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昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
第6回 工務店選択の記⑤ 郡 修彦
 7月27日に事態は急変、折原女史の不動産店のホームページに当店の活動の紹介として、我々に無断にて新居の設計図が掲載されており、これは個人情報の無断使用と直ちに同社に連絡を入れて掲載中止を依頼する。設計図が公にされた以上、防犯上安全は保証されず、何人でも閲覧可能なホームページに安直に掲載する同店の見識を疑わざるを得ない出来事であり、この件を以て新居建設計画を白紙に戻すか否かの検討に入った。
 戦略用語の「攻勢終末点」は、兵力や補給を越えての戦線拡大は敗北を導く故に、分岐点を見極める事が雌雄を決するとの意味を持ち、日常生活に広く応用し得る名文句である。ナポレオンやヒトラーのロシア・ソ連侵攻は正しく「攻勢終末点」を超越した故の敗北であり、古今東西の戦争や外交での「攻勢終末点」の判断の誤りは枚挙に暇がない。退く勇気の大切さを持ち合わせなくては損害の拡大は免れず、外交・戦争のみならず人生の万事に「攻勢終末点」は存在している。

 折原女史紹介の工務店による新居建設は100万円の仮契約金を支払い進行して来たが、我々が当初描いた「文化住宅」とは正反対の「文化住宅もどき」であり、打合せも毎回円滑に行かず、建売住宅用資材の流用を主体としており、予想し得る完成形態は完全なるイミテーション文化住宅であった。
 完成後に希望形態に更新せしめるには時間と予算が必要であり、必ずしも得策とは言えない選択である。我々の希望は伝統工法と天然素材による「シックハウス」とは無縁の文化住宅であり、このままでは安直工法と建売住宅用資材流用の「シックハウス」の可能性大の文化住宅もどきしか完成し得ないと予想し、今こそが「攻勢終末点」と判断して100万円の仮契約金を諦めてでも中止として、捲土重来を図る苦渋の選択を断腸の思いにて決意するに到った。
 幸い折原女史の不動産店のホームページに設計図が掲載された事は個人情報の無断公開による中止との格好の口実となり、工務店も当初の仕様書とは全く異なる仕様と化した事による中止には違約金や追加金の請求は不可能と判断した。

 8月1日に折原女史の不動産店にて女史と打合せをし、最終的に白紙撤回を了承せしめ仮契約金の100万円の清算に関しては女史に一任、同店と取り引きのある他の工務店にての再出発と決定した。次いで工務店社長との打合せとなるに、費用の明細は計算中とはぐらかし、応接室と夫人室の無垢床板へのペンキ塗装は古今東西の歴史上存在しないとの詭弁をこの期に及びて弄するのには、立腹を通り越して失笑するより他は無かった。一通りの詭弁を伺ってから折原女史より白紙撤回を通告せしめるに、社長は一言も発せず今迄の横柄も失せ終了となった。
 かくしての白紙撤回の後に100万円の清算となるに、社長は今迄の労働の対価として返却には一切応ぜず、代わりに我々の要望に沿う変更仕様書を作成するとの責任逃れを提案。折原女史は善処に精進する故に、我々による社長との直接交渉をせず一任をと再三懇願され、司法への訴えだけは回避をと念を押された。契約違反にて民事裁判とするのは容易ではあるが、全額返金は困難であり経費も要する上に、毎回折原女史や工務店社長と裁判所にて顔を会わすのも不快故に見合わせる事とした。

 折原女史による善後策の間は休息に充てる事とし、婚約者も初の著述が始動となり夫々の夏休みとなった。所用にて実家へ赴きし折りに新居建設の進行状況の概要を話すと、甘木先生なら予算内にて希望の住宅が可能と再三助言されるが、我々が希望する文化住宅は困難と思われ、途中まで進行してからの諸事情による撤回は両親による紹介故に絶対に不可能と判断して回答を避け、好意のみを頂戴した。

 8月26日に折原女史の不動産店にて変更仕様書に目を通すに、案の定当方の要望通りの修正は為されておらず、部分的な変更に伴う多額の加算が生じ、この調子では建築途中の加算も数知れずと思われ、最終金額が全く見えぬ故を以て契約解消を告げる。費用の明細書が漸く出て来るも、一見して出鱈目と判る数字合わせの為の代物であり、基礎部分の仕様書はこの期に及びても遂に姿を現す事は無かった。
 清算の件は予想通り返金不可能との返答で、社長は民事裁判を恐れており不問にと折原女史より頼まれ、女史を信じて紹介を依頼した当方にも責任有りと考えて妥協し、結果として100万円の損失と、無意味な設計図と費用明細書のみが手元に残り終了と相成った。

⑧:前述の折原女史が次の手と紹介された工務店は、自らは設計をせずに有名先生の設計に基く住宅を建設するとの方針であり、工務店社長と共に赴いた先生との最初の打ち合わせでは和洋折衷住宅を良く理解して呉れたので安心したが、出て来た設計図は先生が設計した我々の希望とは真逆の作品であり、しかも坪100万と平然と宣うので「大阪百万円」(たけし軍団)に因み設計事務所の地名から「あ〇〇〇百万円」と我々は呼称。西玄関案は道路に面しているので内側に窪ませ1畳分の無駄空間が誕生し、便所は勝手に2か所となり、和洋折衷の三角屋根の応接室は屋根の施工が面倒故に2階壁面に屋根風の張り付けを施して雰囲気を出す設計故に御話にならず、予算超過を以て白紙撤回し、これにて折原女史とも袂を訣つ事とした。

⑨:⑥の集団にて近隣の市の工務店を探し、HPにて本格木造建築なら当店をとの宣伝文句に可能性を掛けて赴くに社長は暗い人物で、当方の希望を可能な限り伝えると、翌日「不可」とのメール一本にて終了となり、理由や詳細は全く記されて居らず不誠実と呆れざるを得ず。

⑩:檜の家を安く造るとの触れ込みで関東一円に手広く展開中の建設会社の屋外展示場を訪ねて打ち合わせをするに、土台と柱は檜なるも壁は樹脂壁紙・窓枠はアルミ・畳は本藁床は不可能との安直住宅。無料段階の暫定設計図が出て来るも余りにも簡易化された住宅にて不可。金持ち相手の高級住宅専門と判明し、低予算者には建売住宅と大同小異の並規格を宛てがうと知る。

⑪:家内の知人で話を繋いでもらうも、予算の都合から不可に終わる。

新築に際しての建築家・工務店を探す場合に発注側には下記の3形態がある。

A:間取り・外装・内装の一切を一任する。
B:先方の提案を協議して進行する。
C:発注側が間取り・外装・内装を決定済の上で発注する。

 一般的にはAかBであり、Cを行う発注者は余り多くはないが、今回の新居建設に際してはCにて臨む事は最初からの大前提であった。故に建築家の先生の作品も、工務店主導の御都合主義も一切不要であり、只々我々の要望を叶える工務店が必須なのである。

 工務店の訪問に際しては方眼紙に間取りを記した平面図と、各部屋の仕様を箇条書きにした仕様書を作成して予め提出したが、上記の選択方法甲乙の中で忠実に設計図を作成した建築家も工務店も皆無であった。十分に当方の意図が伝わるとの思いにて作成した平面図と仕様書が全く役に立たずと知り愕然としたが、伝わらない以上は次の手にて画用紙を用いた40分の1の模型を作成して工務店探しを続け、これにて伝達は可能となったが、返答は不可の連続であった。即ち理解すれども不可能なりと。
 特殊な最高級の宮大工水準の屋敷では無い和洋折衷の中規模文化住宅が不可能な現実に住宅建築業界が短期間のうちに激変した事を知ったが、無論これは全国的な現象では無く、こと東京に於て顕著な傾向であった。(つづく)


(写真提供:郡 修彦)
※次回(6月上旬更新予定)も引き続き、郡さんのエッセイをお届けします。

【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/
【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp

 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。


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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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