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食べるしあわせ
にっぽん塩の教科書 ソルトコーディネーター
青山志穂
第3回 手塩にかけてつくる(その1)


塩づくりに恵まれない国だからこそ発展
 2023年の時点で、全国にある製塩所は北海道から沖縄まで約600カ所以上。温泉水を原料にしているごく一部を除いて、日本の製塩所のほとんどが海水を原料にした塩づくりを行っています。
 世界的な生産量で見ると、全体の約6割を占める岩塩に対して海水塩は約3割程度ですが、岩塩層のある山脈や塩湖(飽和塩水でできた湖)が存在しない日本では、原料の99.9パーセントを海水に頼らざるをえません。
 岩塩は地中の岩塩層を爆薬で破砕すれば一気に何万トンと生産することができますし、塩湖は乾季になると自然に結晶化するので、その塩を掘り出すことができます。いわば「採掘」です。これに対して海水塩はなんらかの方法で海水の水分を蒸発させて濃縮しないと塩にはならないため、非常に手間やエネルギーコストがかかってしまいます。その地道な作業は、まるで作物の種をまき、育てて収穫するのに似ています。
 途方もない労力がかかるからこそ、つくり手たちは「いかに効率的に海水から良質な塩をつくるか」に着目してきました。その歩みは先人が心血を注ぎ、工夫を凝らしてきた技のたまものです。日本人が誇る「ものづくりの魂」を感じ取ることができるのも、「にっぽんの塩」の魅力なのです。

手順や道具によって製法は無限大
 野菜や米が育ち、収穫されるシーンを見たことがある人は多いと思いますが、塩ができるまでを実際に見たことがあるという人は少ないのではないでしょうか。製塩は大まかに次の3工程に分類することができます。

【濃縮】……塩分濃度3.4パーセントの海水をなんらかの方法で濃縮し、かん水(塩分濃度が高い水)をつくる工程。塩分濃度を6~15パーセント程度まで濃縮する。
【結晶】……かん水に熱を加えて結晶化する工程。熱の加え方や温度等の条件によって、出来上がる結晶の形やミネラル含有量が異なる。
【仕上げ】……出来上がった塩を砕いて細かくする、煎って焼き塩にするなどの手を加える工程。必須ではない。

 各工程で複数の手順があり、使用する道具も異なるため、その組み合わせ次第で生産方法は無限に広がります。どの手法を選ぶのかは、製塩所の場所や気候、周辺環境、製塩設備、予算、そしてなにより生産者の考えが反映されます。「できるだけ自然のエネルギーだけで生産したい」「伝統製法を文化として後世に残したい」「効率的に生産してより多くの人に届けたい」など、その思いはさまざまで、どれも正解です。ある製法が最適で、ある製法は劣るなんていうことはありません。生産者一人ひとりのこだわりや、地域性を生かした塩づくりの現場に思いを巡らすのも、日本の塩ならではの奥深い楽しみ方の一つです。

海水をいかに「濃縮」するか?
 それでは、工程別に詳しく見ていきましょう。
 まずは濃縮工程です。なぜ海水を濃縮する工程が必要なのか疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、日本の塩づくりおいて、海水を濃縮する技術こそが非常に発展してきた部分なのです。
 海水の塩分濃度は約3.4パーセントで、これを25~30パーセントまで引き上げて結晶化させてたものを塩として収穫するのが一般的なつくり方です。海水1tから塩として収穫できるのはわずか17~25㎏ほどで、海水をそのまま釜でひたすら煮詰めて塩をつくる場合、約8割もの水を蒸発させなければなりません。塩分濃度を6パーセントに濃縮した海水(食塩水)1tであれば、塩分濃度3.4パーセントの海水と比べて、収穫できる塩の量は約2倍になります。そのため少しでも海水を濃くしてから釜に入れて煮詰めたほうが、同じ労力とエネルギーコストで出来上がる塩の量が増えるというわけです。
 このような理由から、日本の生産現場では海水をいかに効率的に濃縮するのかを真剣に取り組んできました。その結果、濃縮技術は独自に発展を遂げ、世界に類を見ないほど多種多様な方法が生み出されました。現在では次のような濃縮工程が全国各地で採用されています。

入浜式塩田(株式会社塩田)

流下式塩田(株式会社N-TECHシナジー)

「天日」
太陽と風の力などの自然の力だけを活用して海水を濃縮する。揚浜式(あげはましき)・入浜式(いりはましき)・枝条架式(しじょうかしき)・流下式(りゅうかしき)塩田などがある。

・揚浜式塩田→平らな砂地に海水をまき、太陽と風にさらすと、砂に塩が付着する。その砂を人力で集めて、すのこやむしろを敷いた沼井(ぬい)や垂舟(たれふね)と呼ばれる箱に入れ、その上から海水をかけて、砂に付いた塩を溶かし、かん水を得る。
<主な製塩所と商品>奥能登塩田村「奥能登揚げ浜塩」(石川県珠洲市)、揚げ浜塩田 角花家「のとのはま塩」(石川県珠洲市)
※令和6年(2024年)1月に起きた能登半島大地震の影響を受け、休止している製塩所もあります。

・入浜式塩田→満潮と干潮の潮位差を利用する方法。平らな砂地の周囲を掘って水路をつくり、そこに海水を引き入れると、毛細管現象(※1)により海水が砂地に染みこむ。それ以降は揚浜式塩田と同じ。
<主な製塩所と商品>株式会社塩田「屋我地マース」(沖縄県)、一般社団法人宇多津町振興財団「入浜式の塩」(香川県) 
※1)毛細管現象:細かい空間を重力や上下左右に関係なく液体が浸透していく現象

・枝条架式塩田→竹の枝で高く組んだタワーの上から、ポンプで吸い上げた海水をかけ流す作業を2~7日間繰り返す。海水が枝を伝って下に落ちるまでの間に水分が蒸発するため、海水が濃縮する。このタワーの素材は竹の枝のほか、ネットやすだれなどもある。
<主な製塩所と商品>沖縄海塩研究所「粟国の塩釜炊き」(沖縄県粟国島)、土佐のあまみ屋「土佐のあまみ」(高知県)

・流下式塩田→枝条架式塩田と緩い傾斜の坂「流下盤」を組み合わせたもの。海水を枝条架式塩田のタワーの上から流し、滴下した海水を集めて流下盤に流す。この一連の流れを繰り返し、水分を蒸発させる。
<主な製塩所と商品>高江洲製塩所「浜比嘉塩」(沖縄県)、株式会社N-TECHシナジー 「おひさま育ち つしまのほし粒」(長崎県)

「平釜」
開放型の釜で海水を煮詰める。釜の素材は耐塩性の高いステンレスや鉄、土釜など、大きさは中華鍋程度の小さなものから25mプールほどの大規模なものまである。熱源は薪、重油、ガス、電気など。
<主な製塩所と商品>株式会社のだむら「のだ塩」(岩手県)、東洋炉株式会社 工房帆「カムイ・ミンタルの塩」(北海道)
 

立釜(沖縄北谷自然海塩)

逆浸透膜(室戸海洋深層水株式会社)

「立釜」
密封型の釜で加圧または減圧しながら沸点を約60度まで下げて海水を煮詰める。沸点を約60度に下げるため、平釜より効率が上がる。「真空式煎ごう缶」「真空蒸発缶」とも呼ばれる。
<主な製塩所と商品>沖縄北谷自然海塩「北谷の塩」(沖縄県)、株式会社白松「瀬戸の花藻塩」(長崎県)

「逆浸透膜」
真水だけが透過する特殊な膜を何層にも重ねた筒の中に海水を流しながら圧をかけることで、海水から真水だけを分離させて濃縮した海水を得る。RO(reverse osmosis membrane)とも呼ばれる。水不足対策として1960年代にアメリカで開発された技術。
<主な製塩所と商品>一の塩株式会社「一の塩さらさら」(佐賀県)、室戸海洋深層水株式会社「深海の華」(高知県)

「イオン交換膜」
陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を組み合わせた装置に海水を流し電気を通すことで、塩の主成分である塩化ナトリウムを効率的に集めて海水を濃縮する。純水の製造や海水を淡水化する目的で1950年にアメリカで開発されたものを導入。
<主な製塩所と商品>株式会社日本海水「食塩」(兵庫県)、ナイカイ塩業株式会社「食塩」(岡山県) 

「溶解」
真水または海水に塩を溶かして効率的に濃縮した塩水を得る方法。一度塩になったものを再び加工する「再製加工塩」を製造する際に採用されている。海外では、穴を掘った岩塩層に真水を注入し、岩塩を溶かして濃い塩水を得る場合に使用されている。
<主な製塩所と商品>伯方塩業株式会社「伯方の塩」(愛媛県)、株式会社青い海「シママース」(沖縄県)

「浸漬」
日本の塩づくりのルーツともいわれる製法で、主に藻塩を製造する際に採用される。海藻を海水に浸け込む、または乾燥して塩を吹いた海藻に海水をかけ流すことで濃縮した海水を得る。海藻のエキスも一緒に抽出される。
<主な製塩所と商品>合同会社顔晴れ塩竈「竃炊キ藻塩」(宮城県)、蒲刈物産株式会社「海人の藻塩」(広島県)

 塩資源を海水に頼らざるをえない日本は、海水を煮詰める塩づくりを時代とともに進化させてきました。
 古くは平安時代から続く揚浜式塩田では、100キログラムを超える海水を桶に汲み、それを肩に担いで砂地の塩田まで運び、それを薄く均一にまく作業を繰り返します。さらには、塩が付着した重い砂をグラウンド整備に使うトンボのような道具でかき集めて箱に入れ、そこに海水を注ぐ、という途方もない力仕事の連続です。そのうえ、天候に左右されるため、春から初秋しか稼働できません。夏も炎天下で作業が行われる、非常に過酷なものでした。
 揚浜式塩田と同じく江戸時代に開発された入浜式塩田は、潮位差が大きく、比較的穏やかな海が広がる瀬戸内海沿岸を中心に発展しました。潮の満ち引きを利用するため、人力で海水を汲み上げることはなくなりましたが、塩が付着した思い塩を人力でかき集める作業以降は揚浜式塩田と同じです。

 入浜式塩田に変わって1953年ごろから導入されたのが、海水ポンプと立体的に空間を活用する枝条架式塩田です。これが主流になってからは、海水を汲む、塩をついた砂をかき集めるといった重労働は削減されたものの、天候がよい日が続かないと、海水の濃縮が進まないという自然条件は変わることはありません。
 塩づくりの歴史については後の章で詳しく解説しますが、1971年に導入されたイオン交換膜によって、濃縮行程は劇的な変化を遂げることになります。(つづく)

写真提供:青山志穂

★青山志穂さんが訪れた全国各地の製塩所を紹介する連載「にっぽん塩めぐり」はこちら⇒
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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