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美しいくらし
昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
第5回 各部屋の調度品① 臺所 淺井カヨ
 大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅を平成の世に再現した、日本モダンガール協會・淺井カヨさんと音楽史研究家・郡修彦さん夫婦の新居「小平新文化住宅」。郡さんによる建物全体の紹介に引き続き、第5回では各部屋の調度品について淺井さんに紹介してもらいます。

 この家の臺所で最も特徴のあることは、新品の人研ぎの流しであると私は思ふ。人研ぎの流しとは、「人造石の研出し仕上げの流し」のことで、セメントに種石(砂、花崗岩、石灰岩、蛇紋岩、大理石など)を練り混ぜ、硬化後に研磨して形成する技法である。最近はあまり見かけなくなつたが、學校の流しなどで使用されてゐることが多い。以前に暮らした昭和初期のアパートの臺所には人研ぎの流しがあつた。小平新文化住宅の臺所は昔の物を參考にして、人研ぎの流しを新たに作つたのである。流しを作つた職人も、屋外で作つたことはあるが新築の臺所で人研ぎの流しを作つたことは、初めてだと言つてゐた。
 小平新文化住宅が出來上がつた直後に東京都小平市の職員が檢査の爲に來訪し、「これは、システムキッチン・・・ぢやないですよネ?」と尋ねたのであつたが、若い職員は、新築でこのやうな流しを見たことがなかつたのだらう。

 昭和初期のアパートで使用してゐた人研ぎの流しは、それまでに使用したことのあるステンレス鋼の流しよりも見た目に風情があつて使ひやすかつた。ステンレス鋼よりも人研ぎの方が汚れた時に目立ちにくいと思ふ。流しが汚れた時には灰を振りかけて、龜の子束子でよく洗つてゐた。火鉢を使用してゐたので、火鉢から新たに出る灰を洗劑の代はりに使用してゐたのだ。
 人研ぎの流しで困ることは陶器の食器を落とすと割れてしまふことで、落とさない樣にいつも注意をしたので、アパートの流しに食器を落として割つてしまつたことは一度もなかつた。

 當時(たうじ)、臺所の流しと瓦斯焜炉(がすこんろ)の上には漏斗(じやうご)を逆にしたやうな形の大きな排氣口があり、先は古新聞が詰められてゐた。それが氣にかかり、ある日、古新聞を全部取り外してしまつた。すると古新聞を外した所から風が吹き込んできた。雨が降るとその穴から雨が入つて來るので、臺所で雨が降つてゐると云ふ珍妙な光景が見られた。その臺所は、私が住んでゐた時は自室の臺所であつたが、昔は下宿の共同臺所であつたやうで廣かつた。
 雪の日は、液体調味料が凍るほど寒く(狭山の一軒家と同じである)、アパートの水道管が外にあつて、眞冬に水が凍つて水道が使へなくなることが度々あつた。同建物共用のコインシャワー(5分100圓)でも、同樣に水が凍ることがあつたので困つた。小平新文化住宅の臺所を作る際に、この昭和初期のアパートの臺所が随分參考になつた。

 氷の冷藏庫は、狹山市の古道具屋で贖入して使用してゐた昭和30年代の物ではなく、小平新文化住宅では新品を特注で贖入することに決めてゐた。この冷藏庫は受注生産で、新品の大型冷藏庫くらゐの價格であつた。最新型の電氣冷藏庫よりも職人が作る氷の冷藏庫が、最も私が欲しかつた物である。

 最近、鐵道車輌内のテレビジョンで新品の大型電氣冷藏庫の宣傳を觀たが、「ラップがいらない」「自然な濕度が保てる」等は、氷冷藏庫では當たり前の話である。新品の電氣冷藏庫は、昨今の電氣製品の壽命を考へると生涯使用出來るかどうかは分からないが、氷の冷藏庫は電氣を使はないので、電氣囘路が壞れることはない。高價ではあるが、生涯使用出來る冷藏庫として贖入した。

 氷の冷藏庫の下には排水口を作らず、瀬戸引製のバットを置いてあるが、水が溜まつたらすくつて排水しなければならない。自轉(じてん)車で氷の運搬をしなければならないこと、氷代よりも電氣代の方が安いことなどの問題點(てん)はあるが、何の音も立てない木製の冷藏庫は、矢張り優れてゐると私は思ふ。

 臺所に置かれてゐる物は、氷冷藏庫の他に、2臺の鑄物コンロ(大・小)、琺瑯(はふらう)製品、ガラス製品、御櫃(おひつ)、鰹節削り器、土鍋、鐵(てつ)のフライパン、足附きの銀杏(いちやう)の俎板(まないた)、蝿帖(はひちやう)、他にも 樣々な品がある。昔から今も作り續けてゐる良品は、古物だけに拘るのではなく、新品を贖入していきたいと考へてゐる。贖入するといふことは、応援すると云ふことである。

 どこの家庭にもありさうで、小平新文化住宅にない物は、電氣冷藏庫、電子レンジ、オーブントースター、電氣炊飯器、電氣ポット他、最新式の調理器具である。プラスチックの製品は、極力使用しないことにしてゐる。(つづく)

(寫眞提供:淺井カヨ)

【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp
【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/

 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。
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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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