フランスにも日本にも春夏秋冬がありますが、日本は四季やその変化を実感する機会が特に多いです。例えばシーズンごとに旬を取り入れた食生活になるし、花見や月見といったさまざまなイベントも開催されますよね。日本人は四季の移ろいとともに生きていると強く感じます。ですから庶民の芸である落語も季節によって演目が変わるなんて当然のこと。そこで今回は夏の演目「あくび指南」をご紹介します。ちょっとアホな男とその兄のお話です。
とある男が街角で面白い看板を見かけました。それは何かといいますと、あくびのお稽古(指南)ができるという教室の看板です。男はこの教室に行ってみたいと思いましたが、1人では心細いため、兄にその教室に付いて来てほしいと頼みます。「あくびを教わるなんてばかばかしい」と言う兄に、男は「兄貴はやらなくていい。見るだけで結構だから一緒に行こう」と説得。2人は教室に向かうことにしました。
兄弟で訪ねたあくび教室。稽古したいのは弟だけと知った先生は、兄に「奥の部屋でタバコでも吸ってゆっくりとくつろいで待ってください」と促します。そして、あくびのレッスンが始まりました。
先生はまず男に季節によってあくびが違うことを伝えますが、男は「初心者なのでいちばん簡単なあくびの稽古をお願いします」と求めました。「それなら、夏のあくびです」と先生。涼しい水上で過ごす舟遊びでのあくびを手本として見せることにしました。しかし男は先生に習って挑戦しても下手でなかなかちゃんとしたあくびができません。そうこうしていると、奥の部屋でうんざりしてきた兄が「おい、いつまで続くんだ! 俺の身になってみろ! 2人をずーと見ていてもつまらなくてたまらん!」と言って、思わず大あくび。すると先生、「ほら見てください。お連れの方は上手にできています」 江戸時代は200年続いて戦争もなく、庶民は平和に暮らせたそうです。そんな安定した環境ですから、このような滑稽なネタができたとしても驚くべきことはないでしょう。今の時代には考えられないことですね。
さてこの演目、シチュエーションがばかばかしいのでフランスでも通じると思われがちですが、アホな男と先生のやりとりの後、兄が再び登場してきてオチがすぐにわかってしまいます。これではオチのインパクトが小さく、少し物足りない印象があるため、私はもうひと工夫しています。
本連載の第4回のネタとかぶりますが(笑)、先生があくびについて男にいろいろ説明をするシーンで以下の情報を入れて話します。
「あくびにもいろいろあります。季節のあくびもあれば、〇〇(落語を披露している会場の名前)のあくびもあります。決して演者が下手だということではありませんが、落語を初めて見たお客様がうんざりすることがたまにあって、中にはあくびする方もいらっしゃいます。皆さんはあまりご存じないかもしれませんが、あくびの大会だってあるんですよ。実は今年夏に開催されるパリ五輪にもあくびの競技が用意されているそうなんです」
フランス語バージョンではこのように前置きをしておいて、兄があくびをした後、先生がこのように言います。
「ほら、見てください! お連れの方はよくできています! これは金メダルレベルのあくびです!!」
ここでお客さまが笑ってくれるなら、話を終わりにしますが、ぽかーんという感じならば、「皆さん、今年の夏、スケジュール空いていますか??」を追加します。この一言を追加するかどうかを瞬時に判断するのはとても難しく、観客の反応が分かりづらいオンライン落語会では無理。落語はやはり生で見るもの聞くものですね!(つづく)
(写真提供:Cyril Coppini)
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