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美しいくらし
だから、イタリアが好き! フリーマガジン『イタリア好き』編集長
松本浩明
第2回 おいしいものは地元の人が知っている
 2010年の創刊から13年。イタリア各地の魅力的な食を通して、そこに暮らす人々の日常を捉え、おいしさの中から見えてくる“人生を楽しく豊かに生きる姿”を発信してきたフリーペーパー『イタリア好き』。編集長の松本さんは、どのような取材方法で誌面をつくり上げてきたのでしょうか? 第2回では取材時のこだわりとともに、松本さんならではの視点で切り取った、イタリア人らしさが伝わるエピソードを紹介してもらいます。

取材先ではたくさんの笑顔に出会ってきた

取材は朝のロケハンから始まる


 イタリアへ行くとき、僕はスーツケースに必ずジョギングシューズを入れて旅立ちます。早朝、ロケハンを兼ねて宿泊地の周辺を歩いたり走ったりすると、町の雰囲気がなんとなくわかりますし、出会った人と「ボンジョルノ」とあいさつを交わすことで、予定になかった取材先が見つかることもある。

 先日訪れた南部のプーリア州(イタリア半島のかかとにあたる州)では、早朝に散歩をしているとパンの焼けるいい香りがしてきたので、その香りに引き寄せられるように歩いていくと、「50年間薪窯で焼いているパン屋」と書かれた看板を見つけました。外から網戸越しに店内をのぞいていると作業している男性と目が合い、「ボンジョルノ」とあいさつすると、「ボンジョルノ、入ってこいよ」と手招きしてくれるではありませんか。
 その男性はパン屋のオーナーで、僕が自己紹介すると、工房を見せてくれただけでなく、店の説明や、薪がオリーブの木であることなどを話してくれました。8時にパンが焼き上がるというので、その後カメラマンを引き連れて再び店を訪ねると、店頭では奥さんが焼きたてのパンを並べていました。ずっと二人でパンを作っているという奥さんの話を聞きながら、窯から出したのパンを味わったんです。

 「いい出会いだった」と感動して外に出ると、ちょうど魚屋が捕れたばかりの魚を店先に並べているところに遭遇。ここでも「ボンジョルノ」に始まり、話を聞いてみると、「自分はこの店の5代目」だと教えてくれました。また、この辺りではコッツェ(ムール貝)を生で食べると言い、生のコッツェを1パックくれたのです。またしてもいい出会いと面白い話を聞けた。と、だいたいこんなふうにして僕の取材旅は進み、頭の中で誌面構成がイメージされていくんですね。
 わざわざイタリアまで行くのですから、もちろん現地のコーディネーターにも協力を仰いでいますが、事前の準備よりも大切にしているのはライブ感。「写真映えしなくても、最新でなくても、きれいなレストランでなくてもいい。とにかく地元の人たちが集まって、そこで食べているもの、やっていることを取材したい」ということです。

取材で出会った人々との再会も楽しみの一つ

 僕はグルメライターではないので、流行の料理や星付きレストランにあまり関心がないですね。取材した店がたまたまそうだったことはありますが、僕はできるだけ地元の人でいつも賑わう店や、肉屋、パン屋、魚屋などの個店をのぞいてみたいと思っています。なぜならそういうところには必ず魅力的なオーナーや料理人がいることが多いからです。そこで彼らが生きてきた人生のことや、大事にしていることの話を聞き、そのときに感じたことをそのまま誌面に表現することで、「この人たちがつくる料理はおいしいし、信頼できる」が読者の皆さんに伝わればいいと思っています。ただ“おいしい”というだけではなくですね。
 それはオリーブオイルやワイン、チーズなどの生産者も同じで、研究熱心だったり、昔ながらの製法をしっかり守っていたりする人の製品にはほぼ間違いはない。そういう人にたくさん会って、その人となりを伝えることが、イタリアの魅力を伝えることだと僕は思っています。

たかがカルボナーラ、されどカルボナーラ


 最近では、『イタリア好き』のVOL.52で特集したローマのカルボナーラも忘れられない味です。カルボナーラの起源には諸説ありますが、今やローマを代表するパスタとして絶対的な地位を誇っていますね。ローマ人にとってのカルボナーラは、「パンチェッタではなく、グアンチャーレを使う」「オイルは使わずグアンチャーレの脂だけ」「チーズはペコリーノだけ」「卵に火を入れ過ぎてはいけない」「生クリームは使わない」「パスタは何を使ってもいいが、ゆで過ぎは厳禁」など、多くの決まりごとがあり、それだけプライドをかけて作り上げてきたスタイルであることがわかるんです。

 とはいえ、材料がシンプルであるゆえに表現のバリエーションも豊か。僕は1週間の取材期間中に32の店へ行き、32食のカルボナーラを食べましたが、1つとして同じカルボナーラに出合うことはなく、これはとても興味深かったです。それで、「これは面白い特集になる」と思いました。カルボナーラはプロだけでなく、家庭にも深く浸透している料理だけに、店にもそれぞれ強い思いがあり、人物の取材も面白い。たかがカルボナーラ、されどカルボナーラなのです。その結果、カルボナーラ特集には多くの反響がありました。

 発行後、出来上がった本誌を持って再び彼らに会いに行くと、誰もが歓迎してくれ、「ここで食べていけ」と言ってくれます。ローマを再訪した際に「ぜひ寄っていけ」と熱心に誘ってくれたのが、「ヴィオ・アル・ヴェラヴェヴォデット」のオーナー、フラヴィオ・ディ・マイオさん。でも、取材で最初に店を訪れたときには、ちゃんと話が聞けるか不安なほど気難しそうな印象でした。でもそれは、取材をする僕がどれだけ真摯に彼の意図をくみ取ろうとするのか、見定めていたからでしょう。

店内に『イタリア好き』のステッカーを貼ってくれているお店も

 完成した本誌を手にして店を再訪したときには、とても喜んでくれました。マイオさんの誘いに応じて料理やワインを頼んですっかり満腹になり、支払いをしようとしたら、「金はいらない」と言われたんです。彼の気持ちを感じることができましたね。ローマは多くの世界遺産が存在する観光地でありながら、下町気質というのか、みんな人情味が厚いのです。
 ここ数年、取材の後に再訪すると、「この間、『イタリア好き』を持った日本人が来たよ」と言われることが増えてきた。『イタリア好き』のステッカーを貼ってくれているお店も多く、「こんなところでステッカー見つけました」とSNSに投稿する人もいる。そういうのを見ると本当にうれしいと思います。(つづく)

――ローマのカルボナーラ、本当においしそう! 松本さんのお話を聞いているだけで、『イタリア好き』VOL.52に掲載されているすべてのカルボナーラを食べてみたくなりました(笑)。次回最終回は、松本さんが注目する地方の暮らし、日本のイタリア好きに教えたいおすすめスポットを教えてもらいます。

(構成:宮嶋尚美、写真提供:松本浩明)

2023年8月1日発行/vol.54

 フリーペーパー『『イタリア好き』は年4回(2月、5月、8月、11月)発行。レストランやカフェ、ショップなど全国に広がる配布店で入手可能(配布店一覧は下記ホームページを参照)。このほか、1年間2640円(送料&税込み)の定期購読会員になると、限定プレゼントや全国の『イタリア好き』配布店でさまざまな特典が受けられるサービスも利用できる。

★フリーペーパー『イタリア好き』の公式ホームページ
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【まつもと・ひろあき】
1965年神奈川県横浜市生まれ。広告会社、出版社勤務を経て、2006年に株式会社ピー・エス・エス・ジーを設立。2010年3月、フリーマガジン『イタリア好き』を創刊(年4回発行)。イタリアをテーマに、観光地を巡るのではなく、その土地に根ざした食を味わい、地元の人たちとふれあう旅を提案している。著書に『イタリア好きのイタリア』(イースト・プレス)がある。 
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