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食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第8回 400年の時を経て復活した地域の誇り(竈方塩づくり振興協議会・三重県)

製塩所を見学する皆さんと。右から2人目が村田さん

 「やっと来られたー!!」
 400年前に生産が途絶えてしまった平家ゆかりの「竈方(かまがた)の塩」。その再生を目指す竈方塩づくり振興協議会から相談を受けたのは、コロナ禍真っ最中の2020年。直接会いに行くこともかなわず、オンライン会議やメールのやりとりを重ねて製塩工程の改善や商品開発のアドバイスをさせていただき、やっと現地を訪れることができたのはその翌年のこと。感動のあまり、思わず大声で叫んでしまいました。

町域の約6割が伊勢志摩国立公園に指定されている自然豊かな南伊勢町


 ここ南伊勢町は三重県度会郡の南端に位置する海沿いの町。沿岸部にはおよそ800年前に平家の落人が移り住んで切り開いたとされる、竈方と呼ばれる7つの集落があります。「竈(かま)」とは塩を焼くかまどのことで、昔この集落に住んでいた平家の子孫たちが塩をつくって生計を立てていたことに由来しています。この7つの集落は新桑竈、棚橋竈、栃木竈、小方竈、大方竈、道行竈、相賀竈とそれぞれの名に「竈」が使われていることから、通称「七竈」という呼ばれ方もしています。全国的に見ても地名に「塩」とか「竈」が付くところは、食塩泉が湧いていたり、塩づくりが行われていたりする場所が多いのです。それにしても平家の落人の生活を製塩が支えていたなんて、想像するとなんだかちょっとワクワクしませんか? 

 そんな歴史ある南伊勢町は海も山もありとてもすてきな場所なのですが、残念ながら高齢化の波には勝てず、集落は縮小の一途をたどっていました。この状況をなんとかしなくてはと、2016年に竈方振興会を設立。平家を祖先に持つ竈方集落とタッグを組み、50年途絶えていた古式の竈方祭りを復活させ、平家の誇りを掘り起こし、集落に元気を取り戻そうという地方創生プロジェクトがスタートしました。そこでスポットを浴びたのが、かつてこの地を支えた塩づくりでした。2018年には町のまちづくり推進課が船頭を取りながら、当時の竈方の区長たちの満場一致で竈方の塩の復活が決定したのです。

 とはいえ、一度絶えてしまった竈方の塩づくりを知る者はいません。そこで、約20年前から南伊勢町の自然を生かした塩づくりに取り組む西則孝さんのもとで修業させてもらうことになりました。西さんの製塩所の門を叩いたのは、のちに竈方塩づくり振興協議会の代表を務めることになる村田順一さん、当時67歳。ほかの仕事もこなしながら約1年間通い続けたそうです。
 村田さんの呼びかけによって製塩所の立ち上げに集まったメンバーは平均年齢が60代、中には70代もちらほらのシルバー世代が中心でした。ところが、年齢を感じさせない彼らのパワーが半端じゃないのです。建屋は小学校の跡地に大工さんのメンバーが2カ月くらいで造り、竈は土を盛って自分たちで制作。師匠の西さんに習った塩のつくり方を自分たちでアレンジするなど、「いいな」と思ったことはすぐに着手したそう。竈方の塩再生までの道のりを、村田さんは「みんなで集まって協力し合い、試行錯誤をしながら作業するのが楽しかった」と言います。

アルミとステンレス、素材の異なるフライパンで焼いて仕上げる

 こうして「竈方の塩」は2021年についに販売開始となりました。完成した塩は、マグネシウムとカルシウムをバランスよく豊富に含んださらさらの焼塩。海水を竈で8~9時間かけて極限まで煮詰めて結晶化させ、天日干しの後に丁寧に2回焼いて仕上げます。塩素を除去するために、塩を焼くフライパンの素材や熱源にアルミとIH、ステンレスとガスの両方用い、おたま2杯半程度の塩を合計3時間弱焼くというこだわりようです。
 通常、にがりを多く含んでいる塩は苦さが勝っておいしくなりにくいのですが、竈方の塩は焼成する際の温度調整によって苦味がほとんど取れているのが特徴。しょっぱさが非常にまろやかでじんわりと広がり、ほのかな心地よい苦味と酸味がある、そんな奥行きのある味わいです。「竈」の文字をモチーフにしたかわいらしいパッケージデザインにも、なんだか気持ちがほっこりします。

 製造工程の焼成や包装は、村田さんの奥さんや集落の人が手分けをして行なっているものの 、塩づくりの要となる釜焼きは基本的に村田さんが1人で作業しています。そのため年間の生産量は400キログラムほどしかありません。それでもつくり続ける意気込みや塩の品質が評価されて、同じ三重県の志摩市阿児町にある老舗の志摩観光ホテルのレストランで採用されたり、伊勢神宮の参道にあるお土産屋さんでの販売が決まったり、伊勢榊とコラボしたバスソルトが発売されたりと、地元に愛される塩に成長してきています。しかも塩づくりを教わった西さんの「真珠の塩」とセット販売もしていて、町全体で地元を盛り上げようとする強い気持ちが伝わってきます。

塩づくりに情熱を注ぐ村田さん

 「人生あとわずか、こんな年になってからこんなやりがいのあることに出会えるなんて、うれしいし楽しい。後継者が見つかるまで頑張るよ」
 笑顔でそう話してくれた村田さん、めちゃくちゃ格好よかったです! 私も村田さんにたくさんの元気をもらいました。
 地域の力を結集してよみがえった「竈方の塩」。現在、この塩づくりを継承する人材を募集中です。興味のある人はぜひ訪れてみてください。(つづく)

竈方の塩(40g)

【竈方塩づくり振興協議会】
三重県度会郡南伊勢町棚橋竈76-4
https://kamagatasalt.jimdofree.com/

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:2.5、酸味:4 、甘味:4、うま味:4 、苦味:4

<青山さんおすすめの使い方>
山菜、ゴーヤーなどの少し苦味のある野菜料理や、肉なら豚肉を使った料理が最適。自家製スポーツドリンク(水500ml+塩4g+レモン果汁大さじ1~2)に使うと、マグネシウムなどのミネラルや水分の補給に役立ちます。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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