× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
食べるしあわせ
にっぽん塩の教科書 ソルトコーディネーター
青山志穂
第7回 同じ海水でも何かが違う(その2)
 皆さんの中には「海水塩だからしょっぱい。岩塩はまろやか」と思っている人はいないでしょうか? それは大きな間違いです。確かに原料は異なりますが、海水塩にもまろやかなものもあればしょっぱいものもあり、実際に食べ比べてみると、味の違いは明らかです。ではなぜ海水を原料としている塩にいろいろな味が生まれるのでしょうか。その謎をひも解いていきましょう。


 生命の起源たる海水には、地球上に存在する全ての元素が含まれているといわれています。海水がしょっぱい理由は諸説ありますが、地球に陸ができたおよそ27億年前、陸地の岩や土に含まれていた塩素やナトリウムが雨水とともに海水に流入し、海水の水分が蒸発するのを繰り返すうちに塩分濃度が徐々に濃くなったという説が有力です。
 なお、ヒトの体内の塩分濃度は約0.9%ですが、これは地球上に生命体が誕生したころの海水の塩分濃度に近く、ヒトの細胞外液の組成は生命体が海から陸上に生活圏を広げた時代の海水の組成に似ているとされています。つまり私たちは体内に太古の海を抱えながら生きているのです。
 それでは塩の原料になる海水の成分を見ていきましょう。海水は96.6%が水で、3.4%が塩分です。塩分の内訳は次のとおりです。

塩化ナトリウム(NaCl)……77.9%
塩化マグネシウム(MgCl2)……9.6%
硫酸マグネシウム(MgSO4)……6.1%
硫酸カルシウム(CsSO4)……4.0%
塩化カリウム(KCl)……2.1%
その他……0.3%

 以前に、理系の研究者の方と議論になったことがあります。彼は頑として「海水はどこで汲んでもその組成は変わることがない」という主張でした。それもそのはず、19世紀後半に、英国軍艦チャレンジャーが世界各地で採取した海水のサンプルをエジンバラ大学のディットマー教授が分析したところ、「海水の塩分濃度にはばらつきがあるが、その組成はいずれも一定である」という研究結果が出ました。
 しかし、国内外の製塩所を訪れるたびに海水をなめ続けてきた私は、その見解に納得がいきませんでした。なぜなら、海によって海水の味わいが明確に異なることを味覚で感じ取っていたからです。そこでさまざまな文献を調べたり、研究者の方に質問したりと自分なりにその原因を探ってみたところ、1984年に発表された論文(※1)にその答えを見つけることができました
 そこには、「海水に含まれる微量元素あるいは微量化合物の量は、場所・季節による変動が大きい。特に水深1000m未満の海水は季節・地形・海流・生物相などによって著しく変化を受ける」とありました。やはり、私の思ったとおり! 海水の成分はさまざまな要因によって変化していたのです。諸説あるのが科学の常ですが、各地の海水の味を確かめてきた私の実体験から、こちらの説を支持したいと思います。

海水の味に影響を与える要因
 海水の成分はなぜ変化するのでしょうか? 塩の味に影響を与える海水の成分について4つの視点で考えてみましょう。

①海流による違い
海流とは、海水が一定方向に流れる自然現象の総称です。水は温かいところから冷たいところに流れる性質があるため、地球規模でその流れが決まっています。海流は大きく分けて、赤道付近から北極や南極に向かって流れる暖流と、南極や北極から赤道方面に向かって流れる寒流の2つの種類があります。
 日本近海で発生する暖流は、九州を境に日本海側へ流れ込む対馬海流と、太平洋側へ流れる黒潮(日本海流)に分岐します。寒流に比べて高温・高塩分で、生物が生命を維持するために必要な栄養塩やプランクトンが少なく、海水の透明度が高いのが特徴です。
日本周辺の寒流は太平洋側を流れる親潮(千島海流)と、日本海側を流れるリマン海流の2つ。低温・低塩分で溶存酸素量が多く、栄養塩に富んでいます。プランクトンが繁殖しやすいため、魚類や海藻類がよく育つとされ、海水は緑や茶色がかった色をしています。

 暖流と寒流がぶつかるところを潮目といいます。寒流に生息する魚と暖流に生息する魚が合流する潮目は、2つの海流がぶつかった衝撃でプランクトンが海底から巻き上げられて魚の餌が豊富になることからよい漁場とされています。日本有数の漁場で知られる東北の三陸沖や常磐、北海道のオホーツク海などが有名です。
 暖流と寒流とそれぞれ性質の異なる海水をなめてみると、寒流は濃厚でこってり、暖流はあっさり、潮目となる三陸沖の水は暖流と寒流が合わさったバランスのよい味わいに感じます。

山口県の油谷湾の風景

②周辺の環境
 海流という自然現象だけでなく、海水を取水する場所の周辺環境も重要です。例えば北海道南西部に位置する「工房帆」のように周辺に活火山が多くある場合です。土壌に含まれる鉄などのミネラルが川によって海に運ばれるため、当然海水の味に影響を及ぼします。
 また、山々に囲まれた湾内では海水の滞留時間が長く、さらに季節の移ろいも相まって、海水の味わいは四季折々で変化します。近年、山口県の「百姓庵」は、原生林が多く残る油谷湾近郊の自然環境を上手に活用した「za you zen 春夏秋冬」を発売しました。季節によって味わいが変わる世界初の塩として注目を集めています。
 周辺環境が海水にもたらす影響はほかにもさまざまな要因が考えられます。海水を取水するポイントの近くに魚の養殖場があれば富栄養化の状態になり、海水から真水をつくる海水淡水化センターがあれば濃い塩水が海に排出され、沿岸域の海水の成分は変化することでしょう。一方、沖合で取水する場合は、こうした外的要因の影響が少ないため、海水は海流そのものの味になります。

③取水する深さ
 次に海水を取水する深さです。水深200mまでの海水を「表層水」、水深200m以上の海水を総称して「海洋深層水」と呼びます。海面に近い表層水は生活排水や産業排水、気象の影響を受けやすくなり、水質は一定ではなく、常に変化しています。そのため、「雨が降った後の2~3日は海水を汲まない」という生産者さんもいますが、それを逆手に取ると、変化に富んだ塩づくりができるという見方もできます。
 では海洋深層水はどうでしょう。こちらは表層水とは異なり、陸地の水の影響を受けることがありません。清浄性に優れているほか、太陽光が届かないために植物性プランクトンが生育できず、低温であるため雑菌も繁殖しにくく、水質と水温が一年を通して安定しています。マグネシウムやカルシウムなどのミネラルや、窒素やリン、ケイ素などの無機栄養塩も豊富です。そのおかげか、海洋深層水でつくった塩は旨味が強く、後味のキレがよい! これは2000種類以上の塩をテイスティングした私の感覚です。
 こうした特性が注目され、近年、海洋深層水を利用した飲料水や化粧品といった商品が次々と開発されるようになりました。塩もその一つで、沖縄県の久米島では水深612m、北海道の熊石では水深344m、高知県の室戸では水深344mから汲み上げた海水で製塩を行っています。

④潮位の変化と月の周期
 潮位や変化や月の満ち欠けによって海水の味が変わるというと、なんだかスピリチュアルな話に聞こえるかもしれませんが、ちゃんとした科学的根拠に基づいているのです。
 潮の満ち引きは、地球にいちばん近い天体である月の引力が海水を引っぱるために起る現象です。月との距離が近い海では、月の引力で海水が引っ張られて満ち潮となり、反対側にある海は月の引力は弱く、海水が取り残されてこちらも満ち潮となる。地球の両側に海水が集まって満ち潮になれば、その中間にある海は海水が減って引き潮になります。
 月だけでなく太陽も引力で海水を引っ張っています。月より遠いところにある太陽は月の半分ほどの引力しかありませんが、太陽と月の動く位置によって引力の大きさが変化するため、潮の満ち引きに影響します。太陽と月と地球が一直線上に並び、海水を引っ張る力がもっとも強くなる満月や新月のころは、潮の満ち引きの差が大きくなる大潮です。満月と新月はともに大潮になるのですが、引っ張られる力の方向が異なるため、満月のときは海水が大きく混ざり合い、逆に新月の海は非常に穏やかで静かです。
 潮が動けば海中のプランクトンの動きも活発になり、それを餌にする魚たちも活動的になります。潮位だけでなく月の満ち欠けによっても海の状況が変わり、それらはネラルのバランスやプランクトンの発生に影響を与えます。海水をどのタイミングで取水するかは、当然、海水の結晶である塩の味わいにつながっているのです。

 千葉県の勝浦で生産されている「勝浦塩」(勝浦製塩研究所)は満月と新月の海水で塩をつくり分けていますが、満月の塩のほうはしょっぱさ、旨味、酸味、甘い、苦味、雑味など、塩に含まれる全ての味が強めで、味の余韻が長く、こってりした印象でした。新月の塩のほうは、潮の香りが強めで、余韻は短く透明感があり、後味がすっきりとクリアです。月の満ち欠けのタイミングに合わせて海水を取水する製塩所は沖縄の浜比嘉島や長崎の五島列島にもあり、全国的に増えてきています。

 海は海流、周辺環境、水深、潮位、月の満ち欠けによって一年中変化しています。そのため全く同じ方法で製塩したとしても、原料となる海水の成分が異なれば同じ味の塩をつくることは不可能なのです。塩は自然由来の産物であり、年間を通じて品質の均一化を求めること自体がそもそも不自然なのかもしれません。「前回買ったときとちょっと味が違うな」と思ったら、その原因がどこにあるのか、探りながら味わってみるのも一興ではないでしょうか。(つづく)

※1)参考文献:桑元融「海水の無機成分-溶存化学種を中心に」(1984年)
 
写真提供:青山志穂

★青山志穂さんが訪れた全国各地の製塩所を紹介する連載「にっぽん塩めぐり」はこちら⇒
★青山志穂さんの公式Youtube・WEBサイト・Instagram
https://www.youtube.com/@shiho_aoyama
https://shiho-aoyama.com/
https://www.instagram.com/shiho_aoyama_/?hl=ja
ページの先頭へもどる
【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
新刊案内