第8回 forte e gentile(強くて、やさしい)

雄大な自然が広がるアブルッツォ州
「イタリアのどこがいちばん好きですか?」
僕がフリーマガジン『イタリア好き』の発行をしていることを知ると、必ずと言っていいほどこう聞かれる。次のイタリア旅の参考にしたいとか、イタリアだけの雑誌を長年作っている人はどんな辺鄙なところを挙げてくれるのか、そんな期待もあるのかもしれない。でも、僕は決まって「イタリア人がいちばんですねー」と答える。すると、相手は概ね少しがっかりした表情になる(笑)。もちろん好きな町や、好きなレストランはあるけど、やっぱりイタリア人がいちばん。『イタリア好き』を始めたきっかけがイタリア人の魅力に惹かれたからで、創刊以来そこは変わっていないから仕方ない。
イタリアは一つの国といっても歴史的背景から州や地域ごとに個性が豊かで、食においてもそう言われるのは多く知られるところだろう。それは人も同じで、地域ごとのキャラクターがあり、プライドもある。だからイタリア人もひとくくりには語れない。取材に行くとよくその地域の人のキャラクターについて聞いてみる。
南イタリアのアブルッツォ州は、ローマの東、イタリアの背骨アペニン山脈を跨いだちょうど反対にある州で、アペニン山脈でも最高峰のグランサッソと、マイエッラを擁する自然豊かなところだ。グランサッソでは、雄大な自然の中を羊飼いが羊の群れを操り歩いている。マイエッラは、進むごとに連なる急峻な山々が違った顔をのぞかせる。アドリア海にも面しており、豊かな海と山が近いところがアブルッツォだ。

取材中にお世話になったエンニオさん
アブルッツェーゼのキャラクター
〝強くて、やさしい〟いつもそうありたいと思っている。映画やテレビ、漫画の中のヒーローはいつだってそうだ。でも口で言うほど簡単ではない。
アブルッツォ州を取材したときのことだ。「アブルッツェーゼ(アブルッツォの人)のキャラクターは?」と問うと、だいたいの相手は少し照れくさそうにしながら「forte e gentile(強くて、やさしい)」と返してきた。1882年にアブルッツオを巡ったイタリア人ジャーナリスト、プリモ・レヴィが感じたこととして彼の旅行エッセイに記され、タイトルとしても使われているフレーズだった。アブルッツォでは長きにわたり、自分たちを表す言葉として誇りと共に親しまれてきたようだった。

エンニオさん宅のキッチン
取材班はキエティ県ファーラ・フィリオールム・ペトリという村の知人宅で1週間お世話になった。近くにマイエッラ山塊を望む自然豊かで静かなところだ。夕食のワインはいつもチェラスオーロ(アブルッツォで収穫されるブドウ、モンテプルチアーノ種のロゼワイン)。近くのワイナリーで仕入れたいかにも地元っぽい箱入りのワインをガラス瓶に移し、冷蔵庫で冷やしておく。それを炭酸水で割って飲むのが主人エンニオさんのお気に入りだった。僕も同じように真似て飲んだ。暮らすように旅をするのがいちばん楽しい。
エンリオさんはこの取材のコーディネイトをしてくれた方のパートナーということもあり、取材先のことなども含めて大変世話になったのだった。
毎日取材から帰ると、いつも彼が食事を用意していてくれた。旬のものから取材先の友人たちの食材を使ったものまで実に多彩な食卓となり、まさにそこで暮らしているようだった。お気に入りの肉屋の自家製アロッティチーニ(アブルッツォ名物の羊肉の串焼き)を、おこした炭火で焼いてくれたし、自家菜園の採れたてトマトでブルスケッタを作ってくれたり、取材先の山羊のチーズをグリルしてくれたりもした。本文テキスト

自家製アロッティチーニ(アブルッツォ名物の羊肉の串焼き)

トマトのブルスケッタ
彼は毎朝5時過ぎには庭に出て、自家菜園や草花の手入れ、猟犬3頭に、ニワトリ、ウズラ、ネコとウサギ、動物たちの世話をしてから仕事へ向かう。そして夕方には帰宅して、食事の支度をしてくれていた。かいがいしく淡々と。
エンニオさんは、毎年1月に行われる地元ファーラ・フィリオールム・ペトリの『Festa delle Farchie(たいまつ祭り:聖アントニオの祭)』という大きな柱のようなたいまつを掲げる祭りの地区の団長を務めている。祭りの起源は1799年、侵攻してきたフランス軍に対して、森に火を放ち、兵を撤退させた「火と動物の守護聖人アントニオ」の物語だ。「男たちは何日もかけて柱を作り上げ、祭りに挑み、祭りではその大きなたいまつを教会で一挙に立ちあげるんだ」と、エンニオさんが祭りの話を熱く語ってくれる夜もあった。伝統の祭りと地区の誇りを守る姿だ。
取材も順調に進み、毎朝、部屋の窓から庭にいるエンニオさんの姿を眺め、取材先の人たちも思い返しながら、アブルッツェーゼの「forte e gentile」について考えていた。真の〝強さ〟とは身体的よりも、精神的な〝強さ〟で、決して誇示するものではなく、〝やさしさ〟の中に存在する心なのだとしみじみ思ったのだ。そしてそれはグランサッソとマイエッラの雄大な自然に抱かれて、芽生え、共存し、育まれてきたのだ。
〝強くて、やさしい〟ヒーローに会いに、一度アブルッツォを訪れてみはいかがか。(つづく)
※写真:遠藤素子 endo motoko
※フリーマガジン『イタリア好き』の公式ホームページ
https://italiazuki.com/★松本浩明さんのインタビュー記事「だから、イタリアが好き!」は
こちら⇒