美しい塩がつくれるのだろう……」。
 聞けばまだ30代前半の若者が1人で塩づくりにチャレンジしているとのこと。私はこの塩との出合いをきっかけに対馬行きを目論みます。台風によって何度も計画を阻まれつつも、やっと対馬を訪問できたのは2022年の年末のことでした。

対馬で塩づくりに励む平山剛規さん

 美しい海に囲まれた対馬で「つしまのほし粒」を生産するのは、平山剛規(ひらやま・たけのり)さん(当時32歳)。くしゃっとした明るい笑顔が印象的な男性です。生まれも育ちも福岡ですが、もともとご両親が対馬出身だったことから、幼少期から対馬が大好きでよく遊びに来ていたそうです。数年後、大人へと成長した平山さんは福岡で航空関係の会社に就職。「なにか対馬に恩返しができることはないだろうか?」という気持ちを抱きながらも、毎日の忙しさから対馬とは次第に距離を置くようになっていきました。

 そんな2020年の3月、平山さんに運命の日が訪れます。対馬で小規模ながら塩づくりをしていた人が後継者を探しているという話を耳にしたのです。
 「対馬の塩づくりを盛り上げることができれば、新しい雇用を生み出せるかもしれない!」
 それからというもの、対馬をたびたび訪れては1週間ほど泊まり込んで塩づくりを学ぶ日々が続きました。ところが思いもよらぬ出来事が……。なんと後継者の話が消滅してしまったのです。
 「塩をつくる場所も設備もないのなら、諦めたほうがよいのかもしれない」
 思い悩む平山さんを助けたのは、対馬の人たちでした。親身に相談にのってくれたり、土地を探してきてくれたり。地元のみんなが協力し、製塩所の建設を応援してくれたのです。
 こうして2021年4月に製塩所が完成しました。場所は対馬の中央部東に位置する、外海に面した赤島。対馬海流とリマン海流が交差する海域の近くで、絶えずフレッシュな海水を取水できるポイントが目の前にあります。この地で、高所から海水をかけ流し、自然の力だけで蒸発させる枝条架式塩田の塩づくりが始まりました。


 平山さんが手がける塩の特徴はなんといっても口溶けのよさ。そのこだわりは尋常ではありません。原料となる海水は晴れの日の満潮時に汲み上げたものだけを使用し、それを何週間もかけて濃縮するのですが、その間、舌触りが悪くなる硫酸カルシウムを何日もかけて全て除去。繊細に変化していく塩の状態を手の感触で見極めながら口溶けのよい塩に丁寧に仕上げていくのです。完成までトータルで2~3カ月もかかる時間と手間にはただただ驚くばかりです。

 「『対馬』という言葉はブランドだと思っています。不便だけど、だからこそいいところもたくさん残っている。地元の人には当たり前すぎて見えていないものを、対馬の価値としてみんなに伝えていきたい」。
 そんな平山さんの情熱と海の恵みによって育まれた「つしまのほし粒」は、高級料理店で採用されたり、地元の銘菓「かすまき」の塩にも使用されていたりと、その魅力がじわじわと広まってきています。対馬の名産品であるアナゴとのコラボも企画中とのことで、今後の展開も楽しみでなりません。
 ちなみに私が対馬を訪れたとき、台風の影響で2日間ほど島に缶詰状態に。しかも、同じ台風で足止めをくらった人たちの飛行機チケット争奪戦に敗れ、やむなく船で帰ることになってしまいました。これも少ししょっぱい旅の思い出です(笑)。(つづく)

おひさま育ち つしまのほし粒

【株式会社N-TECHシナジー対馬製塩所】
長崎県対馬市美津島町鴨居瀬567
https://lp.ohisama-salt.com/

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:4、酸味:4 、甘味:3、うま味:4 、苦味:3

<青山さんおすすめの使い方>
厚めに切ったロースやサーロイン、バラなどの比較的脂身の多い肉を焼いてぱらりとかけると、肉のうま味を引き出してくれます。脂ののったアナゴやウナギの白焼き、サンマの塩焼きにもおすすめです。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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