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美しいくらし
落語はトレビアン! フランス人落語パフォーマー
シリル・コピーニ(尻流複写二)
第3回 「動物園」でフランスデビュー
 東京の落語家のいちばん下の階級、「前座」が最初に覚える代表的な演目に「寿限無」があります。長い人名を何度も言い立てることから、記憶力を鍛えることや早口言葉の練習になる演目ですが、わたくしが最初に覚えたのは「動物園」。どんな仕事をしても長続きしない男が動物園に雇われ、死んだトラの皮を被って檻の中でトラを演じる噺です。なぜこの演目にしたかといいますと、いくら演技が下手でもオチのインパクトが強くて万人受けするから。内容もわかりやすく、外国語に翻訳してもその面白さが伝わりやすいというわけです。「英語落語」としてもおなじみの演目で、インターネットで検索すると、日本人の噺家さんやアマチュア外国人落語家さんがこの演目を英語で披露している動画をよく見かけます。

 この「動物園」、実際に落語でやるとなるとかなり難しい……。なぜならエネルギッシュでユニークな動きが求められるうえ、主人公の男、園長さん、子ども、子どものお母さんと登場人物が多くて、それぞれの役を掴むのが大変なのです。トラに見えるように歩けるまでには相当な練習が必要で、ネタを覚えるだけで1年もかかってしまいました。当時、東京に住んでいましたが、お世話になっていた師匠が上方落語の方でしたので、月1回のペースで大阪へ日帰りをして落語のコツなども教えていただきました。

 こうしてネタおろしの日がやってきました。初舞台は2011年10月、東京・神保町にある「らくごカフェ」です。結果は、めっちゃ下手だった(苦笑)! 客席の空気を掴めなかったし、そもそもわたくしに演技力が全くなかった。早くオチにつなげたい気持ちが先走ってセリフを言ってしまうから、間を取ることすらできませんでした。それを聞いているお客さまは相当きつかったでしょうね。反省点はいろいろあったものの、「らくごカフェ」直後の2011年12月に開催された「第1回国際落語大会イン千葉」にも参加し、以来、日本語で落語をする機会が徐々に増えていきました。
 そして2013年、ついにフランスで落語デビューを果たします。当時、『どうらく息子』(尾瀬あきら・著)という落語漫画のフランス語翻訳を担当していたため、笹川日仏財団パリ事務所で行われたフランス語版出版記念会に出席することになり、そこで落語を披露することになったのです。今度は日本語でなくフランス語。落語には工夫とアダプテーション(脚色)が必要でした。

 たとえば、檻の中にいるトラに扮した男がお腹を空かせて、サンドイッチを食べる子どもに「なんやそれ? おいしそう」というシーン。日本語で口演するときは、「おー! フランスパンやん」とギャグを入れます。「フランスパン」は日本語で、フランス語では「バゲット」と言いますから、日本でフランス人のわたくしがあえて「フランスパン」と言うと、お客さまはクスクスと笑ってくださいます。しかし、これをこのままフランス語でやっても面白くありません。フランス語バージョンではチェンジしないといけない。「おー! サンドイッチ? えっ、チーズサンド?? 大好物!」とか、「おー! アイスクリームやん!!」と全然違う食べ物にします。場面ごとに言葉を変えてアレンジできるのが落語のいいところです。
 さて、わたくしのフランス語版落語を聞いたフランス人のお客さまの反応はどうだったのかというと、「動物園」という確実に受ける鉄板ネタだったのでウケはしましたが、トラのパフォーマンスはまだまだ……。大げさに動いてなんとかごまかしたなって感じです(笑)。

 それから2年後の2015年、新しく「桃太郎」という演目も習得し、フランス語で60分の落語ショーができるまでに持ちネタが充実してきたため、フランス各地に営業をかけることにしました。興味を示してくれた町や企業がいくつかあったのですが、日本からの渡航費を負担してもらえるかどうかが障壁になって、交渉がなかなかうまくいきません。そんなとき、フランス中部のトゥールという町で開催される「JAPAN TOURS FESTIVAL(ジャパントゥールフェスティバル、略してJFT)」から出演依頼があったのです。

2022年、スイス・ジュネーブでの口演

 パリから特急電車で約1時間のロワール渓谷にあるトゥールは1988年に香川県の高松市と姉妹都市提携を結んでおり、長年にわたって友好的な日仏交流を深めてきた町です。そのトゥールで日本文化の魅力を発信しようと、2015年に誕生したイベントがジャパントゥールフェスティバル。日本舞踊や剣術などの伝統芸をはじめ、日本のアニメや漫画、ゲーム、コスプレなどの多彩なプログラムが毎年展開されるのですが、そこに落語をするフランス人としてわたくしも2016年から招待されることになりました。

 これをきっかけに、トゥールを中心にフランス各地で落語を披露する機会が増え、わたくしの営業のかいもあってフランスツアーが見事実現! その後、毎年のようにツアーで回れるようになり、フランス語圏のベルギーやスイスでも開催できるようになりました。(つづく)

(写真提供:Cyril Coppini)

★シリル・コピーニさんの口演会やイベントの情報はこちら→https://cyco-o.com/
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【シリル・コピーニ】
1973年フランス・ニース生まれ。落語パフォーマー、翻訳家。フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1995 年から1996 年まで長野県松本市信州大学人文学部へ留学。1997年から2021年まで在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に勤務。2011 年から「フランス人落語パフォーマー」としての活動を開始、国内外問わず落語の実演、講演会、ワークショップを積極的に行う。テレビやラジオにも数多く出演。2013年からは漫画やビデオゲームなどの日本のサブカルチャーコンテンツの翻訳と海外への紹介にも取り組んでいる(『名探偵コナン 』『どうらく息子』など)。
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