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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第2回 海水を調理するかのように塩をつくる元料理人(工房とったん・福岡県)

海のすぐそばにある「工房とったん」

 いつも私に新しい驚きをくれる塩職人がいます。それは、福岡県北西部の糸島にある「工房とったん」の平川秀一さんです。
 突端(とったん)という言葉どおり、製塩所がある場所は玄界灘に突き出た糸島半島のいちばん端っこ。なかなかの遠隔地ではありますが、今や年間約10万人を呼び込む観光スポットになっています。製塩所に向かう道沿いに若い世代の移住者たちが飲食店や物販店を続々とオープンし、町が活性化したというのですから塩のパワーは侮れません。

青山さんと塩職人の平川秀一さん

 現在は塩職人としてその道を突き進む平川さんですが、かつてはログハウスに夢中になる青年でした。ログハウスづくりを本業にしたいという気持ちを抑えきれず、英語もろくに話せない状態でカナダへ渡ったのが20歳のとき。しかし、希望する仕事に就けず、生活のために現地の日本料理店で働き始め、そのことがきかっけで次第に料理の魅力にはまっていきました。そんなある日、塩とオイルだけで味つけしたシンプルなサラダのおいしさに衝撃を受けます。「その味は、今でも忘れることができません」と、当時を振り返る平川さん。すでにこのときから塩との出会いが始まっていたというわけです。

 その後カナダからいったん帰国しますが、活躍の場を求めて再び海外へ。スウェーデンを経てイギリス・ロンドンに渡り、和食料理人として研さんを重ねて、日本に戻ってきたのはちょうど塩の専売制度が解禁されたばかりの23歳のとき。製塩業に大きな変化が訪れ、塩の生産者や販売する塩の種類が増えてきたころでした。
 カナダで得た「塩とオイルだけでおいしい」という食の原体験と料理人としての経験から、塩そのものが気になり、塩について調べるようになった平川さん。見学に訪れた熊本・天草にある製塩所で得た知識をもとに、ひとまず自分で塩をつくってみることにしたのです。すると、その塩を使ってつくった料理がとにかくおいしい!

 「塩でこんなに味が違うものなのか……」

竹で組んだ枝条架式の装置

鹹水(かんすい)を薪で焚き、コトコトと煮詰める

 塩本来の魅力に引き込まれいった平川さんは、自分でもおいしい塩を使いたい、そしてたくさんの人にその塩を使ってほしいと、製塩所を立ち上げることを決意。全国の製塩所を視察してまわった結果、自然の力を駆使した枝条架式塩田(しじょうかしきえんでん)に挑戦することにしたのです。

 枝条架式とは、竹の枝を組み立てた高さ5~6メートルほどのタワーに海水を数日間かけ流し、竹の枝をつたって落ちていく過程で太陽光と風力によって水分を蒸発させ、海水を濃縮させる製塩法です。
 そのためには緑豊かな山があり、そこで育まれた栄養源が川を伝って海に流れ込む海沿いが最適と考えた平川さん。方々探し回り、ついに理想的な場所を見つけます。玄界灘の内海と外海が混ざり合う海水を利用できる糸島半島のいちばん端っこ、現在の「工房とったん」がある場所でした。平川さんは製塩所を自力で建設、以前学んだログハウスの知識を生かして、子どもたちの遊び場や海を眺めながらゆったり過ごせる木の空間も手がけました。

 こうして平川さんが26歳のときに塩の製造を行う「工房とったん」を開業。しかし当初は塩をつくってもなかなか売れず、昼は塩づくり、夜は飲食店で働きながら、1人で奮闘する日々を送り、自分自身に給与を支払うことさえままならなかったそうです。さらに、大型台風の直撃で竹の小枝で組み立てた装置が倒壊する被害や、土砂崩れで塩田が半分埋まってしまう災害、焚きつけた薪から延焼して釜屋が全焼するなどの不運に見舞われました。そのたびに「不具合がある箇所を直せるチャンスだ!」と、前向きに気持ちを切り替えることで苦難を乗り越えきたといいます。

数年かけて開発した「花塩プリン」。塩をかけて食べるユニークな発想とおいしさが話題に

 そんな平川さんが理想とする塩は「使いやすくて遊べる塩」。ほかの調味料を使わなくても、それだけでさまざまな料理に対応できる塩です。どんなことでも楽しみながら挑戦し続けるという姿勢は、形・食感・味わいが異なる塩だけでなく塩スイーツの開発にまで及び、まるで料理人が海水を調理するかのように、新しい商品を次々と生み出しています。
 その一方で、「塩づくりに携わるからには、海の変化には人一倍敏感にならざるを得ない」と、ビーチクリーン活動やリサイクル推進、廃油燃料の活用などはもちろんのこと、塩を入れる容器の脱プラスチックをいち早く実現するなど、環境に配慮した取り組みにも積極的です。

 看板商品となった「またいちの塩」は、地元の食材を生かした飲食店や古民家を活用したカフェで提供される料理にも使われ、平川さんが経営するそれらの店は、今や糸島市の人気店に。レモンのようなさわやかな酸味と苦味が特徴的な「またいちの塩」は、町おこしにもひと役買っています。
 料理人が塩をつくって、その塩を使っておいしい料理を提供し、人を喜ばせ、その結果地域が活性化していく。糸島の“とったん”では、塩がつなぐすてきな循環が生まれているようです。(つづく)

またいちの塩 炊塩

【工房とったん】
福岡県糸島市志摩芥屋3757
https://mataichi.info/tottan/
※見学可能
(団体は事前に問い合わせをしたほうがおすすめ)

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:3、酸味:4、甘味:3、うま味:3、苦味:2

<青山さんおすすめの使い方>
レモンのようなさわやかな酸味があるので、脂ののった白身魚や、コロッケ、トンカツ、鶏のから揚げなどの揚げ物もさっぱりといただけます。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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