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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第7回 食卓を豊かにする“第三の塩” (Third Rich Salt・香川県)

風光明媚な父母ヶ浜

 「日本のウユニ塩湖」と称される香川県三豊市の父母ヶ浜。平坦で穏やかな遠浅の海に反射する空はまるで一枚の絵画のようで、“映えスポット”としても人気を博しています。その浜を目の前に塩づくりをしている人がいるという話を聞いて、興味津々で訪問したのは2018年のことでした。しかし、いつものようにレンタカーを借りて海岸沿いに車を走らせるも、それらしき建物が見当たりません。それもそのはず、目指す製塩所はすてきなカフェの一角にあったので気がつかなかったのです。
 

赤キャベツや春菊、ミカンなどで色付けしたカラフルな塩

 約束の時間に遅れてしまった私を優しい笑顔で出迎えてくれたのは、料理人としてカフェ「café de flots」を運営し、カフェに併設する小さな工房で塩づくりも行っている浪越弘行さん。奇遇にも私と同い年で、彼の人懐っこい雰囲気もあってすぐに打ち解けることができました。
 浪越さんが手がけている塩は季節限定品を含めて11種類にのぼります。これらを一つの小さな釜でつくり分けているのですが、私が最初に工房を訪れたときは「ここで何種類もつくっているの?」とびっくりしたほど。瀬戸内特産の果実や野菜のエキスを加えてつくる赤や黄色、緑、紫といったカラフルな塩や、満月の日の海水だけで製造した塩まで、どの商品にも料理人としての技術と感性が生かされています。
 

多彩な塩を手がける浪越弘行さん

 生まれも育ちも三豊市の浪越さんですが、いったんは地元を離れて就職。何年か働くうちに「お客さんの顔を見ながらできる仕事がしたい」という思いが強くなり、飛び込んだのが飲食業界でした。バーの厨房担当になったことがきっかけとなって、料理の世界にすっかりハマり、そこからは料理人としての道を歩んできました。 
 Uターンしたのは2005年のこと。地元である香川県三豊市の仁尾町にある父母ヶ浜は、今では「日本のウユニ塩湖」と呼ばれる絶景スポットとして注目を浴びていますが、当時は飲食店すらなく閑散としていました。
 そんな故郷を元気にして地元の人たちを喜ばせたい! 浪越さんはカフェの開業を決意し、家族や親戚、友人からも資金を調達してなんとか店をオープンさせました。するとカフェは瞬く間に大盛況。このあたりに飲食店ができるのは20年ぶりとあって、町の人が開店を待ち望んでいたからです。

 「たくさんの人が来店してくるのはありがたいのですが、毎日辛かった。お客さん一人ひとりの顔を見たり話をする時間が全然ありませんでした」。描いていた理想とのギャップを感じながら忙しい日々の中でも「こんなのがあったらいいよね」「こういう人がもっと三豊に来てくれたらうれしいよね」といった構想やアイデアを持ち続けた浪越さん。2012年に町おこしのための古民家再生プロジェクトに参加し、取り組むうちに自ら代表となって精力的に活動するようになります。

何種類もの塩をこの釜でつくり分けている

食感が楽しいさまざまな形の塩が並ぶ

 塩づくりを始めたのもちょうどそのころです。町の歴史からかつてこの地で製塩が盛んに行われていたことを知り、消えてしまった地元の名産品を復活させようとその方法を探ります。
 「とりあえず目の前の父母ヶ浜の海水を煮て塩にして、なめてみたんです。そしたら父母ヶ浜の海そのままの味がして。地元の食材と絶対に合うと確信しました」。
 すぐにカフェの建物を増築する形で小さな製塩小屋を建て、友人や知人の協力を得て釜を設置し、塩づくりに着手。工房「Third Rich Salt」が誕生しました。「Third Place(サードプレイス)」とは、学校でも家でもない第3の居心地のよい場所のことで、中立性、スロー、平等、会話、遊び心、感情の共有などがキーワードになっています。「自分が塩を通じて提供したい価値はまさにはこれだ」と、Place(場所)をSalt(塩)に置き換えたというわけです。

カフェと製塩所が併設。その横に宿泊施設も

 さらに2020年にはカフェの横に宿泊施設「Ku;bel(クーベル)」をオープン。熱源は薪だけという厨房で、浪越さんが調理した地元・三豊の食材を「Third Rich Salt」で楽しんでもらいながら、自身も積極的にお客さんとの会話に加わり、時には朝まで語り明かすこともあるそうです。私も訪問した際には取材と称したおしゃべりに付き合ってもらうことがあるのですが、浪越さんと話をすると、ワクワクさせてくれるしパワーももらえる。いつもあっという間に時間が過ぎてしまいます。

 「人の喜んでいる顔が見たい」という気持ちを原動力に自由な発想と行動力で次々と進化し続けている「Third Rich Salt」。そろそろまた、お伺いしたいと思います。もちろん宿泊と食事は「Ku;bel」で!(つづく)
 

-Third Rich Salt- Plain Salt Mangetsu(30g)

【Third Rich Salt】
香川県三豊市仁尾町仁尾乙165-1
https://tr-salt.com/

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:3、酸味:3 、甘味:4、うま味:4 、苦味:2

<青山さんおすすめの使い方>
父母ヶ浜の満月の日の海水だけを使用し、2週間以上かけてじっくり火を入れた塩です。ボリューム感があり濃厚な味わいで、明らかに「うまい!」という印象を受けます。余韻が長く続きますが、後味はすっきりクリア。牛肉や豚肉、赤身の魚、根野菜などの味の濃い食材と合わせるのがおすすめ。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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