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美しいくらし
昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
最終回 小平新文化住宅を建てる際に手本とした大正・昭和の家① 淺井カヨ 
 この連載の最終囘は、小平新文化住宅を建てる際に手本とした大正・昭和の家について記す。
 これまでに暮らした家やアパートで、特に大正・昭和初期に建てられた建築が參考になつたことは以前にも述べた通りである。

 それとは逆に、最先端の建築現場へ通ひ續けた時期があつた。20代後半から30代に住宅補修の仕事をしてゐたことがあり、勤務先として出掛けてゐた場所は新築マンションの建築現場で、都内ではタワーマンションへ通ふことも多かつた。
 建築途中から、室内で長時間を過ごしたことによつて、自分には現代の人工的な先端の物が合はないのだといふことを實感した。最新の設備、完璧に防音された部屋、高級ホテルのやうな共用部、驚くことは澤山あつたが、その暮らしに自分が憧れることは無かつた。それらを否定するつもりは毛頭ないが、自分には全く落ち附かない、といふことなのである。

 マンション内部での仕事では、大勢の働く職人を見た。建築現場や業者、價格によつても仕上がりには差がある樣に感じた。ショールームを見學する殆どの客は、建築現場へ入り續けることは出來ないだらう。新しい住居が、誰の手によつてどの樣に建てられ、内部にどんな素材が使用されてゐるのか、その現場を見ることに興味はないのだらうか。それとも、投資目的の買ひ物なのだらうか。働きながら不思議に思つた。
 もしも私がマンションの建築現場で、このやうな暮らしに憧れを持つてゐたら、今は全く異なる生活をしていただらうと思ふ。

 そのやうな仕事をしてゐた平成17(2005)年、愛知縣で開催されてゐた日本国際博覧会「愛・地球博」に映畫『となりのトトロ』の家を再現した「サツキとメイの家」があつた。私は「愛・地球博」へ出掛けたのだが、「サツキとメイの家」は事前豫約が必要で大變な人出だつたので、當時は見學を諦めた。

 そして、平成28(2016)年7月30日、小平新文化住宅の建築中に「愛・地球博」の跡地で記念公園となつた「モリコロパーク」の「サツキとメイの家」へ、郡修彦と一緒に豫約をして見學をした。『サツキとメイの家のつくり方』(スタジオジブリ責任編集/ぴあ株式会社)によると、「家はサツキとメイが引っ越してくるずっと以前の昭和10年ごろ、当時の中産階級の人が家族の療養のために別荘として建てたもの」と書かれてゐる。小平新文化住宅の完成後に入手することが出來た本である。
 「モリコロパーク」にて「サツキとメイの家」の内部を初めて見た時、この建物を作り上げた方々に深い敬意を持つた。非常によく出來てゐて、細部まで素晴らしかつた。決められた見學時間は短く、もつとゆつくり見學したい氣持ちだつた。

 普通の住宅街もよく歩いて、文化住宅を探した。郡修彦が昔の建築に興味を持つて町歩きを始めたのは小學生からで、今までに見つけて、現存してゐる文化住宅もいくつか案内されて歩いた。

 何度も訪れた京都、實家のある名古屋、千葉の佐原市にも立派な和洋折衷住宅があり、 旅先で偶然に見つけた當時の文化住宅も澤山あつた。店、旅館、資料館など、住宅以外に轉用(てんよう)されてゐる場合でなければ個人宅で生活してゐる氣配があるが、空家になつてゐる所もいくつか見つけた。

 これら一般の文化住宅は、何處(どこ)とは書けないが持ち主や近所の方に見つからない樣に、外觀だけを確認する爲に何度か通つた家もある。
 兔に角、歩きながら迷惑にならない樣に氣を附けた。冩眞を掲載して紹介することは出來ないが、いつまでその家が存在してゐるのかと考へると不安な氣持ちになる。立川市内で、大變(たいへん)に立派な文化住宅を車内から見つけて、もう一度別の日にその場所へ歩いて出掛けたら、あつといふ間に更地になつてゐて、悔しい思ひをしたことはつい最近の話だ。

 見學が出來る當時の建物へは冩眞機を持つて積極的に訪れた。地方では特に、和歌山の新宮市にある、西村伊作設計の「旧西村家住宅(西村記念館)」(重要文化財)を見學した際にはとてもよい刺戟を受けた。

 なるべく昭和初期以前の建物を利用した旅館や多少無理をしても、クラシックホテルに宿泊してゐる。家を建てることになつてからは、これらの場所へ行くとどんな建築素材を使用してゐるのか、細部の意匠など、全てのことが氣にかゝる。

東京都庭園美術館。筆者と郡修彦さん(2008年)

 著書『モダンガールのスヽメ』(原書房)でも紹介をした内房線の太海驛近くの「民宿はやし」へ最初に訪れたのは平成27(2015)年で、小平新文化住宅を建てる前である。
 平成30(2018)年、再び宿泊した。この建物(洋館附き住宅)は 元々は別莊だつたと最初に訪れた際に宿の方から直接話を伺つた。このやうな風情のある洋館付住宅が建てたいと思つたものだ。應接室を久し振りに訪れて、感慨深かつた。

 東京の近代建築の中では、特に東京都庭園美術館、林芙美子記念館、晩香廬・青淵文庫、三鷹市山本有三記念館、など何度か訪れた場所は多數ある。


東京都庭園美術館での筆者(2008年)

 そしてもう一つ印象的な場所がある。それが、新宿区立歴史博物館の常設展にある文化住宅の再現である。初めて訪れたのは、今から約9年半前のことである。

 インターネットでも放送されてゐた音樂番組「探訪SP盤の世界」(日本文化チャンネル桜)で、郡修彦を知つた。 SP盤時代の音樂について郡が一曲ごとに詳細な解説をして、復刻音源を掛けるといふ眞面目な番組だつた。30分の番組が第90囘まで續いて、惜しくも休止となつた。私はこの番組のファンで、ある時インターネットで調べると、東京の武蔵小山驛すぐのライブカフェアゲインといふ店で、SP盤時代の音樂講座を毎月開催中であることを知つたのであつた。


 ライブカフェアゲインでの催事へ出掛けて郡修彦と初めて會つたのは、平成20(2008)年11月のことである。 その年の12月に、新宿区立新宿歴史博物館へ誘はれて一緒に出掛けた。それまでに何度も出掛けてゐたさうだが、私はこの時に初めて訪れた。

 その常設展示室の中で、最も印象に殘つた展示が文化住宅を再現した建物だつた。 ここは、玄關で靴を脱ぎ、少しだが家の中へ入ることが出來る。 三角屋根の應接室に近寄ると、當時のやうな音が聞こえる。郡修彦は、應接室の出窓の前で「このやうな家を建てたい」と話してゐた。 そして私は、「きつと出來ますよ」と答へたのである。
 年末以降は二人で會ふことはなく、それからかなりの年數が經つてから、交際し結婚に發展した。人生は何が起こるのか分からないものである。

新宿区立新宿歴史博物館

 この新宿区立歴史博物館へは、小平新文化住宅の計劃中に常設展の文化住宅を見たいが爲によく通つた。元になつた當時の婦人雜誌の記事についても、国立国会図書館へ二人で出掛けて、内容を確認した。最近、久し振りに訪問したら、まるで家にゐる樣に感じた。もう單なる展示品としては見られなかつた。(つづく)


(寫眞提供:淺井カヨ)

【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp
【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/

 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。
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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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