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美しいくらし
ワインと旅するスペイン ソムリエ・ライフスタイルデザイナー
河野佳代
第4回 星の巡礼カミーノ・デ・サンティアゴをゆく:前編(上)
 イベリア半島の付け根には、東西430km、幅100kmにわたってフランスとスペインを隔てるピレネー山脈がそびえ立つ。絶望的ともいえるこの巨大な壁を前に、スペインを揶揄して「ピレネーの向こうには何も入らない」などと言われるが、実は古代ローマの時代から道は続いていた。人は動いて、話して、関係してきた、コミュニケーションの生きものだ。そこに山があれば越えたくなり、制限があるから憧れが増す。
 フランス南西部に、ジュランソンというワイン産地を訪れていたときのことだった。小高い丘に広がるブドウ畑からふと遠くを見渡していると、ワイナリーのオーナーがはるか南を指さして、「あれがピレネー山脈、その向こうはスペインです。あの辺りの峠には巡礼者がいますよ」と言った。そうか、確かにそうだ、スペインだ。ワイン産地でいえばスペイン北部、バスクやナバーラ、そして世界にその名を轟かせる香り高き赤ワインの銘醸、リオハがある。それにしても、あの山を歩いて越えるなんて。フランスからスペインへの道は、どこから続いているのだろう。

ジュランソンの丘の上からピレネー山脈を望む


 それから5年。ジュランソンで思い描いた峠道のことなどすっかり忘れて、私はスペイン北部でせっせとワインを買い付けていた。広大な産地を東へ、西へ。最高のワインを求めて駆け回っているうちに、「おや?」と気づいたことがあった。この辺りでは道路の標識、路面、さらには木の幹や石の壁、道端の大きな岩に至るまで、ありとあらゆる所に黄色いペンキの矢印を見かけるのだ。あるときは丁寧に、あるときは殴り書きのように。
 不思議に思って地元の人に尋ねると、どれもサンティアゴ巡礼の道標だという。エルサレム、バチカンと並んで年間20万人以上が巡礼するキリスト教三大聖地の一つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。巡礼の道標はホタテ貝(スペイン語でサンティアゴ)だと思っていたが、こんな簡易版もあったのか。大きな荷物を背負って歩く者、自転車で走る者を見かけたら、ほとんどが巡礼者だ。どれどれと地図を広げて見ると、確かにスペイン北部の街道に沿って一本の巡礼路が伸びていた。

 その出発点をさかのぼると、フランスのパリ、ヴェズレー、ル・ピュイ、アルルから4本の道があり、アルルを除いた3本の道がスペインとの国境近くの小村、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーで交差している。ここが峠越えのポイントだ。さらに地図を辿ってスペインに入ると、「牛追い祭り」で有名なパンプローナ、ログローニョ、ブルゴス、レオン、ポンフェラダ、ビラ・フランカ・デ・ビエルソと、これまで買い付けで訪れた町が終点まで数珠つなぎに続いている。サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを起点とするこの巡礼路には、「フランス人の道」というノスタルジックな名前があることも初めて知った。

 踏破すれば全長800kmにもなるこの道は、ヨーロッパ中に数多ある巡礼路の中でも最もポピュラーな道。この数年というもの、幾度もワイナリーを訪ねては往復してきたこの道が、「カミーノ・デ・サンティアゴ(サンティアゴ巡礼路)」だったのか。「フランス人の道」は、ワインの巡礼者にとっても垂涎の道というわけだ。サンティアゴ巡礼路には、聖ヤコブのシンボル、ホタテ貝の道標と黄色い矢印が至る所に巡礼者を導いている。ワイン巡礼の道標は、もちろん、ワイナリーとその仲間たちだ。まずは世界の赤ワイン、リオハまでの道を歩いてみよう。

ウルキのはちみつ


 フランスとスペインにまたがるもので、ピレネー山脈とサンティアゴ巡礼路のほかにもう一つ、忘れてはならないものがある。「バスク地方」だ。2つの国に属すことから、便宜上、フレンチバスク、スペインバスクと呼び分けられることもあり、スペイン側ではバスク州とナバーラ州が「バスク地方」に入る。バスク人は古よりピレネー山脈の両麓に暮らしながら、ヨーロッパ周辺のどの国ともまったく異なる言語系統を持つという、「どこから来たのかわからない」ルーツ不明の民族だ。
 そんな謎めいた話だけでも十分興味を掻き立てられるのだが、もっと魅力的なのはバスク・ピレネーの大自然が育む豊かな食材と、国境という制限をもろともせずに暮らすバスクの人々の生き生きとした営みそのものだ。

 ナバーラの砂漠でワインを造るアスル・イ・ガランサや、ピレネー越えをするバスク人の羊飼い、ハビエルに出会ったときは衝撃だったが(連載第1回参照)、養蜂家のウルキも負けていない。彼のハチミツは味も香りも驚くほど濃厚で、色合いも黒蜜のように深いものから乳白色のものまで、見たこともないほど多彩なバリエーションがある。

 とにかくどれも絶品なのだが、話を聞こうにもウルキはいつも行方不明だ。養蜂といえば、普通は養蜂場に巣箱を置いて蜜を採ると思うだろう。でもウルキは違う。ピレネーの山々を歩き、美味しい蜜が採れる花や木がある場所に巣箱を置いては移動を続けるのだ。まるで彼自身がミツバチのように花から花へ。季節や気候は変わるのが当たり前だから、巣箱の設置場所は決まっていない。強いて言えばウルキの養蜂場はピレネー山脈であり、彼のハチミツはバスクの自然を写し取ったものである。どんなに美味しくても二度と同じものはないという点では偉大なワインにも似ていて、だからこそ、毎年の作柄を待つ楽しみがあるのだ。

 ウルキに出会ったのは、アスル・イ・ガランサのブドウ畑を訪れていたときのことだった。通りすがりに彼らの美しい畑を見たウルキが、「ここは凄いハチミツが採れるよ! 僕が採ってあげる」と言って、巣箱を置いていったのだ。しばらくすると、蜜蝋のように白くてコクのあるローズマリーのハチミツが届いた。日本でもウルキのハチミツが食べたい!と買い付けに挑んだこともあるのだが、ウルキの行方は本当にわからないし、やっとつかまっても、「海外に売るなんて興味ないよ」と言うので叶わなかった。でも、それでよかったと思う。これは彼らの宝物だ。それに、現地でしか味わえないものがあることは、本当に素晴らしい。

リオハへ


 スペイン北部のワインといえば、いずれ劣らぬ名産地が勢ぞろいしているのだが、筆頭は何と言ってもリオハである。2006年にカタルーニャ地方のプリオラートが加わるまで、長きにわたって原産地呼称制度で最高峰にあたる「特定原産地呼称」を独占し、スペインの高級赤ワインを代表するブドウ品種、テンプラニーリョの長期熟成ワインで名声を馳せている。その一部がバスク地方にあることは、――バスクは「チャコリ」というワインで独自の存在感を発揮しているがゆえに――よほどスペインに通じていない限りプロでも見落としがちな盲点だ。

リオハ・アラベサにあるリオハ最古のワイナリー「マルケス・デ・リスカル ホテル&ワイナリー」


 リオハは、ナバーラ州、ラ・リオハ州、バスク州にまたがっている。複雑な地形や気候の違いから、細かくは東部(リオハ・オリエンタル)、西部(リオハ・アルタ)、北部(リオハ・アラベサ)の3つに分かれ、なかでも最上地区とされるのが北部、バスク州の山間にあるリオハ・アラベサだ。
 ここにはスペイン王室の晩餐会にも使われるような高級ワインを輩出する、伝説的、歴史的ワイナリーが多く集まっているのだが、一方で、ビルバオ・グッゲンハイム美術館を設計したフランク・ゲーリーやサンティアゴ・カトラバといった世界的建築家によるウルトラモダンなワイナリー建築でも異彩を放っている。だから、「ナポリを見てから死ね」ではないが、スペインワインを扱う者はリオハを、そしてリオハ・アラベサを見ないと始まらない。(つづく)

【河野佳代さんのinstagram】https://www.instagram.com/kayohanako/?hl=ja
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【こうの・かよ】
日本の酒類専門商社で17年間のワインの買い付けを経て、2020年よりパリの高級スピリッツ「ディスティレリ・ド・パリ」、スペイン王室御用達シェリー「ボデガス・ヒメネス・スピノラ」のブランドアンバサダーに就任。これまで買い付けたワインは、フランス、スペイン、ドイツ、オーストリア、イギリス、ポルトガル、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニアの9カ国、52地域。延べ1000回以上のイベントセミナーを通して造り手と向き合い、本物のワインを広める活動を行っている“美味しく食べて幸せに暮らす”を実践し、お酒をきっかけに世界をつなげている。J.S.A.ソムリエ、トリリンガル(日本語、英語、スペイン語)。
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