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美しいくらし
だから、イタリアが好き! フリーマガジン『イタリア好き』編集長
松本浩明
第1回 人生を心から楽しむ達人たち
 ヨーロッパ旅行で人気の高い国といえば、やはりイタリアとフランスではないでしょうか。それぞれの国にはそれぞれの良さがありますが、どちらかというと女性ファンが多いフランスに比べて、イタリアは男女の偏りなく人気がある印象を受けます。人々はイタリアのどこに心惹かれ、旅に出たいと思うのでしょうか? 2010年にフリーペーパー『イタリア好き』を創刊して以来、自らの足でイタリア全土を取材し、現地の人々の素顔を発信し続けている“マッシモ”こと松本浩明さんに、イタリアの魅力、そしてイタリアへの愛を3回にわたって語ってもらいます。

路地裏で素顔のイタリアに出会った


 僕が編集長を務めるフリーペーパー『イタリア好き』は、観光情報誌とは全く視点の違う、イタリア人の日常、素顔を切り取った季刊誌です。毎号、各州や一つのテーマにフォーカスし、そこに暮らす人々と主に食を通して、イタリアの素の魅力を紹介しています。イタリアだけに特化したフリーペーパーを刊行したいと思ったのは、食べることが好きで、イタリアが好きで、人が好きだったから。そしてある忘れがたい出来事が後押ししてくれました。

2010年創刊の『イタリア好き』

 それは、出版社勤務時代にフォトジャーナリストの篠利幸さんとイタリアに出張したときのこと。篠さんはイタリア関連の書籍を何冊も出していて、イタリア関係者の中ではよく知られた人物です。二人でシチリアを旅しながら取材をしていたある日、シラクーザという町の路地裏で、ご近所の家族同士でにぎやかに昼食を食べているところに出くわしました。篠さんが素早くカメラを向けて「写真を撮らせて」と頼むと、「いいよ!」と実にいい笑顔を向けてくれます。そして撮影が終わると、彼らは「ワインでも1杯どう?」と僕らにグラスを手渡してくれました。

 その1杯のワインを飲みながら、イタリア語の堪能な篠さんがどんどんその輪に溶け込んでいくと、「もう残り物しかないけど」と料理やフルーツをふるまってくれました。すっかり上機嫌になり、やおらカンツォーネを歌い出した篠さん。すると突然、横にいたおばさんが彼を制止したのです。そして、「私のほうがうまいわ」と言うなり、話し声とは全く違う美しい声で歌い始めたのです。その様子を見ながら、僕はどうしようもない感動と興奮で、心が揺さぶられていましたね。

 その場から見えてきたのは、人生を楽しく生きる彼らの姿、行きずりの取材者と宴会を始めたり、美しい声でカンツォーネを歌ったりするイタリア人の懐の深さでした。「ありふれた路地裏で、こんなふうに人とふれあえる。そんな旅ができる魅力にあふれているのがイタリアなんだ」と。田舎のなにげない町で、その土地に根ざす郷土料理を味わい、そこに住む人たちとふれあい、そこで感じた空気をそのまま発信したい! そう思った瞬間でした。

自分が好きで、家族が好きで、故郷が大好き


 その後、2010年に『イタリア好き』を創刊して13年。記念すべき創刊号ではイタリア北西部にあるリグーリア州を特集しました。州都ジェノヴァはイタリア最大の取引量を誇る貿易港で、目指すレッコという町はジェノヴァから東へ海岸線を少し下がったところにありました。レッコでのお目当てはフォカッチャ。この町には独自のフォカッチャ文化があり、僕らが知るフォカッチャとは違う特別な料理だと聞いたからです。

港町レッコの名物フォカッチャ・ディ・レッコ※写真提供:松本浩明

 地元のご夫婦(奥さんは日本人)の案内で訪ねたのは、1860年から続く老舗リストランテ「ヴィットリン1860」。この店で名物のフォカッチャが食べられるというのですが、それがどんなものなのか、フワフワのフォカッチャしか知らなかった僕には想像ができなかったんですね。テーブルに運ばれてきたフォカッチャは、直径80センチはありそうな大きなピッツァのような外観だったかららビックリしました。
 これこそが名物のフォカッチャ・ディ・レッコ。薄い2枚の生地の間にはチーズがたっぷり。カメリエーレ(男性の給仕係)によって手際よく切り分けられ、白い皿に盛られたフォカッチャが目の前に置かれて、ワクワクしながら口に運ぶと、熱いサクサクの皮に挟まれ、とろけるチーズは少し酸味があって、コクもある。オリーブオイルの香りも最高で、初めての味わいでした。

 「うまい!」。僕らが歓声を上げながら食べる姿をニコニコしながら見ていたのが、オーナーのジャンバッティスティさんでした。彼は控えめな印象で、静かにフォカッチャの説明をしてくれました。しかし、後から写真を見ると、その顔は堂々として風格があり、存在感がはっきりと感じとれます。伝統の味を守りつつ、地元で愛される店を続けていけるのは、あの落ち着きのある立ち居振る舞いがあるからだと思えたのです。「巻頭の写真はこの人の顔でいこう!」と決め、そこから8ページにわたって人物の全面写真を並べました。
 僕が自分の雑誌でやりたかったのは、まさにこれ。魅力的なイタリア人、懐の深いイタリア人、陽気でポジティブなイタリア人……旅で印象深かったイタリア人を紹介する雑誌にしたいという思いが形になったときでした。

オーナーのジャンバッティスティさん(写真左)と松本さん(写真中央)※写真提供:松本浩明

 僕の印象ですが、イタリア人は比較的、人と人との間の垣根が低い人が多いと思います。さすがにいきなり全部開けっ広げというわけではないけれど、いい意味で遠慮がなく、初めて会った僕らにもたいがいチャーミングな笑顔を見せてくれる。「でも、それって、自分が好きで、自分に誇りや自信があるからできることなのでは?」と、あるとき気づきました。しかも彼らは、自分の人生を楽しそうに演じている。演者だからあんなにいい表情ができるんだとも思いました。

 日本人は自己肯定感が低いといわれますが、彼らは真逆。自分が好きで、自分の家族が好きで、自分が住んでいる町が大好きなんです。自分というミニマムな存在を肯定しているからこそ、彼らは簡単に故郷を捨てないし、伝統的なものを引き継ぎ、おじいさん、おばあさんになるまでやり続けている。流行しているとか、流行していないとかではなく、「やるのが自分の使命だ」だと当たり前に思っているのでしょうね。
 僕にとってはそれこそがイタリアの最大の魅力。その魅力の延長に、その土地にしかない料理や文化がある。だから、何度行っても心惹かれるんだな。(つづく)

――「現地で味わったライブ感を大事にしたいので、取材時はあえて録音はせず、ノートのメモと頭の中の記憶だけで原稿を書いている」と教えてくれた松本さん。次回は、そんな松本さんが取材をする際の「こだわり」についてさらに語ってもらいます。

(構成:宮嶋尚美)

2023年8月1日発行/vol.54

 フリーペーパー『『イタリア好き』は年4回(2月、5月、8月、11月)発行。レストランやカフェ、ショップなど全国に広がる配布店で入手可能(配布店一覧は下記ホームページを参照)。このほか、1年間2640円(送料&税込み)の定期購読会員になると、限定プレゼントや全国の『イタリア好き』配布店でさまざまな特典が受けられるサービスも利用できる。

★フリーペーパー『イタリア好き』の公式ホームページ
https://italiazuki.com/
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【まつもと・ひろあき】
1965年神奈川県横浜市生まれ。広告会社、出版社勤務を経て、2006年に株式会社ピー・エス・エス・ジーを設立。2010年3月、フリーマガジン『イタリア好き』を創刊(年4回発行)。イタリアをテーマに、観光地を巡るのではなく、その土地に根ざした食を味わい、地元の人たちとふれあう旅を提案している。著書に『イタリア好きのイタリア』(イースト・プレス)がある。 
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