ソルトコーディネーターとして多方面で活躍する青山志穂さんの人気連載「にっぽん塩めぐり」が装いを新たに再始動! 新連載では、日本の塩の味や形、原料、つくり方まで、知っているようで知らなかった“にっぽんの塩”を深掘りしてわかりやすく紹介します。長い歴史の中で独自に編み出されてきた日本古来の技、しょっぱいだけじゃない多彩な味わいとは? 全国各地の職人が挑むこだわりの製法や、豊かな自然に育まれた日本ならではの塩の魅力について、さまざまな角度からお伝えします。しょっぱいだけじゃない、塩本来の味とは? 塩ってどのような味だと思いますか?
きっと誰しもが「塩はしょっぱいに決まっている」と思っていることでしょう。たしかに塩の味覚として代表的な味は、つんと舌に刺さるような塩味です。「しょっぱい」「塩辛い」などと表現され、若干の否定的なニュアンスも含んでいるようにも感じます。でもその一方で、「この塩は甘い」とか「この塩はうまい」というような表現を聞いたことがある人も少なくないはずです。
人間が感知できる味覚は「甘味・塩味・酸味・苦味・旨味」の5種類あり、主に舌の表面にある味蕾(みらい)という細胞の集合体からなる器官で感じ取っています。特にその中でも旨味は1908年に東京帝国大学の池田菊苗博士の研究により発見された味覚で、今や世界共通で「UMAMI」として愛されています。テレビの食レポなどでも「おいしい」という言葉の代わりに「旨味が強い」という表現がよく使われていることからも、日本人の旨味に対する愛着がうかがい知れます。
さて、しょっぱいだけと思われがちな塩にも、実はこの五味が含まれています。
塩の味覚は、基本的には結晶に含まれているミネラルのバランスと、その結晶にどのくらいの量のにがりが付着しているかによって決まります。
塩に含まれる代表的な成分は塩化ナトリウム(NaCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム(CaCl2)、硫酸マグネシウム(MgSO4)、硫酸カルシウム(CaS04)の6つ。にがりの主成分は塩化マグネシウムと塩化カリウム、硫酸マグネシウムと少量の塩化ナトリウムです。それぞれの味を見てみましょう。
「塩化ナトリウム」・・・ストレートで刺さるようなしょっぱさ、塩味
「塩化マグネシウム」・・・単体ではうまい苦味。味覚の対比効果でまろやかな旨味
「塩化カリウム」・・・単体では涼しい酸味。味覚の対比効果で塩の味にキレを出す
「塩化カルシウム」・・・単体では強い苦味
「硫酸マグネシウム」・・・単体では深い苦味。味覚の対比効果で塩の味にコクを出す
「硫酸カルシウム」・・・無味。製塩の過程で除去されることが多い
塩事業センター及び日本塩工業会等の品質規格では、塩化ナトリウム含有量が99%以上のものを「食塩」といいますが、この食塩はストレートなしょっぱさで、それ以外の味をほとんど感じることはなく、線の細い繊細な印象の味になります。1905年に開始された塩専売制度(※1)の第四次塩業整備(1971年から実施)によって、化学工業的に大量生産されたこの食塩のみが流通する時代が続いたため、「塩=しょっぱい」という認識が根づいたものと考えられます。
1997年に塩専売制度が廃止された後は、海水を原料にした塩づくりが日本各地で復活し、さまざまな塩がつくられるようになり、多彩な味わいが楽しめるようになりました。
中でも、平釜で30時間じっくり煮詰めてつくる沖縄海塩研究所の「粟国の塩釜炊き」は、100gのうち塩化ナトリウム73.4g、塩化マグネシウム1660mg、塩化カリウム480mg、塩化カルシウム250mgを含有しているため、甘味や旨味、酸味、苦味も感じます。全体的にボリューム感があり、塩の概念が覆されるような、まろやかなしょっぱさが特徴です。
にがり含有量の異なる塩
苦いにがりが生む味の相乗効果塩の味を語るうえでは、にがりも重要な要素です。にがりとは、海水を濃縮・結晶させて塩を収穫したあとに残る濃縮ミネラル溶液のことで、主成分は塩化マグネシウムと硫酸マグネシウム、それと塩化カリウムですから、味としては「うまい苦味」と「深い苦味」、すっとするような「涼しい酸味」が含まれています。どうりで「苦汁」と書いて「にがり」と読ませるわけです。ワークショップなどで受講生の方々ににがりをなめてもらうのですが、ほんの2~3滴を口に含んだ瞬間に、皆さんは一斉に顔をしかめます。そのくらい強烈な苦味なのです。
しかし、このにがりの味はほかの味と合わさることで、相対的にまろやかなコクや旨味を演出してくれます。塩の結晶がにがりでコーティングされていると、口に含んだときに先に感じるのは、にがりと、塩の表面から溶けた塩化ナトリウムとが混ざった味となります。そのため、塩化ナトリウムのストレートなしょっぱさは和らぎ、「この塩はまろやか」という印象になります。
多くの加工食品メーカーが採用している「赤穂の天塩」(株式会社天塩)や、自然食品店でよく見かける「海の精あらしお」(海の精株式会社)などは、袋に入って販売されている状態でも結晶が濡れてベタベタしているのが確認できるほど、にがりを多くまとっています。「赤穂の天塩」は塩100g中の塩化ナトリウム含有量が92g、「海の精」も86.36gと、食塩に比べて塩化ナトリウムの割合が低めで、どちらも塩角(しおかど)が立たない、まろやかな味わいです。
日本でも専売制度以前は、ベタベタした「差塩(さしじお)」と呼ばれる、にがりを多く含んだ塩が主流で使われていました。第四次塩業整備事業の施行に伴い、にがりをまとわせない「食塩」に統一されたことにより、「塩は乾燥していてサラサラしているもの」「サラサラしているほうがふり塩に使いやすい」という認識が広まったようです。専売制度が1997年に終焉を迎え、塩の製造や販売が自由化になってからも、差塩の生産はさほど多くありません。ここ10年でやっと生産が増加傾向にありますが、にがりを多く含むしっとりした塩がもっと身近になれば、選択する楽しさやおいしさの幅が広がると思っています。
このように塩は、しょっぱい塩味を強く感じさせる塩化ナトリウムのほかに、さまざまなミネラルを含まれています。ミネラルそれぞれに特有の味があるので、どのくらいのバランスで含まれているかということは、塩の味を決めるうえでとても重要な要素になります。前述したように、塩化ナトリウムの含有量が99%以上の「食塩」はしょっぱさ以外の味をほとんど感じることはありませんが、日本各地でつくられている海水を原料にした塩は、それぞれにミネラルの含有率が異なり、個性的な味わいです。製法、原料、産地の自然風土が異なれば、一つとして同じ味の塩はできないのです。(つづく)
写真提供:青山志穂
※1)1905年に国内塩産業の整備と財政収入の確保を目的として導入。以降、第一~四次塩業整備が実施され、国内自給を目標にした生産技術の改良・改革が進められた。1997年4月、92年間続いた塩専売制度はその役目を終えて廃止された。★青山志穂さんが訪れた全国各地の製塩所を紹介する連載「にっぽん塩めぐり」は
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