落語を聞いたことがないフランス人にどうやってその面白さを伝えるのか? フランス語版落語の流れについて簡単に紹介しましょう。
落語の構成はよくできています。マクラ、本題、そしてオチ(サゲ)。特に本題への導入部となるマクラには時事ネタ入れたり、その日のお客さまや会場の雰囲気を測ったり、それによって今からやる演目を考える噺家もいます。古典落語の中には、昔の言葉が使われる演目もありますので、それらをマクラで説明したりすることもできます。
フランスではこのマクラが「落語入門」の時間です。着物を着ている人が正座して右見たり左見たりして話す姿をいきなり見せられても、一般のフランス人には何が始まるかまったくわかりませんよね。そうならないための工夫が必要です。そして、フランス人が日本人に対して持つ偏見をうまく使って、笑いに変えるコツが必要なのです。
フランスの口演では、まずは日本語で次のように早口で言います。
「本日はお忙しい中、ご来場いただきまして誠にありがとうございます。でも、本当に忙しい人は来ない。本日は皆さまに落語を楽しんでいただきます。落語が初めての方が多いかと思いますが、最後まで楽しんいただけたら幸いです。本日はどうぞよろしくお願いします」。 この長いセリフを言いながらわたくしは客席をチェックします。「なんだ? オールジャパニーズのショー?」と、すぐに不安になるお客さまもいれば、クスクス笑い始める人もいます。セリフは長ければ何でもいい。昨日食べた食事の話をしてもいいぐらいですが、会場には一人くらい必ず日本人がいると想定されますので、ある程度意味のある日本語を言います(笑)。セリフが終わった途端、今度はそれをフランス語で翻訳します。「ボンジュール!……」。すると、客席がドカーン!
これはどういうことかといいますと、日本人は礼儀が正しいから挨拶が長いという、フランス人が昔から持つ偏見を利用したということです。
ここからは、先ほど日本語で話した内容をフランス語で話します。
「皆さんにご来場いただいたのは、とある秘密を発表するためです。聞きたいですか? この秘密は日本人が昔からうまく隠していることです。日本のガイドブックにも載っていませんよ。この秘密を皆さんと共有するのはうれしいです。本当に聞きたいですか? 実は日本人は……、なんと400年前から笑っていますよ!」 これは日本人がいつも仕事ばかりしていて真面目だという国民性の偏見から生まれるジョークです。
「日本では、400年前にお坊さんたちが仏様の教えを広めるために全国を訪ねて回っていました。そのとき庶民にわかりやすく伝えようと、少しユーモアを交えて話していたそうです。これが落語の始まりです」 「落語をするには2つの小道具が必要です。まずはこれ! 日本語でセンス、フランス語でエヴァンタイーユ。次にこれ! 日本語でテヌグイ、フランス語でもテヌグイ! 落語をするときいちばん大事なのはこれ! 膝を折って座ること。日本語でセイザ、フランス語でラ・トルチュール(拷問)!!」 「小道具を使えば、登場人物になりきることができます。こうするとサムライに(センスを刀に見立てて切りつけるシーンを披露)。今どきのサムライにもなれますよ!(ダース・ベーダーをモノマネする)」 「テヌグイを使って本を読みます(目を横に動かす)。これはフランス語の本ですね。日本語の本も読めますよ(目を縦に動かす)。センスとテヌグイがあるだけで何もないところで何かが生まれるよ。皆さんは見えますか? 想像できますか? 落語はマジックですよ〜」 小道具を見せたあとに、落語の大事なポイントを説明します。
「演者は1人ですが、登場するキャラクター全員を演じます。では、キャラクターをどうやって区別するかといいますと、右を見て喋る人、左を見て喋る人がいます。右を見て喋る人は左を見て喋る人より偉い人ということになります。
たとえばサムライが右、女中さんが左。男が右、たぬきなどの動物が左。お客さま右、店員さんが左。そうそう。フランスでは『お客さまは王様です』と言いますが、日本では『お客さまは神様です』から、お客さまが絶対上ですよ」
そこから具体的な例として、2〜30秒ほどの小話を披露します。こうしてマクラで「落語ルール」を覚えたフランス人は日本人と同じように落語を楽しんでいただけるわけです。(つづく)
(写真提供:Cyril Coppini)
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