用途に合わせて、最後に「仕上げ」 塩づくりの最後は「仕上げ工程」です。結晶化した塩を収穫した後、目的に合わせて製品としての有用性を高めるために加工することがあります。使いやすくするために塩の結晶を砕く、焼いてさらさらにする、栄養を強化するために添加物を加えるといった内容です。
塩を高温加熱する焼成の様子
「焼成」焼塩の製法。200度~380度未満の「低温焼成」、380度以上の「高温焼成」と、加熱温度によって分かれる。800度以上の超高温で焼成すると、ダイオキシンや環境ホルモンなどの有害物質が除去するとされている。粒が細かくなり、湿気にくくなる利点がある。
「乾燥」200度未満の加熱、減圧、除湿乾燥などをして水分を蒸発させてさらさらにすること。結晶化した塩を太陽の光を浴びる場所に置いて天日干しすることは該当しない。
岩塩などの塩の塊を使いやすいように細かく砕く
「粉砕」塩の結晶を使いやすいように細かく粉砕すること。岩塩だけでなく、大きく成長した海水塩の結晶も粉砕することがある。
「洗浄」海外産の大規模塩田で結晶化した天日塩や、採掘された岩塩などに付着した汚れを落とすため、真水または塩水で塩の結晶を洗浄すること。
「造粒」塩の結晶を加圧する、または添加物を加えて成形すること。空気を含むパウダー状などの微粒塩に少量の水を加えて練り、型に押し出しながら温風を当てて乾燥させ、粒径が大きいものに成形する方法などがある。
「混合」添加物を加える、または違う塩を混合すること。低ナトリウム塩を製造する、栄養を強化する、固結を防止する目的で、塩化カリウムや炭酸マグネシウムなどが加えられる。
日本の塩の価格はなぜ高い?「国産の塩って高いよね。買うのを躊躇しちゃう」。そんな声をよく耳にします。確かに手間暇かけてつくる国産は、スーパーマーケットなどで見かける外国産の岩塩や海水塩と比べると、グラム当たりの価格が倍以上することがあります。この価格の差は前述のとおりで、生産効率や生産規模に由来します。
日本の場合、天日塩は年間の生産量が何百万トンにも及ぶ外国の大規模塩田に比べて小規模ですし、釜炊きの塩は薪や重油、電気などの熱源に膨大なコストがかかります。少量生産コスト高という構造が価格に反映されてしまうわけです。
塩は本来、人間の生命維持に欠かせないものですが、その用途は調味料だけに留まらず、石けんやビニール製品に加え、パルプ、漂白剤、殺菌剤、ガラスの原料などの工業用まで多方面にわたります。塩が国民の生命や暮らしを支えているといっても過言でありません。産業保護の観点からも、日本ならではの製塩文化を継承するという意味でも、国産の塩を手に取ってもらえるとうれしいです。
日本独自の藻塩とは?
藻塩は製法や使用する素材によってさまざまな色や味わいが生まれる
ここまで日本で行われているさまざまな製塩法について紹介してきましたが、日本の塩づくりを語るうえで欠くことができないのが「藻塩」です。藻塩とは、海藻を利用して生産される海水塩のことで、実は日本でしか生産されていません。近年、フランスの生物学者が行ったアサクサノリに関する研究結果から、日本人の腸には海藻に含まれる特殊な腸内細菌が存在することが明らかになりました。この腸内細菌を持つのは世界広しといえども、おそらく日本人だけであると推測されており、このことは古代から海藻を食べ、海藻を利用してきた日本人の暮らしを裏付けています。
藻塩づくりの歴史は縄文時代に遡ります。移動を繰り返す狩猟生活から一定の場所に定住するようになって生活スタイルが大きく変化し、農耕や稲作が始まり、塩づくりも行われるようになりました。この時代、海水からつくった塩を土器などに保管しておくことができるようになったともいわれています。
日本全国に生息するホンダワラ
最近は旨味成分の多いコンブを添加している藻塩もある
古代の藻塩の製造方法には諸説ありますが、「塩が付いた海藻を焼いて灰にし、海水と一緒に煮詰める」という説や、「海藻に海水を繰り返しかけて採取した塩分濃度の濃い海水を煮詰める」という説が有力です。海藻に付着した塩分や、より濃い塩水を得るために海藻を利用していたため、海藻のエキスが混じった塩、藻塩が生まれました。海藻は生息地域の広いホンダワラ(和名:玉藻)が主流だったようです。
現代の藻塩は、「海水の中に海藻を浸漬して製塩したもの。または海藻抽出物、海藻灰抽出物、もしくは海藻浸漬にがりを塩に添加したもの」と定義され、地域性を生かした、いわゆる「ご当地藻塩」が日本全国で100種類以上生産されています。海藻の種類も豊富で、ざっと列挙するだけでも、三重県のアラメ、新潟県のナガモ、秋田県や新潟県のアカモク、北海道のコンブ、沖縄県のモズク、長崎県や広島県のヒジキ、宮城や福島のカジメ、高知県のクロメといった海藻が各地で使用されています。
藻塩の特徴は、塩本来の成分だけでは味わえない、海藻の旨味エキスや磯の風味を含んでいること。海藻の種類だけでなく、海藻を一緒に煮詰めるのか、海藻エキスを後で添加するのか、単一の海藻を使うのか、複数の海藻をミックスして使うのかの製法や生産者によって味や色、香りの違いを楽しむことができます。
万葉集には、次のような歌が詠まれています。
「来ぬ人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」
(いくら待っても来ない人を待っている私は、まるで松帆の浦の夕凪ころに浜辺で焼く藻塩のようにあの人が恋しくて、身も焦がれるほどに恋慕いつづけている) 7~8世紀の歌の題材になるほど、古代から愛され身近な存在だった藻塩。この多彩な世界をまだ未体験の方は、ぜひ一度味わってみてください(つづく)
写真提供:青山志穂
★青山志穂さんが訪れた全国各地の製塩所を紹介する連載「にっぽん塩めぐり」は
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。