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美しいくらし
わたしのバルト三国ひとり旅 旅する食文化研究家
佐々木敬子
第7回 60分の1のマグネット《リトアニア》
観光地に行くと定番のお土産があります。その代表格がマグネットではないでしょうか。
バルト三国を旅行中、マグネットがたくさん冷蔵庫に貼り付けられているお宅に伺うと、「マグネットを集めるのが好きですか?」と質問します。「友達がくれるのよね」「息子が旅行に行ったときのお土産よ」「どこかに行くと必ず買うことにしているの」などと、さまざまな彼らの背景が語られます。他人のコレクションを見ると、「よくこれだけ集めたなぁ」と感心しつつ、集めた背景を知りたくなってきます。

「このマグネットはどこのものですか?」
「それはジョージアのよ。私はジョージアにハマっていて、何度も行ってるの。ジョージアで買ったお気に入りの調味料をあげるよ!」
そんなやりとりに発展することもあり、マグネットは意外なことにコミュニケーションにも役立ちます。その人がマグネットを集める過程を想像すると、趣味や過ごした時間が見えそうな気がするからです。
私はというと、ものを根気よく集めることが苦手で、すぐ飽きてしまう性分です。だから我が家にあるマグネットは、旅先で欲しいと思ったものやお土産としていただいたもの、パートナーが買ったものなど、なんとなく集まったマグネットばかりです。

首都ヴィリニュスとその郊外で手に入れた『リトアニアを集めよう』のマグネット

そんな私がある日、リトアニアのとあるマグネットを見て「集めてみよう」と思いました。それは『リトアニアを集めよう(Surink Lietuvą)』というマグネットです。リトアニアの地方行政区画には10の郡(日本で県にあたる地域分類)がありますが、その10の郡をさらに主なエリアで細かく分けて60のマグネットを作り、各エリアのインフォメーションセンターで1つ2ユーロ(特別なものはそれより少し高いことがあります)で販売する、というものです。
リトアニアの地方観光の促進を目的としたこのマグネットキャンペーンは、ロシア帝国からの独立100周年を記念して2018年7月から始まりました。当初は2年間で終了する予定だったそうですが、コロナ禍もあって2年間ではほとんどの人が集められないと判断し、2025年の現在もマグネットの販売は続いています。

そもそも、このマグネットの存在を知ったのは、リトアニアの中南部にある都市ビルシュトナス(Birštonas)のインフォメーションセンターでした。ここで、リトアニア全土の地図の形をした大きなパズルのようなマグネットの集合体が飾られているのを見つけたのです。
「これはなんですか?」
スタッフに聞いてみると、「全部で60種類、各地の観光名所や特産品の愛らしくカラフルなイラストが描かれたマグネットがあるんですよ。ここ、ビルシュトナスはミネラルウオーターの源泉があることで有名なんです。1959年のカウナス水力発電所ができる前は、街を流れるネムナス川のほとりに口から源泉が出るクジラの彫刻がありました。でも、水力発電所ができたことで川の水位が上昇して、シンボルとなっていた彫刻は水没してしまいました。川の底に沈んだクジラがビルシュトナスの街の紋章になったので、小さなクジラのイラストがマグネットになったんですよ」
そう説明しながら、60個集めた完成サンプルを見せてくれました。小さなマグネットをひとつずつ集めて、縦30cm横40cmほどのリトアニア地図を完成させるのは気が遠くなりそうでしたが、ひとまずビルシュトナスを訪れた記念にマグネットを1つだけ購入してみました。

次はバスで30分ほどのカウナス(Kaunas)に行く予定だったので、カウナスでも購入する気満々になりました。けれどマグネットを手に入れるためにはインフォメーションセンターが開いている午前9時から午後6時前(午後1時から2時にお昼休み)に立ち寄る必要があり、これが旅人にとって意外と難しい場合があります。
夜のうちに宿にチェックインして、朝から博物館や美術館、名所巡りをしている間にインフォメーションセンターが閉まってしまうパターンもあるからです。カウナスではせっかく行ったのに昼休み時間だったので購入できず、泣く泣く諦めて次の目的地へと旅立ちました。

永遠と続く郊外の道


その後、リトアニアの首都ヴィリニュス(Vilnius)で2つ目のマグネットを購入すると、その周りを取り囲むC字型のマグネットがあることに気づきました。ちょうどその日は午後から時間があったので、試しに買いに行ってみることにしたのですが、「ヴィリニュスの周囲」といってもどこで販売されているのか……。早速調べてみると、「ヴラディスラヴォ・シロコムレ博物館(Vladislavo Sirokomlės Muziejus)」でしか販売されていないことがわかりました。そこはヴィリニュス中心部からおよそ15km離れた郊外にある、19世紀の詩人、作家として活躍したポーランド系リトアニア人のシロコムレが8年間住んだ家で、生誕150周年となった1970年に博物館となった場所でした。
私が訪れたのは2月。この博物館は1月と2月は休業し、インフォメーションセンターの窓口が営業しているのみで、この日の営業時間は午後4時まで。

雪に埋もれたバス停

検索すると、ヴィリニュス駅近くを通るバスが博物館の近くまで行くとありました。みぞれがちらつき始める中、公共交通機関を使おうとする癖がある私は、バスを待ってみました。けれど、お目当ての番号が表示されているバスは待てど暮らせど来ません。バスの到着予定時刻はとうに過ぎ、本当にバスが運行されているのか不安になってきました。
「仮にバスで博物館に行けたとしても、帰りのバスの時間は何時だっけ?」ふと、そんなことが頭をよぎり、「行きはよいよい帰りは……」というわらべうたが頭の中で流れ始めました。
帰りのバスの時刻を調べると、直近で実現可能な帰りのバスの時間は午後2時5分。その次は午後3時15分。1時間以上もあります。

仮に今すぐに来たバスに乗れたとしても、午後2時5分のバスでヴィリニュスの中心まで戻るのは難しい時間だったので、「これはタクシーに乗っても良いでしょ」と自分に許可を出しながら、ヨーロッパの配車アプリ、ボルト(Bolt)を立ち上げました。バスなら0.9ユーロで行けるところを、10ユーロかかります。
「2ユーロのマグネットを買うために、10ユーロ払って行くのか……何やってるんだろう? 私は……」

虚無感を感じつつ、自分で選んだ行動だからここは何も考えず、突っ走るしかないと思いました。ボルトで手配した車がすぐに到着。ドライバーのおにいさんがスピードを出して走ってくれたおかげで、ヴィリニュス中心地からものの10分程度で博物館前に到着です。時計を見ると午後1時50分。ドライバーのお兄さんが降ろしてくれた道路から博物館の建物までは、およそ150mの距離です。車輪で踏み固められた轍(わだち)に沿って、私は建物に向かってズンズンと歩いていきました。
入り口のドアを開けて窓口にいた男性に、はぁあぁと息を切らしながら「マグネットをください!」と頼むと、男性も状況を察したのか、バスの時刻表を確認しながら「街まで行く次のバスは2時5分だから、きっと間に合うよ!」と励ますように声をかけてくれました。

博物館の外観


「アーチュー! (Ačiū!/ありがとう!)」
そう叫ぶように博物館を出て、マグネットを大事にポケットにしまいました。そして、来た道を速足で戻って、バス通りに出てから右折して、30mくらいの場所にあるヴィリニュス中心部行きのバス停を無事に見つけました。バスの発車予定時刻までまだ少しあります。これでひと安心。しばし待っていると時間どおりにバスが来ました。
0.9ユーロの乗車券を払い、バスが走り出してからポケットに入れたマグネットを取り出してじっくり見ると、気になる数字が書かれていました。

54°54’25°19’

我が家のマグネットコレクション

その隣には方位磁針のマークが書かれていました。
「どこかの緯度経度かな?」気になったので宿に戻ってから調べてみると、ヴィリニュスから26km北の場所がヨーロッパの中心であると、1989年にフランス国立地理研究所が定めた場所だということがわかりました。たった2ユーロのマグネットのために、10ユーロ払ってヴィリニュス郊外を往復しただけという、なんとも無駄なことをしたような気分になっていた私ですが、その行為から、「ヨーロッパの真ん中がリトアニアにある」ということを知ることになったのです。

「よし! 次にリトアニアに来たら、ヨーロッパの中心といわれる地点に行ってみよう」
リトアニアをより深く知るチャンスを与えてくれた60分の1のマグネット。私はこのマグネットを13個集めました。まだ半分も集められていません。でも、なかなか集められないほうが、リトアニアをより長く楽しめるような気がしてきました。(つづく)

※金額と営業時間は2024年2月時点のものです。

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【ささき・けいこ】
旅する食文化研究家。料理教室「エストニア料理屋さん」、バルト三国の情報サイト「バルトの森」主宰。会社員時代に香港駐在を経験したのち、帰国後は会社務めの傍ら世界各地を旅して現地の料理教室や家庭でその国の味を習得。退職後の2018年からエストニア共和国外務省公認市民外交官としての活動を始め、駐日欧州連合代表部、来日アーティストなどに料理提供を協力。企業、公共事業向けレシピ開発やワークショップ、食文化講演なども行う。著書に『旅するエストニア料理レシピ』、『バルト三国のキッチンから』(産業編集センター)。
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