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美しいくらし
昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
第4回 小平新文化住宅の全容紹介㊤ 郡 修彦
 「大正末期から昭和初期までの家を新築する」という夫婦二人の共通の願いを叶えた、日本モダンガール協會の淺井カヨさんと音楽史研究家の郡修彦さん。連載の始まりにあたり、二人が「小平新文化住宅」にたどり着くまでの、それぞれの住宅遍歴を紹介してもらいました。それを踏まえたうえで、連載第4回では小平新文化住宅の全容を、郡さんに写真とともに説明してもらいます。

◆四つ目垣

撮影:永田まさお
 二軒長屋の都営住宅の半分の敷地は一軒家建設には凡そ不向きな長方形であり、東西に24尺(約7・2メートル)南北に57尺(約17・1メ-トル)である。北側と東側は隣家と接しており、西側と南側が道路に面した敷地であり、先ず外構は四つ目垣とした。
 塀を作れば安全面にては優れてはいるものの採光と通風に難点がある。木塀は高価であり、ブロック塀の基部に金属柵では新居にそぐわず、昨今流行の外構無しでは安全性に問題があり、採光と通風と安全性と予算を兼ね備えた四つ目垣とし、既に隣家が塀を構築済の東側を除く3方(北・西・南)に設置した。無論天然の青竹を使用しており、竹の成育を待ち新居の竣工後の設置となったが、天然物故に褪色が著しく青竹は数か月にて普通の色となり、現在では新居外壁の下見板と良く調和した色合いである。

◆応接室

 南側には2室があり、西側に応接室、東側が書斎である。応接室はピアノ(淺井家の購入品)と蓄音器(郡家の購入品、祖父母の結婚記念品)を設置する事と接客を主目的とし、外観は青緑色S字瓦の三角屋根を頂く薄クリーム色のモルタル外壁に、西側に木製出窓、南側に木製窓を有している。これは大正末期から昭和初期の洋館付き和風住宅である「文化住宅」の応接室を再現しており、現存する数多くの実物と、過去の記憶(友人宅・知人宅・諸施設)と、写真を基に2人で考案したものである。

「文化住宅」の応接室は主に玄関脇に位置し、恰(あたか)も洋館が接合されている様に見せるべく、玄関よりも外側に出ているのが特徴である。故に4畳半(9尺四方)を一回り広くした10尺四方に、天井も「文化住宅」の応接室に多く見られた10尺(約3メートル)とし、即ち立方体の室内となっている。床は褐色塗装の板張、壁は3尺(約0.9メートル)までが褐色塗装の板張で、天井までは白漆喰で柱を出さぬ大壁とした。壁と天井の接点部分には装飾の回り縁を配し、天井の中央部には円形の装飾「メダリオン」を設置、中央部にフランス製のアールデコ照明具(再生品)を取り付けてある。出入口は菱形窓と硝子ノッブを有する7尺(約2.1メートル)弱の褐色塗装木製扉である。

◆書斎

 書斎は私の私室であり、黄聚楽の真壁に竿縁天井の4畳半和室である。3畳を畳敷(藁床の本畳)とし、1畳半の板畳部分に本業用のオーディオを設置した。押入は1畳分が洋服箪笥を兼ねた主部と天袋部分、隣の半畳分は階段下の空間を利用している。廊下からの出入口は引戸の襖、南側は濡れ縁があり木製の硝子引き違い戸を設置した。硝子戸の外側には木製網戸を実用と防犯の点から採用、雨戸も木製である。

◆便所

 応接室・書斎の北には便所・玄関・階段があり、便所は1畳を使用した広い空間である。下水道法により水洗便所の設置が必須であり、和式か洋式かを検討して来客や高齢化を考慮し洋式を採用、「文化住宅」の都市部で見られた近代的な内装とした。即ち出入口は応接室と同一仕様の菱形窓と硝子ノッブを有する6尺(約1.8メートル)の褐色塗装木製扉。床は白色の小タイル貼り、壁は3尺までが白色の中タイル貼りで、天井までは白漆喰の真壁、天井は壁部分との差異が全く無い白漆喰風壁紙である。洋式便器は現行米国製の1930年代型を輸入して内装との統一を図り、故に昨今常備の洗浄機能は付帯していない。

◆玄関

 玄関は和式であり、格子の木製引き違い戸に上部壁には欄間を設けて採光と装飾を兼ね、玄関灯も現行品中から「文化住宅」に相応しい形の品を苦労して捜し当て、木製引き違い戸の格子の数は様々な現物を参考に、縦は9本10面の横は5本6面として「文化住宅」に相応しい比率とした。一畳分の土間は豆砂利洗い出し仕上げ、地板部分は2畳四方の板張で、南側に木製引き違い戸の下駄箱を設置し、白漆喰の真壁に竿縁天井の仕様である。
 この玄関部分には3畳分を充てたが、実用一辺倒ならばマンションの如く土間と地板の何れも半畳で十分であり、格子の木製引き違い戸が絶対条件故に逆算して非常に贅沢な空間と相なった。従い圧迫感が無く来客時にも余裕があり、実用と風情を兼ね備えている。

◆階段

 続く階段部分は2階まで2畳弱(1畳四分の三)の空間を巧みに利用して作られている。地板の東端の半畳部分を経て、階段部分に到ると段は全て褐色塗装、壁面も腰板部分は褐色塗装で上部は白漆喰の真壁、天井は便所と同じく白漆喰風壁紙である。階段前半の1畳部分は下部が書斎の半畳押入の奥部分に当り、当初は押入北側を壁面として不使用空間にする予定を廃し収容場所に充て、対する上部は夫人室の押入である。
 階段後半の1畳弱部分は下部が書斎の半畳押入と、一畳押入の天袋端部に相当し、上部は2階天井の広大な空間となっている。計画段階では階段を一畳半として、下部の書斎押入の空間を十分に取る予定であったが、現行法では階段の角度制限があり不可能故に妥協を強いられた。昭和50年竣工の西荻窪の実家の階段は一畳半であり、それを踏まえての計画であったが時代の変化を痛感した一面である。(つづく)

(寫眞提供:淺井カヨ)

【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/
【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp


 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。
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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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