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美しいくらし
落語はトレビアン! フランス人落語パフォーマー
シリル・コピーニ(尻流複写二)
第5回 「人を騙す」のは万国共通のテーマ
 寒い日に食べたくなる麺料理。「ズルズル……」といえば、どんなネタか、もうおわかりですね。江戸落語では「時そば」、上方落語では「時うどん」という古典落語のおなじみの演目です。私が演じるのは「時うどん」のほうですが、「時うどん」には、袖を引っ張るバージョンと引っ張らないバージョンの2つがあります。私が披露するのはそのどちらでしょう!? お知りになりたい方は会場までぜひ聞きにきてくださいね(笑)。
 さてこの演目、どのような話かと言いますと……。

 真冬にうどん屋(orそば屋)にある男Aが客としてやってきて、1杯16文のうどんを頼みます。この男Aは15文しかお金を持ち合わせていなかったのですが、うどんの出汁が「うまい!」などと言って褒めちぎりながら、うどんをすすります。食べ終えてお勘定する際、男Aは「小銭しか持っていないから」と言って、店主の前で一文ずつ銭を数え始めます。
(男A)「一つ、二つ、三つ・・・八つ、今何時だ?」。
(うどん屋店主)「九つです」
(男A)「十、十一、十二、……十六」
 男Aは店主の気をそらすために、途中で時間を聞いて1文をごまかしたのです。それを見ていた男Bは、自分も同じことを真似してみようと試みますが失敗。得するどころかお金を損してしまいました……。

 本連載の第4回で紹介した演目「狸賽(たぬさい)」は、フランス人向けにオチをアレンジしましたが、「時うどん」はその必要がありません。なぜかというと、この演目は「人を騙す」という万国共通のテーマだからです。相手を騙そうとして反対に自分が騙されるということを、フランス語では「L’arroseur arrosé」(ラローズール・アロゼ)。いわゆる、「いたずらで水を誰かにかけようとした人が反対に水をかけられた」という意味。「時うどん」に登場する男2人と店主との掛け合いはフランス人にもなじみのあるシチュエーションなのです。

 オチはそのまま通用するとしても、ストーリー中に出てくる言葉はいくつかフランス人向けに変える必要があります。
 例えばうどんの「出汁」は「soupe de poisson」(スープ・ドォ・ポワソン/魚スープ)に。男Aがうどんを食べた後に「博打に行く」と言いますが、これは「カジノに行く」となります。それから屋台の名前ですね。男Aがうどんの代金をごまかしたうどん屋の店名は「当たり屋」で、これを訳すと「le millionnaire」(ル・ミリオネア/百万長者)。男Bが代金をごまかすのを失敗したうどん屋の店名は「はずれ屋」で、これを訳すと「le compère」(ル・コンペール/仲間)となります。日本語では「当たり屋」と「はずれ屋」という対照的な設定に笑いがあるのですが、フランス語にすると「百万長者」と「仲間」となってしまいます。これでは面白みが無くなってしまうと思うでしょ?
 でも、ここでひと工夫! うどん屋の店主が「うちの店はル・コンペールです」と言った後、男Bが少し考えるふりをして、店名を繰り返します。その間に「le compère(ル・コンペール)」から少しアクセントが変わって「le con perd(ル・コン・ペール)」に。男Bは「え? 店の名前は本当にル・コン・ペール?」と聞く。実はこの「ル・コン・ペール」は「le con perd」(アホが損する)という意味で、アクセントが似ている言葉にすり替えることでユーモアが加わります。

うどんの食べ方をワークショップで現地の人に体験してもらっている様子

 この演目は「ズルズル」とうどんをすする音も見どころの一つです。日本語のオノマトペ(擬音語)の数はフランス語に比べてダントツに多いので、どう翻訳すればよいのか、落語だけでなく日本の漫画をフランス語に翻訳するときも悩むのですが、「ズルズル」に当てはまるフランス語のオノマトペはありました。「Slurp slurp」(スループ、スループ)といいます。

 この、うどんをすするというのも日本の独特な食べ方で、いきなり「ズルズル」を披露しても、現地で落語を聞いているお客さまをびっくりさせてしまうだけ。そうしないために、本編が始まる前のマクラを利用して、扇子をお箸に見立てて一緒にすする練習をしてもらいます。事前にお客さまに体験してもらっておくと、本編がわかりやすくなりますね。「そば」と「うどん」の食べ方の違いなんかも実演してお見せしています。

 「時うどん」に登場する男Bはどうして損をしてしまったかと言いますと、それは江戸時代の時間割と関係しています。当時の「一刻」はおよそ今の2時間ぐらいなので、男Bは男Aより早い時間にうどん屋に行ってしまったため、男Aのように代金をごまかすどころか反対に多く払うはめになり、損をしてしまったというわけです。こうした当時の暮らしも、口演後の時間に説明して補足します。このように、落語は外国人に日本の文化を伝えるすばらしいツールなのです。(つづく)

(写真提供:Cyril Coppini)

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【シリル・コピーニ】
1973年フランス・ニース生まれ。落語パフォーマー、翻訳家。フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1995 年から1996 年まで長野県松本市信州大学人文学部へ留学。1997年から2021年まで在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に勤務。2011 年から「フランス人落語パフォーマー」としての活動を開始、国内外問わず落語の実演、講演会、ワークショップを積極的に行う。テレビやラジオにも数多く出演。2013年からは漫画やビデオゲームなどの日本のサブカルチャーコンテンツの翻訳と海外への紹介にも取り組んでいる(『名探偵コナン 』『どうらく息子』など)。
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