2025年6月1日から6日までの6日間、日本橋三越本店の「イタリア展」に出展していた。催事場の一角に、イタリアの街角にあるピアッツァをイメージした、トラットリア、バール、ショップを配置して、“イタリア好き”の集う「ピアッツァ・イタリア好き」として展開した。

バローロ村にある精肉店「マチェレリア・サルメリア・サンドローネ」の外観
フリーマガジン『イタリア好き』vol.61(2025年5月1日発行)の特集テーマであるカルチョーフィ(アーティチョーク)の料理と、カフェやワインを提供し、来場してくれた人たちが料理を愉しみワインを酌み交わしながら、ワイワイ、ガヤガヤにぎわってくれた。もちろんたくさんの読者の方も来場してくれて、中にはしっかり読み込んでコーヒー染みの付いている自分の好きな号の本誌を持って、サインを求めてくれる方もいた。ありがたい。
「マッシモさん、会えてよかった〜」このために秋田から日帰りで来たご夫婦が声を掛けてきた。「それはありがとうございます。ぜひゆっくり楽しんでください」と、ピアッツァへ案内し、カルチョーフィ料理をつつき、ワインを飲んで居合わせた方たちと談笑していた。ほどなくして1枚の写真を見せてくれた。それはご夫婦がイタリア北西部、ピエモンテのバローロ村に行ったときのもので、以前本誌で紹介した村の精肉店「マチェレリア・サルメリア・サンドローネ」の写真だった。「行ったんですね」それだけでも喜ばしい話だが、続きがあった。

郷土料理の「アニョロッティ・ダル・プリン」
店頭に貼られているイタリア好きのステッカーに気づいたご夫婦が、写真を撮って喜んでいたら、店の中からマンマ、マリア・グラツィアが出てきて「マッシモを知っているのか?」という話になり、「ちょっと待ってて」と店内へ。刻々と迫るツアーバスの出発時間が気になって、落ち着かない気持ちで待っていた二人の前に、何やら手にした彼女は戻ってきた。それは僕が行けば必ず食べさせてくれる、アニョロッティ・ダル・プリン(ピエモンテの郷土料理で、詰め物をした包みパスタ)だったそうだ。店の奥で手作りしているこの店の名物でもある。
「召しあがれ」とすすめられて、「急いで食べました!」「もう感動でした!」と、興奮気味に、写真を見せながら話してくれた。これには僕もとてもうれしかったし、心の中でマリア・グラツィアに「グラッツェ」と叫んだのだ。
ピエモンテ州バローロ村
バローロ村のこの精肉店「マチェレリア・サルメリア・サンドローネ」は、本誌vol.8(2011年11月発行)で取材した店だ。ピエモンテ州ビエッラに暮らす、クラウディオさんと幹子さん夫婦のお気に入りの店で、パスタ生産者の取材先として紹介された。バローロでワインじゃなくて精肉屋? で、パスタ? と最初はよく理解できなかった。でも訪ねてみてよく分かった。地元に長くある家族経営の精肉店として、村人の生活には欠かせないし、祭りのときは中心となって料理を振る舞っている。精肉として販売する以外の部分を無駄にせず、ソースや具材に活かしたパスタ作りをしているのだ。
パスタは店の奥の小さなバックヤードで作られている。手際よく。取材時にはアニョロッティ・ダル・プリンとタヤリン(タリオリーニの方言)、2種類のパスタを作ってくれた。ラビオリの一種であるアニョロッティ・ダル・プリンは詰め物にウサギの肉を使うのが一般的だが、ローストした豚と仔羊の肉を使っているのがこの店の特徴で、コクのある凝縮されたうま味がある。そして卵たっぷりの細麺、タヤリン(タリオリーニの方言)だ。いずれも出来立てをゆでて、タヤリンは自家製のサルシッチャ(ソーセージ)入りトマトソースで、アニョロッティ・ダル・プリンはセージとバターのソースで食べた。

細麺のタヤリンを自家製のサルシッチャ(ソーセージ)入りトマトソースでからめる
すると別のボウルにアニョロッティ・ダル・プリンを入れてバローロをかけて「地元ではよくこうするのよ」と、マリア・グラツィアがすすめてくれた。クロスをかけられた作業台には、生ハムやサラミの盛り合わせも載って、さながら立食パーティーのようだ。中でもバローロの練り込まれた生のサルシッチャは、僕をこの上なく幸せな気分にさせてくれたのを今でもはっきり覚えている。
狭いバックヤードの中で、グラスのバローロを飲みながら立ち食い。むしろそういうところだからこそ味わえる最高の贅沢だった。
年月を積み重ねて
その取材から数年後、マリア・グラツィアをイタリア好きの主催する「イタリアマンマの料理フェスタ」というイベントに2回ほど招待している。イタリアのマンマが、日本で自分の郷土の味を披露するイベントで、北部、中部、南部の各地から来てもらったうちの一人が彼女だった。
僕もまた、ピエモンテに行ったときに立ち寄ったり、マッシモツアー(僕と行くイタリアツアー)で読者を連れて訪ねたりした。いつも必ず家族で歓待してくれて、パスタを振る舞ってくれる。団体で行くと、店の前の広場で、切り立てのハムやサラミを前菜に地元のワインを飲む。やがて出来立てのパスタが盛られてくる。参加者はみんな喜んで飲み食いし、最後には店のサラミなどを買い漁っていくのだ(持ち帰りができた当時は)。

マリア・グラツィアと夫、そして息子
このような行き来はここだけではなく、いろいろな場所で続いている。取材から時を経て、当時の子どもが結婚して孫までいる家族もいる。本誌をきっかけに訪問した読者が今回のような催しやイタリア好きの食事会などの機会に、写真を見せて、話を聞かせてくれる(ときには僕も忘れているようなところを訪ねている人もいる)。
イタリア人の生きる姿を中心に取材し、年月を重ねてきたからこそ、いつまでもつながっていられるのだろう。『イタリア好き』を16年間続けてきた喜びであり、やりがいなんだとつくづく感じる。
今日もまた、マリア・グラツィアは店の奥で、パスタを打っているだろう(つづく)。
※写真:萬田康文
※フリーマガジン『イタリア好き』の公式ホームページ
https://italiazuki.com/★松本浩明さんのインタビュー記事「だから、イタリアが好き!」は
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