× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
食べるしあわせ
にっぽん塩めぐり ソルトコーディネーター
青山志穂
第3回 「もったいない」から生まれた塩(さかたの塩・山形県)
 皆さんは「アップサイクリング」をご存じですか? アップサイクリングとは、副産物や廃棄物、不要になった製品に新たな価値を与え、別の新しい製品にアップグレードすることを言います。サステイナビリティ(持続可能性)が重要視されている昨今、あらゆる業界でこの取り組みを実践する人や企業が増加しています。山形県酒田市でワイン塩を製造する大川義雄さんもその一人。ワインを醸造する過程で発生するブドウの皮や澱(おり)なを活用した塩づくりをしています。

料理人から塩職人に転身した大川義雄さん

 大川さんがアップサイクリングに注目した理由は、彼の経歴にありました。幼いころにボーイスカウトの活動で自炊し、調理の楽しさに魅了された大川さん。17歳のときに「勉強が嫌いだし、何か手に職をつけよう」と高校を中退し飛び込んだのは、好きだった料理の世界でした。地元にできたばかりの一流ホテルに入社してフレンチのシェフを目指す日々。10数名のベテランシェフにしごかれながらも、「魚のアラも海老の殻もすべておいしい出汁に姿を変える。野菜くずもおいしいスープになる。食材に捨てるところはない」という精神を叩き込まれたそうです。

 その後、複数の飲食店で20年近く料理人としての経験を積んだ大川さんにある日、転機となる出会いが訪れます。
 それは、仕入れのために訪れたワイナリーで目のあたりにしたブドウの皮の残渣でした。食材をあますことなく利用する考えが当たり前になっていた彼にとって、山と積まれたその光景は衝撃的だったのです。
 聞けば、果汁を搾ったあとのブドウの皮をほぼすべて廃棄しているとのこと。「なんてもったいない!」。捨てられてしまうブドウの皮をもらって帰り、なんとか料理に生かせないか、その利用法を探ります。パンに練り込んだりチーズに混ぜたりチーズの漬け床にしてみたりと、試作すること10品目以上。「体にも優しく、素材の味を大事にした料理をつくるためには塩が重要」とかねてより考えていたこともあり、ワイン塩づくりにも挑戦してみると、彩り鮮やかな塩が完成。試作した中ではいちばんの自信作でした。

 大量の食品残渣を減らすためにもワイン塩の商品化を打診したのは、酒田市で建築会社を営む傍ら、製塩所を経営する高橋充治さんでした。実はこの高橋さん、住宅の建て替えなどで発生した木材を活用するために塩づくりを始めた人物。アップサイクリングという考え方が共通していた2人はすぐ意気投合し、高橋さんはさっそくワイン塩づくりに取りかかります。

 ところが高橋さんが何度も何度も挑戦するも、思うような塩に仕上がりません。とうとう高橋さんの口から発せられたのが、「俺じゃ大川さんが目指す塩はできない。アンタやんなさいよ」という言葉。大川さんは飲食店で働きながら、休憩時間を利用して高橋さんの製塩所に通うことになったのです。

 ワイン塩づくりで特にこだわったのが、発色のよさと香り。一般的なワイン塩は、ワインに塩を混ぜて乾燥させますが、それだとワインの成分が奥まで浸透しないため、退色しやすく香りが飛びやすくなります。
 そこでブドウの皮と海水を一緒に煮詰め、じっくり長時間をかけて乾燥させることで、ブドウのエキスを含んだまま結晶化させることに成功。味のむらがなく、芳醇な香りを残す美しい赤紫色の塩が出来上がりました。
 そのとき40歳、ワイン塩の出来栄えに確実な手応えを感じた大川さん。長年続けた料理人を引退し、高橋さんと連携して始めた会社「さかたの塩」の社長として再スタートすることを決断しました。

 さらにその6年後には、「資源を有効活用できるこの塩を世の中にもっと広めたい」と、電気自動車で全国各地へ。昼間は製塩所で仕事をして夜に出発、ときには夜どおし運転をして山形県から島根県、大分県まで赴く過酷なスケジュールをこなしたこともあったそうです。約2年間の走行距離は26万km! なんと地球約5周分に相当する距離を車で走ったことになります。
 精力的な活動の甲斐あってか、大川さんの思いに共感してくれた大分県の酒造組合と提携し、2021年には日本酒製造の際に副産物として出る酒粕を利用した「酒粕塩」を共同開発。ほかにもワイン塩の製法を取り入れた焼酎塩を発売するなど、組み合わせ次第で幾通りもの味が生まれる調味塩の新たな魅力を次々と発掘しています。

 私たちの生活を見直してみると、たくさんの食品残渣が存在していますが、その可能性は無限大! 今後も「もったいない」からどのような塩が生まれるのか、楽しみで仕方ありません。(つづく)

赤ワイン塩

【株式会社さかたの塩】
山形県酒田市宮海字村東14-2
https://sakatanoshio.com/
※見学は原則不可(希望があれば応相談)

▼味チャート:1(弱い)⇔ 5(強い)
しょっぱさ:2、酸味:3、甘味:4、うま味:4、苦味:3

<青山さんおすすめの使い方>
美しい赤紫色が目を引くので、調理に使うより料理に添えて提供するのがおすすめ。
赤ワインと料理を結びつけてマリアージュさせてくれるので、ぜひ赤ワインをお供に。ローストビーフ、ステーキ、ラムなどの肉料理やパルメザンチーズなどに合います。

★青山志穂さんのWEBサイト
https://shiho-aoyama.com/

写真提供:青山志穂
ページの先頭へもどる
【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
新刊案内