今回は
第2回に引き続き、再びフランス南部のオクシタニー地域圏へ。エロー県にあるコミューン「ペゼナス」にヴォヤージュしましょう!
さて突然ですが、フランス語にはさまざまな言い回しが存在することをご存じですか? 例えば、英語は「La langue de Shakespeare(ラ・ラング・ドォ・シェクスピア/シェクスピアの言語)」と表現されることがあります。これはウィリアム・シェクスピアがイギリス・ルネサンス演劇を代表する作家であり、彼の作品が英語文学において優れた言語学的資料になっているからです。
では「フランス語」にはどんな異名があると思いますか? 答えは「La langue de Molière(ラ・ラング・ドォ・モリエール)」。そう、モリエールの言語です。
モリエール(1622〜1673年)は日本ではシェクスピアほど有名ではないかもしれませんが、フランスの中学校で必ず学ぶ劇作家です。フランス人なら誰もが彼の作品を読んだことがありますし、舞台や映画でふれたことがあるでしょう。数多くの優れた喜劇を生み出し、フランス古典喜劇を完成させた人物です。本名はJean-Baptiste Poquelin(ジャン=バティスト・ポクラン)。パリに生まれパリで亡くなりましたが、南仏のオクシタニー地域圏には彼が愛した町があります。その名はPézenas(ペゼナス)。「地中海の黒真珠」と呼ばれるAgde(アグド)から車で約1時間の場所にあります。
このペゼナスこそが、モリエールに大きな影響を与えた町です。彼は1643年にシアター・劇団「L’Illustre Théâtre(リリュストル・テアートル/盛名座)」を創立し、パリで興行を成功させますが、ほどなく人気は下火に。以降、南仏を中心に地方に巡業に出るようになります。1646年から1657年の約10年間、彼が滞在したのがペゼナス。地元の人々との交流は深く、この時期の経験が、彼の作品の個性豊かなキャラクター作りにインスピレーションを与えたとされています。
そんなモリエールゆかりのペゼナスに、私はこれまでに2度、落語の口演で訪れました。最初は2022年12月。会場は1803年に創設された由緒あるThéâtre de Pézenas(テアトル・ドォ・ペゼナス/ペゼナス劇場)でした。数年前、マルセイユ日本領事館の文化担当の方が別件でペゼナスを訪問した際、この劇場の見事な装飾に感銘を受け、「ここで落語をするしかない!」と思い立ったのだそうです。そこから準備が進み、私に声がかかり、2022年に初の口演が実現しました。
開催当日は定員300人の会場が満員御礼! モリエールゆかりの町とあって、ペゼナスの人々は普段から演劇への関心が深く、舞台芸術にとても敏感です。そのようなお客さまを前に「ラ・ラング・ドォ・モリエール(フランス語)」で落語を披露するのは非常に緊張しましたが、バルコニー席に囲まれた気品ある空間での高座は、格別な気持ちよさでした。
このとき、ペゼナス市役所の担当者とご縁ができ、「モリエールフェスティバル」への出演に招待していただきました。そうして迎えた2回目の口演は2024年6月。今度は野外でのパフォーマンスでした。
ペゼナスにはモリエールの劇団名を冠した「盛名座」という劇場もあります。次回はぜひそこで落語を披露したいですね(笑)。「モリエールフェスティバル」や「盛名座」だけでなく、町のあちこちにモリエールの彫像があるペゼナスは、町並みを歩くだけで彼の名残を感じることができます。多くの「オテル・パティキュリエ」(集合住宅)にも、『ここで◯年◯月にモリエールが「○○○(作品名)」を上演した』といった案内板が掲げられているため、観光客の中には「モリエールはペゼナス生まれ」と勘違いしてしまう人が少なくありません。そんな中、南仏出身の小説家・劇作家・映画作家であるMarcel Pagnol(マルセル・パニオル/1895~1974年)はこんなことを言っています。
「ジャン=バティスト・ポクラン(本名)はパリに生まれたようだが、モリエール(ペンネーム)はペゼナスに生まれたな」
なんだか、納得してしまいますね(笑)。(つづく)
【シリルのフランス豆知識 ●ペゼナス編】
「英語」や「フランス語」と同様に「日本語」にもフランス語の言い回しがあります。それは「La langue de Mishima (ラ・ラング・ドォ・ミシマ/ミシマの言語)」です。ミシマとは、もちろんあの三島由紀夫のこと。小説家で劇作家でもある彼の作品はフランスでも高く評価されています。2025年の今年は彼の生誕100周年に当たります。(写真提供:Cyril Coppini)
☆シリル・コピーニさんがフランス語で落語を披露するときのコツや面白さを語る
連載【落語はトレビアン!】はこちら→
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