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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第5回 地下海水からつくる完全天日塩(田野屋銀象・高知県)

 高知といえばカツオのたたきやユズや日本酒など、おいしいモノに事欠かない地域ですが、実は日本一といっても過言ではない「完全天日塩づくりの聖地」。県内にある13軒の製塩所のうち、なんと10軒が手間暇のかかる完全天日塩にこだわった塩づくりをしています。
 海外に比べて多湿で沿岸に広大な平地が少ない日本は、自然の力だけで海水を濃縮・結晶化させる完全天日塩づくりは非常に難易度が高くなるのですが、高知では近年、若い世代が参入。高齢化が進む製塩業界において、未来に向けた希望にあふれるエリアといえるでしょう。今回は、2021年に若干26歳にして自身の製塩所を立ち上げた田野屋銀象さんを紹介します。

 銀象さんが手がける塩は、地下海水を原料にした完全天日塩。砂地を通過した海水を濃縮してつくるという世界初の試みに挑戦し、それぞれの用途によって塩をつくり分けています。ほどよい粒径とまろやかなしょっぱさが特徴の「銀象スタンダード」、カリッとした食感とほどよいしょっぱさ、濃厚なうまみを併せ持つ「銀象Meat」、潮の香りがそのまま残る「銀象Fish」と塩の種類も多彩。そのおいしさは超高級ホテルの総料理長がひと目ぼれし即採用になったほどで、大量生産ができないため、発売すると即完売して予約待ちになるような人気ぶりです。
 この銀象さん、何がすごいって塩へ情熱はもちろん、若いのに自分をしっかり持っていること。「こんなに利他の心で動いている人がいるのか」と、私は彼の人となりにすっかり魅了されてしまったのです。

地下の海水を原料にした完全天日塩をつくる田野屋銀象さん

海水を杉材でつくった「結晶箱」に注ぎ入れて、乾燥・濃縮させる

 銀象さんは高知県安芸市生まれ。アウトドア好きな父親の影響を受けて自然の中でのびのびと育ちました。中学時代にパンク・ロックと出会い、バンド活動に熱中します。新しいギターを買うためのアルバイト先が、のちに師匠となる田野屋塩二郎さんの製塩所でした。真夏のビニールハウスに立ち込める塩の香りや熱気、塩の感触……。しかしそれ以上に銀象さんを引きつけたのが、塩二郎さんの生きざまだったのです。
 「あんなに楽しそうに仕事をする人を見たことがない。自分がつくる塩に誇りを持っていて、自分の全てを塩に捧げている。この人はパンクだ!!」

 当時、塩二郎さんは独立して数年が経ち、多種多様なオーダーメードの塩をつくり出す職人として注目され始めていました。銀象さんはそんな塩二郎さんのそばで学びたいと弟子入りを志願するも、塩二郎さんからかけられた言葉は「一度、外の世界を見てこい」。
 いったんは大阪の大学へ進学しましたが、自分の将来について真剣に考えれば考えるほど「やっぱり塩だ!」という気持ちは高まり、ついに3回生のときに高知大学に編入を果たし、塩二郎さんの製塩を手伝わせてもらいながら弟子入りを志願したのです。
 何度もしつこく迫る銀象さんに弟子入りを受け入れる最後の条件として塩二郎さんが出したのは、パートナーも一緒に塩づくりの道に入ること。それは、何かの事情で製塩ができない状態になったときでさえ、塩の面倒を見る準備を整えておけるのか、人生をかけるまでの強い思いがあるのか、プロとしての覚悟を問うものでした。
 突きつけられた厳しい条件に、銀象さんの当時のパートナーで現在の奥さまは「やります」と即答。そんな2人の熱意が塩二郎さんに受け入れられ、大学卒業後に弟子入りが認められました。

 それからの丸3年間は師匠の技を盗み見て、試行錯誤を繰り返す日々。修業を積んでいく傍ら、自らの製塩所を立ち上げるための土地探しや資金繰りにも動き、365日休みなしで働き続けます。
 24歳で厳しい修業を終えた銀象さん。次に目指すのは製塩所の開業です。各地の役場を頼って相談に訪れましたが、資金もない若者の話を聞いてくれる人はなかなかいません。
 「やりたいことがあるのに、そのためのお金がない」。

 それでも諦めることなく、アルバイトをかけもちしながら土地を探し続けます。そんな中、希望の光をもたらしてくれたのは、以前に問い合わせした際に親身になって対応してくれた土佐市の人たちでした。高知を流れる仁淀川由来の砂地でできた海沿いの土地があり、そこの地下海水を使えば塩づくりができるのではないかとアドバイスしてくれたのです。実用化に向けて試してみたところ、砂地で濾過された良質な海水を天候に左右されずに安定的に汲み上げられることがわかり、この地に製塩所を造ることにしました。
 建設地の目処が立ったものの、次に立ちはだかったのは資金集めの壁。次の世代の人たちに「やる気さえあれば必ずできるんだ!」という成果を伝えたいと、100%自己資金の製塩所を立ち上げるために、あえて助成金や補助金を利用しない道を選択します。その結果、さらなる時間と苦労を要したものの、周囲の協力を得ながらなんとか融資にこぎつけ、26歳でやっと自分の製塩所をスタートさせることができました。

 こうして仁淀川の清流が流れ込む高知県新井地区で完全天日塩づくりに励む銀象さん夫妻。次なる夢は、次世代に高知の完全天日塩づくりをつないでいくこと。現在は地域に根ざす塩職人とともに「塩杜氏」集団を組んで、世界に向けた情報発信に取り組む計画もあるそうです。

 「完全天日塩は生産者と生産量を増やして、もっと認知されなければいつか途絶えてしまいます。塩づくりは自分たちだけの話ではなく、過去から受け継いだ大切な仕事。僕はそれを未来につないでいきたいです」。
 銀象さんのまっすぐな思いにふれるたびに、彼のように未来へ塩の道を切り開く若き担い手をこれからも応援し続けたいと思います。(つづく)


銀象スタンダード

【田野屋銀象】
高知県土佐市新居129-1
https://www.ginzo-salt.com/
※見学可。訪問の際は事前に連絡してください。

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:3、酸味:3、甘味:4、うま味:4、苦味:2

<青山さんおすすめの使い方>
しょっぱさもうまみも甘味もほどよく、塩そのものが主張しすぎず絶妙にバランスのとれた味わいで、主役の食材を上手に引き立ててくれる名脇役です。使いやすい粒の大きさ、水分バランスでふり塩もしやすいのもうれしいところ。まずはシンプルにおにぎりや温野菜などで試してみては。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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