最終回 「島ごと売る」 塩で島へ恩返し(与那国海塩有限会社・沖縄)
「島の恵みを使わせてもらって、島の人に働いてもらって塩ができる。与那国島があるから今の自分がいる。だから僕は塩づくりを通して『島ごと売る』ことだけを考えています」。
1kg200円の安く売られている塩がある中で、自分がつくる塩の価値はなんなのか……。沖縄の与那国島で塩づくりをする杉本和俊さんが出した答えは、「この塩を生み出す島全体の魅力を伝える」ことでした。
天気のよい日には対岸に浮かぶ台湾を目視できるという、日本最西端の有人離島・与那国島。ドラマや映画の『Dr.コトー診療所』のロケ地としても話題になったこの地で杉本さんが手がける「黒潮源流塩」シリーズは、全部で5品。まだ28歳という杉本さん。この業界では若手の職人ですが、フィリピン沖で発生する黒潮が運ぶ清浄な海水を原料に、ミネラルバランスや結晶形の異なる塩をつくり出す技術はまさに「技のデパート」です。
「黒潮源流塩」シリーズの中で私がもっとも衝撃を受けた塩は、生産量全体のたった3%で、1カ月に3kgしか精製できない純白の「花塩」でした。3~5mm角に大きく育てられたこの塩は、口に入れるとゆるゆると溶け始めるのですが、ずっと舌の上で転がしていられるほどまろやかで角がなく、溶けるにつれて濃厚なうま味や甘味が口いっぱいに広がります。「これ、本当に塩なの?」と疑ってしまうほど、ずっと口の中に留めておきたいような、そんな魅惑的な味わいの塩です。
「花塩」の製法そのものは、海水を薪で焚いた平釜で数日かけてじっくり煮詰めていくという日本では一般的なものなのに、どうしてここまでのおいしさが出るのでしょうか。
杉本さんによると、海水を濃縮する過程でちょうどよい条件が重なったときにだけできる特別な塩なのだそうで、製塩所を見学してもその謎を解明することはできませんでした。私は日本全国どこでも製塩所を訪ねると、必ず原料となる海水を舐めてみるのですが、この製塩所がある比川浜の海水は透明度が高く、あっさりとしていて沖縄のほかのどの離島とも違う、ちょっと独特な印象を受けました。
与那国島で生まれ育った杉本さんが塩職人を目指すきっかけは大学2年生のとき。島には中学校までしかないため、高校・大学と沖縄本島で過ごし、大学卒業後は本州で就職しようと漠然と考えていたそうです。そこへ島で薬草園を営む父親から「製塩業の継承者を探している人がいる。お前やってみないか」という思いがけない連絡を受けます。しかも来月には返事が欲しいとのこと。若干20歳にして人生の大きな選択を委ねられた杉山さんは、もともと会社経営に興味もあったことから大学を中退し、与那国島に戻ることを決意しました。
当初は「塩なんて、炊けばできるだろう」と軽く考えていたそうですが、先代から教わる塩づくりは何度も根を上げそうになるほどの過酷な現場。逃げ出したくなることも1度や2度ではなかったといいます。こうして1日中働きづめの修業を1年半続けたころには、15年来の常連さんから「今回納品された塩が今まででいちばんおいしかった」という高い評価を得るまでに成長。先代から「これなら任せられる」と太鼓判を押され、2018年に晴れて与那国海塩の経営者としてスタートしました。
事業を引き継いだとはいえ、会社の経営状況はもともと芳しくありません。そこで自作の塩を持って東京の飲食店を3日で50軒を飛び込みで回るといった営業を粘り強く続けるのですが、手ごたえを感じられないまま時間だけが過ぎていきます。そんなある日、杉山さんはふとあることに気がつきました。
「うちの塩をどれだけ宣伝しても、日本各地でおいしい塩がつくられているのだから、そのよさはなかなか伝わらない。僕が売るべきは、塩じゃなくて島の魅力なのかもしれない」
それ以来、営業先では塩のことは多くは語らず、ひたすら与那国島の素晴らしさを語るようにすると、杉本さんの思いや考え方に共感した多くの人たちが、杉本さん個人の、与那国島のファンになっていったのです。それに伴って塩のおいしさもじわじわと口コミで評判になっていきました。そして地道な営業から約3年、今や「黒潮源流塩」シリーズはオンラインショップで数カ月待ちの大人気商品です。
「離島からでも日本中や世界中に発信できることがある。それを若い世代に伝えたい」と語る杉山さんは、島外からのお客さまに島中の塩生産者を紹介したり、ビーチクリーンに参加してもらったりするなど、さまざまな活動やイベントにも積極的に取り組んでいます。どうしたら島全体をもっと盛り上げることができるのか、故郷の未来を見据えた塩づくりと向き合い続けています。(おわり)

黒潮源流塩「花塩」
【与那国海塩有限会社】沖縄県八重山郡与那国町3111-2
https://www.yonaguni-kaien.net/▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)しょっぱさ:3、酸味:3 、甘味:5、うま味:5 、苦味:3
<青山さんおすすめの使い方>そのまま口に入れて舌で転がしながら日本酒のアテに、厚切りの牛肉や猪肉などのジビエのグリルのトッピングとして。スープに溶かして入れるとコクが出るのでおすすめです。
★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/写真提供:青山志穂
――ソルトコーディネーター・青山志穂さんが連載「にっぽん塩めぐり」で紹介してくれた製塩所は、北海道から沖縄まで全12カ所。味も製法もさまざまな塩の奥深い世界を、その地域に根ざすつくり手のひたむきな思いとともに綴ってくれました。しょっぱいだけじゃない、うま味や甘味、酸味の多彩な味わいを奏でる “にっぽんの塩”。その魅力を追求する青山さんの塩の旅はこれからも続きます。本連載はこれでいったん最終回となりますが、装いを新たに再始動! 2024年スタートの新連載に、引き続きご期待ください。