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美しいくらし
東京2025 おいしい老舗散歩 江戸文化研究家
安原眞琴
最終回 山の手に眠る時に思いを馳せて(下)

近代に現れた花街の異空間・荒木町(新宿区)


 この春、江戸文化研究家の安原眞琴さんの好評既刊『東京おいしい老舗散歩』が、新たな取材を加えて、よそおいも新たに『増補版 東京おいしい老舗散歩』(2025年4月18日発売)となって、かもめの本棚に帰ってきます。
 連載の最終回では、『増補版 東京おいしい老舗散歩』収録のコースから、宝石箱のような洋館のバル&カフェを訪ねて、山の手の界隈を散策する老舗散歩を紹介します。


文豪の通りへ
 前回、私たちは〈小笠原伯爵邸〉でランチの時間を過ごしてから、山の手の台地を尾根づたいに歩いて〈江戸六弁天〉の1つ〈抜弁天〉を訪ねました。

永井荷風旧居跡(新宿区余丁町)

 次は近代の文豪に会いにいきましょう。〈抜弁天〉で大きく曲がった通りを少し下ると〈坪内逍遥の旧居跡〉、その300メートルほど先に〈永井荷風の旧居跡〉があります。 
 逍遥は明治22年から大正9年(1889-1920)まで、荷風は明治41年から大正7年(1908-1918)まで住んで、それぞれ早稲田大学と慶應義塾大学に通い、かたや演劇、かたや文学の教鞭をとっていました。どちらも、住まいの跡を偲ばせるものは残っていませんが、案内板が立っているので目印にしてください。

近代に現れた花街の異空間
 続いて、山の手の起伏と時代の〈アップダウン〉を満喫しましょう。
 〈荷風の旧居跡〉の案内板から、さらに通りを下ります。次の横断歩道で通りを渡ってください。横断歩道を渡った先のサンドイッチ屋さん〈メルシー〉が目印になります。
 〈メルシー〉の脇から住宅地に入ってください。右手に〈大星湯〉を見ながらT字路を左折し、次の角を右に曲がります。通りを進んでいくと突き当りにトタン小屋の〈防災資材置場〉が見えてきます。そこを左折して、その先のスクールゾーンの角を右折して道なりに進みましょう。〈町会掲示板〉が立っている角を左に曲がって坂を下ると〈自証院〉の前に出ます。江戸時代の境内地とは比べものにならないほど狭くなっていますが、新宿区内最古の〈阿弥陀三尊の種字板碑〉は残っています。

暗坂の階段

 〈自証院〉の坂を下り切ると、明治39年(1906)に麹町の二番町から移転した〈成女学園〉に出ます。学校の前の通りは〈靖国通り〉です。ここまでが〈自証院〉の境内でしたが、明治時代に大半が没収されました。なお、ここが学校になる以前、明治29年から35年(1896-1902)までは、『怪談』を書いたことで知られるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が住んでいました。以前は、風情のある蔦の絡まった校舎の正門の脇に〈小泉八雲旧居跡〉の石碑を見ることができましたが、今は校舎全体の建て替え(2026年完成予定)が行われています。

 ここから起伏を登ります。登りはここだけですからご安心ください。〈靖国通り〉を、杉の木が3本並んでいる小さな公園の横の横断歩道から渡ると、〈暗坂くらやみざか〉と呼ばれる階段があるので登りましょう。

 その先の〈週刊つりニュース社〉の手前で左折し、路地を通りに出るまで下っていきます。通りに出ると、その向こうが荒木町です。〈甲州街道〉まで続く3筋の飲屋街がありますが、このうちの〈車力門通り〉を目指してください。

津の守弁財天

 〈車力門通り〉の北の端に、飲食店が軒を連ねている〈サンライズビル〉があります。ビルの脇に、両側が自転車置き場になっている細い路地と、その先に狭い階段があります。この階段を下りると、現代とは思われない異空間に出ます。

 木々に囲まれたちょっとした広さのある池、なかの岩場に建つ弁財天の祠、そこに行くための細くて短い石の太鼓橋。ここは〈津のかみ弁財天〉です。もと高須藩主・松平摂津守の上屋敷跡の一部で、高さ4メートルもの滝の流れる庭園が明治時代に一般開放されると、景勝地として有名になりました。

金丸稲荷神社の玉垣には花街関係者が名を連ねている

 人々が集まるにつれ〈花街〉が形成されていきます。〈粋筋〉だったことをうかがわせる、細くて曲がった急勾配の石畳の坂道が弁財天の周囲に張りめぐらされています。近所の〈金丸稲荷神社〉にも小さいながら立派な彫刻の施された祠が建っていますが、それを囲む〈玉垣〉にも〈料亭〉や〈家元〉など花街関係の名称が寄進者として刻まれています。
 〈車力門通り〉にもどって少し進めば、すぐに広々とした〈甲州街道〉に出ます。左に行けば〈四ツ谷駅〉です。無事に現代に戻ることができました。



【安原眞琴公式サイト「makoto office 日本文化研究所」】
https://www.makotooffice.net/

【挿絵と地図:鈴木 透(すずき・とおる)】
1965年福島県生まれ。「釣りキチ三平」などを制作する矢口プロダクションを経てフリー。

★2025年4月18日発売!★

新刊『増補版 東京おいしい老舗散歩』


定価2200円(税込)

この春、安原眞琴さんの『東京おいしい老舗散歩』が待望の増補版になって帰ってきます。
2017年の刊行から8年――。変わり続ける東京のなかにある変わらないものを見つめてきた著者が、路地に息づく四季の表情、歴史の息吹に心をときめかせて、変わらぬおいしさを名店で味わう14の散歩コースを、書き下ろしと新規取材を加えて紹介いたします。再開発エリアの中心で味の真髄を伝える老舗、華族の洋館をリノベーションしたカフェ、文豪たちが通った下町の名店……。皆様もどうぞ、これからの季節の東京散策のお供にお役立てください。

・本の詳細と購入はこちら⇒

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【やすはら・まこと】
1967年東京都生まれ。江戸文化研究家・映像作家。文学博士。国際基督教大学客員教授。吉原文化の最後の継承者を5年間取材したドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん―吉原最後の証言記録―」を2013年に発表。著書に『「扇の草子」の研究――遊びの芸文』(ぺりかん社)、『超初心者のための落語入門』(主婦と生活社)、『東京の老舗を食べる』(亜紀書房)などがある。
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