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美しいくらし
忘れられないイタリアの美しい村 トスカーナ自由自在
中山久美子
第11回 伝統と歴史がきらりと光る刃物の里【スカルぺリア】


 イタリア中部トスカーナ州の州都フィレンツェから北へ20分も行くと山も多くなり、エミリア・ロマーニャ州と隣接するムジェッロ地方に入ります。その地方にあるスカルペリアは、イタリアを代表する伝統の刃物産業と「モータースポーツの聖地」とも称されるムジェッロ・サーキットでも有名な村。毎年6月上旬に開催される国際バイクレースにはイタリア各地からバイクファンが押し寄せ、周辺は交通規制も行われるほどにぎわいます。

ヴィカーリ宮殿

 フィレンツェからスカルペリアまでは直通バスで約1時間。バス停をおりてすぐ目に飛び込んできたのは、町並みに高く突き出た塔でした。ヴィカーリ宮殿と呼ばれているこの建物、どこかで見た印象が……。高くそびえる鐘塔とその最上部にある凹凸した造り、石造りの角張った外観や外壁は、かつてフィレンツェ共和国の政治の場であったヴェッキオ宮殿にそっくりです。しかも、白地に赤い百合というスカルぺリアの市章もフィレンツェのものとほぼ同じ。その理由は村の歴史にありました。

 小国や地元有力家系の領地が乱立していた13~14世紀にかけて、フィレンツェ共和国は領地拡大とその安定を図るために周辺に5つの新領地を建設します。そのうちの1つがスカルぺリアです。北のボローニャに通ずる防衛拠点として、1306年にサン・バルナーバという集落を領主から買収して誕生しました。
 以後、北のジョーゴ峠を超える街道沿いに位置するスカルぺリアは軍事的に重要視され、宮殿を建設したり、1415年からは代理執政官「ヴィカーリオ」を派遣したりするなど、フィレンツェ共和国の影響を色濃く受けて発展します。

家の紋章が壁一面を覆い尽くしている

 歴代のヴィカーリオが住み執務にあたった場所がヴィカーリ宮殿でした。その歴史を今に伝えるかのように、正面の壁にはヴィカーリオを輩出した家の紋章がいくつも埋め込まれています。砂岩や色彩テラコッタで立体的に作られたものもあれば、中のロビーにはフレスコ画で描かれたものまであり、その形態はさまざま。紋章の装飾は内部の部屋の壁にまで及んでいます。
 ヴィカーリオの任期はたった半年。しかも市民との癒着を防ぐために同じ人物が複数回にわたって務めることや、同じ家系が続くことは禁止されていました。それが約400年にわたって続くのですから、任務交代のたびに生じた紋章は膨大な数にのぼるというわけです。

 こうして長い時を経たヴィカーリ宮殿は近年まで市役所として使用されたあと、現在はミュージアムとして中を公開しています。ヴィカーリオ専用の礼拝堂、執務の間、「カーテンの間」と、この空間に身を置くだけで中世にタイムスリップしたかのようです。「時計の間」には、1445年頃に制作され、近年まで実際に使われていた時計の機構も展示されています。作者はフィレンツェのシンボルであるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームを設計した、ルネサンス最初の建築家フィリッポ・ブルネッレスキだったというのですから、この村とフィレンツェにとっていかに重要だったかが垣間見えますね。
 
 ところでこのヴィカーリ宮殿、地上から垂直に伸びた鐘塔は42メートルと、日本のマンション13階に相当する高さ。正面から見上げるとその大きさと迫力に圧倒されます。「時計の間」を出て塔へ上がる102段の階段を登れば、ムジェッロ地方に連なる山並みまで続くパノラマを体感できます。

評議会が開かれていた「カーテンの間」

5世紀にわたって時を刻み続けた時計の機構


 スカルぺリアで絶対に忘れてはならないのは、イタリア有数の「刃物の村」であること。村がフィレンツェとボローニャを結ぶ唯一の街道上にあったため、軍事用の剣や矢尻、通商の往来に必要な馬の蹄鉄などを作るための鍛冶産業が活発になりました。やがて農業や料理など生活に欠かせない刃物の生産も加わります。最盛期ではこの小さな村に400もの工房が存在していたそうですが、現在は全行程を手作業で行う昔ながらの製法を守る工房は4つだけになってしまいました。
 そんな伝統の刃物産業を存続させようと、古の工房を再現してそこで職人が製法をガイドする見学会を行ったり、ヴィカーリ宮殿内に刃物ミュージアムを設立したりと、市を上げてプロモーションに力を入れています。

伝統工芸のナイフ

 今も残る5ブランドの店は、村の真ん中を南北に貫通するメーンストリートのローマ通りに4軒と、かつて工房が集中していたソルフェリーノ通りに1軒あります。200年近く続く老舗店のほか、近年は独立した職人の新しい店もあり、それぞれが携帯用の折り畳みナイフ、調理用ナイフ、髭剃用カミソリといった得意分野があるので、それらを見てまわるのも面白いでしょう。
 イタリアの個人商店では店員と会話しながら買い物を進めるのが常なので、たとえイタリア語が話せなくても英語やジェスチャーを交えたり、紙に書いたりしてコミュニケーションをとってみてください。より満足度の高いお気に入りが見つかるのはもちろん、知らなかった製品に新たな興味がわくかもしれません。

 スカルぺリアの刃物は高品質な素材を使い、職人の熟練した技とそれにかける時間のために、市場に出回っている工場生産品よりは値が張りますが、その一つひとつが個性的で奥深い輝きを放っています。友人に頼まれて訪れた老舗店で丁寧に説明をしてくれる後継者の真剣な眼差しにふれると、職人たちの情熱を共有したい、購入することで伝統産業の存続に少しでも力になりたいという気持ちになりました。

 スカルぺリアは市民ボランティアによる活動が活発な地域でもあります。1年を通じて、特に夏は毎週のようにさまざまなイベントが企画されています。その最たるものが60年以上の歴史を持つ「ディオット」。村の建設記念日とその翌日の聖母マリアの誕生日を同時に祝うために、毎年9月8日に盛大に開催されます。
 ディオット当日は、日没後にルネサンス時代のヴィカーリオ交代式が再現され、中世の衣装をまとった100人以上の貴族や鼓隊のパレード、旗のショーが華やかに繰り広げられます。新任したヴィカーリオの宣誓が終わると、祭りはいよいよクライマックス! ヴィカーリ宮殿前の広場で地区対抗の5種競技会が開かれます。綱引きなど日本でもおなじみの競技もありますが、面白いのはブドウ運搬用の桶の下部をくりぬき、そこに体を入れて走るリレー。地元の期待を背負った選手たちが白熱した戦いを見せてくれるのだそう。以前にスカルぺリアの市長とお会いする機会があったのですが、競技会のことに話が及ぶと真面目だった顔つきが一変し、「私はこのリレーのスペシャリストでわが地区を3度も優勝に導いたのですよ!」と誇らしげに語ってくれました。

 イタリアに暮らして普段から感じるのは、この市長のように「カンパニリズモ(郷土愛)」の強い人が多いこと。1800代半ばのイタリア統一まで多くの国に分かれ歴史も文化も違うことから、イタリア人である以上にその出身地に誇りや愛着を持っており、出身地について聞かれると「おらが村が一番」とばかりに語り続ける人も少なくありません。
 カンパニリズモの語源は「カンパニーレ=鐘楼」。人々の暮らしに溶け込んでいる鐘の音のように、ここスカルぺリアでも伝統を大切に継承する郷土愛がしっかりと根づいているようです。(つづく)
 

★スカルぺリアへのアクセス
フィレンツェから直通バスで約1時間。もしくはフィレンツェから電車またはバスで、途中サン・ピエーロ・ア・シエーヴェで乗り換えて1時間~1時間30分。

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/
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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。さまざまな分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の個人旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。ありのままの日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村などイタリア各地の魅力を発信している。
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