波浮港の物件を手に入れたところで、実際はすぐにカフェづくりができる状況ではありませんでした。
古民家を買った→その古民家を修復する→修復後にカフェの運営を行う……。このミッションを、まずはどこから手をつければいいのかさっぱりわからない。なにしろ突発的に始まった案件ですし、家を買ったこともなければカフェを営んだこともありません。しかも新型コロナウイルスが広がる前の2018年時ということもあり、当時、トラベルジャーナリストとしての仕事も数カ月先まで予定がしっかり⼊っている状況でした。さてさて。

伊豆大島のシンボル、三原山
まず知りたかったのが、手に入れた古民家の修復かつカフェとしての空間にするには、いくらかかるかということ。当然ですね。「古民家カフェを作ろう」的な書籍をめくってみると、空き家をセルフビルドで100万円というのもあれば、2000万円という新築並みの初期投資をしている例も。むむ……。まずは、自分がどんなカフェにしたいのか。そこをたたき台に精査していくのがいいように思えてきました。
雑誌や書籍のラフ書き、そして企画書やプレゼンテーションもそうですが、自分が表現したいものを理解するにはビジュアルを示すのが有効です。そこでさまざまな建築やインテリア雑誌、書籍を買いあさっては「これいいな」「この素材、好きかも」といった感じで、気になるカフェやインテリアのページに付せんを貼っていく作業をしていきました。これはその後、デザインをお願いする建築家へイメージを伝えることにとても役立ちました。あいまいな言葉だけではディテールは伝わりにくいものですから。

島の名所「バームクーヘン」(地層大切断面)
妄想をふくらませ、頭の中でゆっくりと具体的な空間を想像すること自体は、それはとてもとても楽しい作業でした。想像ならばお金はかかりませんからね。ただ、最初からブレなかったのは、手に入れた家の当時のままのおもむきをなるべく残すこと、そして波浮港の時間が止まったような雰囲気にあうこと。その2点だけはゆずれませんでした。
私の中で1軒、気になるカフェがありました。それが、「手紙舎」でした。
私の実家のある調布市つつじヶ丘の古い団地をリノベーションし、カフェとしたのが「手紙舎」。調べていくと、建築家の井田耕市さんがデザインされたということがわかりました。お名前で検索していくと他にも手がけられた店舗、カフェなどがあり、どれもとても好ましいものばかり。私の中で、勝手に設計をお願いする候補のリストにポンッとランクインです。
井田さん以外にも建築関係の友人にカフェ店舗として見積もってもらったりアドバイスを受けたりと、設計に関しての情報収集は続きましたが、どこか中途半端。ピン! とくるものがない状態が続くこと数カ月。今回も転機は唐突にやってきました。

「内装の学校」にて
「手紙舎」はさまざまな人気イベントを開催することでも知られていましたが、ある日、サイトをチェックしていたら、とあるお知らせが目に飛び込んできました。
「内装の学校~これからカフェを開きたい人のために」- 講師:井田耕市
※参加資格:将来カフェを開きたいと思っている方、内装の相談をしたい方
何コレ! 私のための催しですか? と錯覚しそうなテーマです。もちろん申し込みました。予約スタートの時間を待って瞬速で。
内装の学校の当日。場所は複数ある「手紙舎」の店舗のひとつで行われました。
井⽥さんはおだやかな笑顔が印象的で、設計された作品のぬくもりあるイメージと重なる人柄を感じさせてくれました。このときの参加者は全員⼥性。それぞれカフェ経営への夢や淡い憧れを持って参加しています。少⼈数での開催だったため、具体的な参考例を挙げながら丁寧に説明してくれるだけでなく、参加者が知りたいこと、疑問に思ったことにもプロの建築家からの的確なアドバイスをもらうことができとても参考になりました。ノウハウ本を読むだけではわからないこともスッキリ! カフェ開業を考えている方はこういう機会があればぜひ、参加するといいと実感しています。
さらに、井⽥さんのカフェ設計への思い、こだわりなどを知ることで、私の中で井⽥さんの人柄も含め、波浮でのカフェの設計をお願いしたいという思いがゆっくりと自然に固まっていきました。そう、⼤好きな固めのプリン並みのゆるぎなさで。そうして講義が終わり、私は井⽥さんに名刺を渡し、こうたずねたのです。
「一度、物件を見に伊豆大島に行きませんか」 (つづく)

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