
ローマへと通じる「ロマーナ門」
2020年2月発行vol.40のための取材でミラノを訪れたのは2021年11月。コーディネイトをお願いした男性や知人からの情報をもとにミラノの拠点をポルタ・ロマーナ地区にした。初めての街だ。
『イタリア好き』本誌では、ミラノをはじめガイドブックや他の雑誌で取り上げるような観光名所的な地域やテーマは特集してこなかった。僕が苦手なこともあるが、たった52ページの中で他でも知り得る情報はできるだけ他にお任せして、なかなか映し出されることのない地方やテーマで特集を組んできた。そうなるとメジャーどころではどんな特集の切り口にするか、読者を裏切りつつ、裏切らない”らしさ“をどう出せるかがポイントになる。そんなことを考えて進めていく。
そして特集のテーマとしたのは「Vivere a MILANO ミラノの暮らし」だった。ビジネス、ファッション、モード、デザインなどイタリアの産業、経済の中心の街でもあり、歴史的な背景も多いミラノ。そんな煌びやかな街の裏にある人々の暮らしはどんなものかのぞいてみたかったのだ。ただ、最初からポルタ・ロマーナ地区の特集にするつもりではなかった、たまたま滞在したこの街はほとんど観光客を見かけない閑静な住宅街で、地元の人が暮らす姿がよく見えそうでおもしろそうだと感じたからだ。そこでポルタ・ロマーナ駅からクロチッタ駅にかけての地区をメインに特集を組んだ。今回はそんな特集のなかからオススメしたい2店をガイド的にピックアップしてみた。
新店なのに地元客に支持される名店に
取材チームと合流する前日に現地入りした僕は、初めて訪れるこの街の滞在をまず早朝のランニングから始めた。僕は取材のときは必ずランニングシューズとウエアを持っていく。わりと本気で長く走るときもあれば、街や村の様子を見ながら近所を軽く走るときもある。今回は何か取材先の候補となるようなネタがないか、探りながらのゆっくりミラノの朝ランを楽しんだ。
このあたりにはイタリアらしい石造りの低層階のビルが並び、ローマに通じるロマーナ門が遺跡として残る。石畳にトラムも走っているので散策には楽しく、ほどよいところだ。また、新業態の飲食店、レストラン、日本食レストランなどオープンしているエリアでもあり注目されているが、基本は地元住民を中心にした生活に根付いた街のようだ。11月、冬のファッションに身を包んでミラネーゼが街を颯爽と歩く姿はやっぱりちょっとかっこいい。
そんななか、並ぶのがあまり好きではないはずのイタリア人たちが朝食を求めて並んでいる店があった。どうやらパスティッチェリーア(イタリア語でスイーツ、焼き菓子などを売る店)で朝食も提供しているようだ。昔ながらのバールというよりは洗練された雰囲気の店で、店内には少しだが席もあり座ってゆっくり食べている人もいる。ショウケースにはデコレーションされたドルチェに、ブリオッシュなどパン類がきれいに並んでいる様子が見える。客はひっきりなしに来て、思いおもいの品を注文しては朝食を楽しんでいる。ショウケースの向こうで対応する女性の笑顔も素敵だった。汗をかいたウエアのまま入るのも気が引けたので、この日はチェックだけして店を後にした。この店のように新しい顔と地道に営業を続ける昔ながらの店が混在するのもこの街のおもしろさだった。
後日、スタッフと合流して街歩きの情報を共有し、まず向かったのが前述の「Marlà Pasticceria(マルラー・パスティッチェリーア)」だ。その日は小雨混じりだったが、やはり店外まで長い列が出来ていた。我々も列に並びカフェをすることにした。カフェを頼んで、ブリオッシュ(クロワッサン)やマリトッツォ(ローマ名物。生クリームをたっぷり挟んだパン)、ヴェネツィアーノ(日本のクリームパンのようなもの)やカンノーロ(シチリア菓子で筒状の生地にリコッタクリームを詰めたもの)などを注文した。どれも素材のよさや丁寧に作られている様子が分かる。甘みも上品でミラネーゼが夢中になる要素は十分だった。ほかのスタッフも納得し、さっそく取材を申込み、翌々日に受けてもらえることになった。
オーナーの二人はポルタ・ロマーナ出身の奥さんラヴィニアさんとシチリア出身のご主人マルコさんだ。このときでオープン1年目だった。各地で修行を積んで二人で開けたこの店はオープンからすぐに話題になり、毎日行列が出来るようになった。「店に入った瞬間に皆が幸せになってほしい」というラヴィニアさん、どんなに忙しいときでも常に笑顔を絶やさないで接客しているのは、そんな思いがあるからだった。そして「いちばん大事なことは……心を込めて作ること」だと言う。
店の奥にあるキッチンと客席の間には大きな窓がある。そこからはキッチンの作業風景がよく見えるが、逆に客席の様子もよく見える。マルコさんは、お客さんが食べながらどんな反応をするかを見たいのだと。そうやって日々客と向き合うことで、接客や味に、磨きをかけているのだ。少ないながらもテーブル席を作ったのも、家のようにゆっくりと寛いでもらいたいという思いからで、毎日通う常連客も多い。店にローマやシチリアなど各地のドルチェがあるのは、ラヴィニアさんのお父さんがローマ出身で、ミラノには多く住んでいる地方出身の人たちが懐かしく、喜んで食べてくれたらうれしいと。同時にミラノっ子には地方のお菓子の魅力に触れてほしいという思いもある。二人は、「ミラノだけでなく、イタリア中からおいしい店として認められるようになりたい」と夢を語った。
最後に二人一緒の写真を撮らせてと伝えると、マルコさんが「働いているスタッフも一緒でいいか」と全員を集めて撮影。そんな気遣いも忘れない。店名は二人の名前MARCOとLAVINIAのMARとLAから。笑顔の絶えない、ハッピーなお店は今でも人気店として営業を続けている。
愛され続ける誠実なパニーニ
この街ではもう一つ紹介しておきたい店がある。何か適当に飲んで、食べられる店が無いかと、やはり一人で散歩していたときにPanino(パニーノはイタリア版サンドイッチ)の文字が目に入り、夜食で入った店だった。席に着きメニューを見てビックリ! パニーノの数が凄まじいのだ。メニューに掲載されているだけでも100種はある。よく分からないものもあり、選ぶのが困難なくらいだ。

一番人気の「ブラガ・コンプリート」

20年以上もパニーニを作り続けているルカさん
うれしいのは注文を受けてからハムやチーズをカットして、パンを軽く焼いてサンドしていくから、いつも出来立てが食べられること。この日はプロシュット・コットとチーズにローストしたタルティーヴォ(チコリ)を挟んだものにした。これにビールなら無敵だ。サクッとしたパンに少し苦味のあるタルティーヴォとバランスよく入ったプロシュット・コットとチーズがいい感じでハモる。うまい! 作っている男性に少し話を聞いた、なんと当時で23年もここでパニーノを作っているというのだ。作っている時の手捌きやタイミングなどベテランなりの独特なリズムがいいのだ。
翌日の夜、カメラマンとライターと合流して、さっそく打ち合わせのために「Bar Quadronno(バール・クアドロンノ)」を再訪した。メニューを見ると二人もやっぱりびっくり! パニーノを食べた二人が気に入ってくれたので、こちらも取材を申込み、翌日の朝に改めて取材に行った。するといつもは来ないはずのオーナーのアントーニオさんが、取材が入ることを聞きつけてやってきていた。御年90歳で足腰もしゃべりもしっかりした方で、長年接客業を営んできた。「一ついいことをしたら、すべていい方向へ、一つ悪いことをしたら、すべてが悪い方向へ、いい仕事をしたら、いい仕事が続く。日々きちんと仕事をすることで、信用も信頼も得られる、だから常に誠実であれ」と、人生経験豊富な人の言葉は響く。よって店はオーナーの精神性を貫き、よい店として長年愛され続いているのだ。
そういう意味でも23年パニーノを作り続けるルカさんも客に愛されるとっても気持ちのいい人なのだ。今年の5月にコロナ禍を挟んだので5年振りに訪ねたら、ルカさんは変わらずにパニーノを作っていた。再会の喜びを分かち合い、大盛りのアペリティーヴォ(前菜盛り)と特製パニーノを食べた。ご機嫌だ!

1967年創業の惣菜店「Giannasi1967(ジャンナーシ)」
ほかにもこの街には暮らしている人が通い続ける個店がたくさんある。1967年創業の惣菜店「Giannasi1967(ジャンナーシ)」は、名物のローストチキンをはじめ、おいしい惣菜が揃う。さまざまなタイプのハサミやナイフが壁一面のアンティークの引き出しに収められている70年以上続く刃物店「Coltellerie Italiane Zoppis(コルテッレリエ・イタリアーネ・ゾッピス)」。文具店は1942年に祖父母が始め、現在は孫姉妹が受け継ぐ。無いものは無いほどところ狭しと文具がひしめいている。マントヴァ出身の店主が営む精肉店、その名も「Fattorie Mantovane(ファットリエ・マントヴァーネ)」では、肉に精通した男たちが陽気に客を迎えてくれる。若者が始めたビオの野菜や果実を売る店もある。
ミラノには世界的に展開するブランドやスーパーマーケットが多くある一方で、暮らしに根付いた個店もまだしっかり存在している。引き継がれてきた伝統を誇りに、無理をせず、客のニーズに合わせて緩やかに変化させることはあっても骨格は失わず、安心と信頼を得ている店。そんな店がミラノにもまだたくさんあった。こういう個店の魅力はイタリアの魅力の一つといってもいいだろう、いつまでもこういう店が無くならないのは、新店でも老舗でもそこには謙虚さと誠実さがあり、また逆に客も店をきちんと守ろうとする意識があるからだ。当たり前のように聞こえるが、それがなかなかそうではないのが今の世の中だ。
次にミラノに行ったら、ぜひポルタ・ロマーナ地区を自分の足で歩いて、ミラネーゼの暮らしを覗きながらお気に入りを見つけてみてはどうだろう。(つづく)
※写真:遠藤素子 endo motoko
※フリーマガジン『イタリア好き』の公式ホームページ
https://italiazuki.com/★松本浩明さんのインタビュー記事「だから、イタリアが好き!」は
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