イラスト:高尾 斉
この裁ちばさみ、だいぶ年季が入っているでしょう。初めて文化服装学院で服飾を学んだ当時から使っているものなんです。刃の部分には鋼(はがね)が使われています。使う度に、私の手の癖を覚えていく。決して極上品ではないけれど、21年かけて大切に使い続けて、私の手にいちばんしっくりくるはさみに育ちました。だからつい「この子」と呼んでしまうんです(笑)
この刃先、少し変った形をしていると思いませんか? これは、試行錯誤の末にようやくめぐり逢えた砥ぎ師さんのご提案。それまでは研いでもらうたび、ほんのわずかに感じていた引っかかるような違和感が、この形状にしていただくことで解消しました。
こうした微細な感覚は、服の仕立てにはとても重要なものなんです。
それを教えてくれたのは、学生時代の恩師。とても厳しい先生で、きつく教え込まれたことの一つが、道具をむやみに貸し借りしないことでした。ミリ単位にこだわるプロのオーダーメイドの仕立ては、手になじんだ道具あってこその仕事であり、その最も象徴的なものが裁ちばさみ。その教えをかたくなに守ってきた私は、これまで研ぎ師さん以外の誰にもこの子を触らせたことがありません。
もし誰かがこの子を使ったら? それはすぐにわかりますよ。長い時間をかけて使い込んできた道具だからこその感覚というか、それがわかる「手」になってきたということなんでしょうね。だから、「ああ、あの怖い先生がおっしゃっていたのは、こういうことだったのか」と、このごろあらためて思っています。
(構成:白田敦子)
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【好きこそ服の上手なれ。】では、自身で名づけた「フィッティングコンシェルジュ」という肩抱きに込めた思いや、職人として服づくりに向かう姿勢などを語っています。ぜひお読みください。
【イラストレーター:高尾 斉(たかお・ひとし)】1951年島根県生まれ。Web、PR誌、会員誌、雑誌等などのイラストやデザインを手がける。趣味はベランダガーデニング、下手なフットサル。
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