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食べるしあわせ
旅して、食べて、イタリア フリーマガジン『イタリア好き』編集長
松本浩明
第6回 イタリアパンとイタリア菓子
2017年11月発行の『イタリア好き』vol.28からイタリアパンの特集を3号続けて行った。最初に北イタリア、次に中部、最後はシチリアと回ってパン職人を訪ね、その土地で食べられているパンとその特徴、パン作りに対する思いを聞き、まとめてきた。ひと口に「イタリアのパン」といっても種類はとても豊富で、北から南、シチリアなどの島それぞれに土地柄が出て、特徴がある。最近注目を集めている古代小麦を使ったパンを焼く職人も増えている。

大きな拳のような形をしたマテーラのパン

北イタリアでよく出会うのは軟質小麦を使ったパンで、表面はカリッと焼き上げられて、中はフワッと柔らかいもの。同じ北イタリアでも最北に近くなると、ライ麦など雑穀の混ざったパンも多く見られる。中部のトスカーナやウンブリアでは塩を使わないパンが主流。最初は味気なく感じるが、しっかり塩味の利いた料理にはこれがよく合う。
南部へ行くと硬質小麦を使われる。プーリア州のアルタムーラという町のパンは、D.O.P.(DENOMINAZIONE DI ORIGINE PROTETTA:原産地保護指定表示)認定を受けたパンとして有名。すぐ隣町のバジリカータ州マテーラ(世界遺産に登録されている洞窟住居群サッシ地区がある)でも同じパンを焼いていて、お互いに発祥はうちだとライバル意識が高い(笑)。大きな拳のような形をしていて、切り口が黄色いのが特徴だ。このあたりは硬質小麦の一大生産地でもあり、パスタにも硬質小麦が使われている。シチリアでも硬質小麦を使って焼き、上にゴマを振ったパンが多い。

北イタリアのパン特集では、ロンバルディア州、トレンティーノ゠アルト・アディジェ州、ヴェネト、フリウリ゠ベネツィア・ジュリア州の4つの州で14軒のパン屋を巡った。毎日、早朝からの取材だった。湖畔のホテルを夜明け前に出発して店に着くと、すでに薪窯からいい香りが漂っている。「早起きしてよかった」と思った。
多くの職人は、パン職人だった親の跡を引き継ぎ、営業を続けている。子供の頃から親しんでいた工房で小麦にまみれ、親の大変だった仕事ぶりを見て育ってきた。人によっては、長いバカンスを取ることもなく仕事をする親を憎く思ったこともあったという職人も。でも、そういう職人たちの姿はキラキラと輝いて見えた。

家族の中心にあった幸せの象徴のパンを焼く


ロンバルディア州ブレーシャのコッカーリオという街にある「パニフィーチョ・アストリ」のダニエレさんは、普通の人とはほぼ昼夜逆転の生活だ。午後の10時には工房に入りパン作りを始める。酵母の管理から始まり、窯に火入れをして、店を開ける翌朝7時までに50種以上のパンを兄弟3人で焼き上げる。

長男のダニエレさんが父親の跡を継いでパン職人になることを決めたのは、しっかり手伝いを始めた中学生の頃だった。そのときから数えればもう45年ほどパン焼きを続けている。父親が完全に引退した頃からは、奥さんのダニエラさんと話し合い、オーガニックでナチュラルな素材を使ったパン作りを進めるようになった。昔ながらの製法も大切にしながら、今の風潮に合ったパン作りを模索してきた。小麦の生産者に何度も会い、減農薬や古代小麦など自分の納得できる小麦を各地から入手していた。発酵種もパンによっていろいろと使い分け、軟質小麦で焼くこの地方の伝統的パンを焼き、小麦と水だけで作るリエヴィト・マードレ(自家培養酵母種)は継ぎ足して使い、古代種の硬質小麦を使った大型のパンなども数種類焼いている。

「パニフィーチョ・アストリ」のダニエレさん

ダニエレさんの思いが詰まったパン


「パンは、僕が子供の頃にはいつも食卓に中心にあったんだ」と、ダニエレさん。パンを囲み食事をすることで家族の絆を確かめ、深める時間だったのだと。しかし、最近は一家で大きなパンを買う習慣は少なくなり、1人、2人用の小さなパンが主流になりつつあると嘆く。それでもダニエレさんは、形や材料にこだわることで、ただパンを焼いて売るだけではなく、「パンを通じて家族や人のつながりを取り戻したい。それが僕のミッションだ」と熱い思いを語ってくれた。

パンを焼き上げて窯から出したときには、さっきまで渋かった顔が少しほほ笑んでいるように見えた。きっと長時間の重労働はこの瞬間で帳消しになるのだ。そして工房は焼き上がったパンの香りと共に、穏やかで幸せの空気に満たされ、僕もその幸福のときに包まれた。

鋭いマーケティング感覚、おばあちゃんのグバーナ


「ラ・グバーナ・デッラ・ノンナ」のヴァレリアさん

伝統菓子グバーナ

パン屋や菓子店には、季節や地域ごとに特徴のある焼き菓子が売られている。未知のものに出合えばそれがまた楽しい。
フリウリ゠ベネツィア・ジュリア州のウーディネ県のスロヴェニアに近いヴァッリ・ディ・ナティゾーネ(ナティゾーネ渓谷)地方に伝わり、チヴィダーレ・デル・フリウリという町を発祥とする伝統菓子グバーナもこのときに初めて食べた。干しブドウ、クルミ、ヘーゼルナッツ、アーモンド、松の実にアニス、はちみつを入れて仕込んだ生地を、細長い筒状にし、それをさらに渦巻き状に丸く形作り発酵させた後、焼き上げる。手の込んだ焼き菓子だ。スロベニア語のグーヴァ(折り曲げる)からその名前が付いている。

アヅィーダという小さな村の小さな工房でクリスマスシーズンには1000個以上作るという店が「ラ・グバーナ・デッラ・ノンナ」(おばあさんのグバーナ)だ。菓子を作るのが好きで1985年に知り合いの女性から引き継いだヴァレリアさんが、グバーナや伝統菓子を作り、店を切り盛りしている。現在は娘さんも加わっているようだ。「伝統を守りたいという思いもあるけど、この田舎の村でどう生活していくかということも現実にはあった」と話してくれた。

伝統菓子を守る使命と生活のためという両輪を満たすため、店名や店舗、商品の見せ方など工夫が見られる。マーケティングや商売感覚の鋭さに驚いたことを覚えている(取材メモにもしっかり書いてある)。我々がこの店を訪ねたのも見事にそういう手法に(悪く言えば)引っかかったのかもしれない。店の前には遠方から来た客の車が何台も停まっていたので、小さな村の村興しにもひと役買っているようだった。
 そんなヴァレリアさんは「年金生活に入ったらジャマイカで暮らしたい」と笑うファンキーな女性だった。今頃はジャマイカかもしれない。

120人の小さな村に特別をもたらすパネットーネ


クリスマスには欠かせない発酵菓子といえば、ミラノが発祥といわれているパネットーネだ。こちらはグバーナよりもずっとメジャーで、北イタリアに限らずクリスマスシーズン突入と共にあちらこちらの店頭に箱が積み上げられる。11月の取材だったため、そういう光景をよく目にした。イタリアの人たちはシーズン中に何個も買い求め、食べ比べ、クリスマス本番にいちばんのお気に入りを家族と食べるのだ。工業製品と職人の作るもの、クラッシックな味から新しいフレーバーなど、ひと口にパネットーネといっても多種多様になってきたから選ぶのも楽しみの一つだと、友人のイタリア人が言っていた。

クリスマスには欠かせないパネットーネ

このときはパネットーネ取材を予定していなかったが、取材したパン職人が、「パネットーネの話は聞かなくていいの? 季節だし、とてもいい職人がいるのに」と残念そうに言うので、「それならば」と、奥が深過ぎて、深入りすると危険な(笑)パネットーネのボタンを押してしまったのだ。
評判の職人「イル・フォルノ・ディ・ピエトロ・フレッディ」のピエトロさんにさっそく電話を入れ取材のことを伝えると、急な話に戸惑いながらも引き受けてくれた。ブレーシャの街なかから約50km先の山に向かって走り、ファメアという人口120人ほどの小さな村に着いたときにはすでに陽はかげり、霧で覆われてあたりは薄暗く、人影も無く、寒くて寂しいこの村に評判のパネットーネを作る職人がいるのか? 少し不安になった。電話をつなぐと工房は目の前にあり、ピエトロさんが迎えてくれた。気難しそうな印象だったが、物静かで少し人見知りなだけのようだ。取材してもらうものがないと言っていたけれど、その日に焼いた数種類のパンを取っておいてくれたり、パネットーネの工程を止めて待っていてくれたりと、きちんと対応してくれているところが憎い。

「イル・フォルノ・ディ・ピエトロ・フレッディ」のピエトロさんと筆者

ファメアで生まれ育ったピエトロさんは、隣町でパン職人だったおじさんにパン作りを学んだ後、村にパン屋を開き40年近くになる。クリスマスシーズンの11月と12月には大小合わせて4000個以上のパネットーネを焼いている。そこにはやはり一つの思いがあった。
「村には特別なものは何もないけど、僕には特別なところだ」
これは自分が生まれ育った故郷への誇りと、自信でもある。豊かな自然からうまい水が湧いている。その環境がパン作り、パネットーネ作りには最適だった。ファメアにはおいしいパン屋があるという評判は広まり、イタリアを越えてオーストリアや近隣の国からも、彼のパネットーネを求めて来るようになった。特別なものがないところへ、特別なものを作ったのだ。このとき気難しげに見えていた彼が「日本人は初めてだよ」と笑った。

工房には、焼き上がってオーブンから出て逆さに吊るされたパネットーネの棚がいくつも並ぶ。調理台では発酵した生地を丸めて型に入れる作業をしていたり、生地をこねる機械の音が響いたりと、外の静けさがうそのように、まさにシーズン真っ盛りで忙しそうだ。味見をしてビックリしたのは、今まで食べていたパネットーネとはまったく別のものだったこと。生地は弾力があるのに柔らかく、しっかりとバターの風味を感じるのに軽やかな味わい。おいしい! ここまで来た甲斐があった。4回の発酵を繰り返し、4日間かけて仕上げるピエトロさんのパネットーネには、故郷への熱い思いも込められている。

逆さに吊るされたパネットーネが並ぶピエトロさんの工房


イタリアパンやイタリア菓子――特にパンは注目されることも日本で食べる機会も少ないが、その存在は白いお米と同じようだと感じている。「パンは大地がもたらしてくれた神聖で、大切なものである」とはピエトロさんの言葉だ。米を大切に思う日本人の気持ちに似ている。パンだけでは華やかさもなく、素朴で味気ない(その素朴さが魅力だと僕は思っている)が、土地の食べ物と合わせて食べれば、料理を引き立て、存在価値もしっかり際立ってくるのがイタリアパンだ。
今度イタリアへ旅をしたら、菓子はもちろんだが、ぜひパンにも注目してみてほしい。(つづく)

※写真:萬田康文
※フリーマガジン『イタリア好き』の公式ホームページ https://italiazuki.com/
★松本浩明さんのインタビュー記事「だから、イタリアが好き!」はこちら⇒

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【まつもと・ひろあき】
1965年神奈川県横浜市生まれ。広告会社、出版社勤務を経て、2006年に株式会社ピー・エス・エス・ジーを設立。2010年3月、フリーマガジン『イタリア好き』を創刊(年4回発行)。イタリアをテーマに、観光地を巡るのではなく、その土地に根ざした食を味わい、地元の人たちとふれあう旅を提案している。著書に『イタリア好きのイタリア』(イースト・プレス)がある。 
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