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美しいくらし
伊豆大島ぐらし トラベル・ジャーナリスト
寺田直子
第2回 古民家を手に入れる
 今回は縁あってゆずっていただいた波浮港の古民家のお話しを。
 前回も書いたように、手に入れたのは3年前。初めて築80年ともいわれるその古い家の存在を知ったのは、メキシコにいるときでした。それも真夜中に……。

 3年前の2月、私は雑誌の仕事でメキシコを取材中でした。場所はメキシコでも“最もメキシコらしい”と称される古都オアハカ。コロニアルな建物が残り先住民族の方が多く暮らす、世界遺産都市でもあります。
 滞在中、日本との時差の影響で真夜中にふわっと眼が覚めるようになっていました。翌日の撮影スケジュールを考えながらオアハカの小さなホテルのベッドで携帯を手にとり、日本のニュースやメールを見たり……そんな中で何気なく、お気に入りに登録していた伊豆大島の空き家情報サイトをクリック。すると、しばらく更新されていなかった画面に新しい物件情報が出ているではないですか! それが、私が手に入れた古民家でした。

波浮港に続く道沿いに古民家が並ぶ


 もともと波浮は何度も訪ねている大好きな場所。古民家の画像を見たときに、「あそこの家だ!」とすぐわかりました。友人たちと通りを歩きながら、「このあたりにカフェがあればいいよねぇ~。この家とかピッタリじゃない?」と話していた、ま・さ・に、その家が売り物件として出ていたのです。
 家の中の写真も掲載されていましたが、ずっと物置きスペースになっていたようで荷物が雑多に置いてあります。一部の木造の床はくずれていて歩くのも危険そう。情報欄にも「柱・床・外壁・屋根などオールリフォームが必要な物件となります。すぐには住めません」と書かれています。なるほど、これはかなり手ごわそうです。
 それでも、すっかりベッドから起き上がり覚醒した私には、この物件が自分のこれからの人生に何か新しい方向性を与えてくれるという確信に近い感情がわき起こるのをおさえることができませんでした。理由なんてありません。その場でサイトの問い合わせに、「購入を希望」と、物件を見ることもないまま大胆にもメールを送信。しばらくすると返信があり、こんな風なことが書かれていました。

大島に移住された方が購入を検討されています。その方は、今週末にご主人が来島されるので、そこで返答したいと言われています。
こちらの物件は、実際改修がどれくらいかかるのか全く想像のつかない物件なので、内覧をしないでの、ご購入決定はお勧めできません。(あくまで現状渡しなので、購入後のトラブルを回避したいため。)
早いもの勝ちになってしまいますが、別の方で決まってしまった場合には申し訳ありません。

 先約があると聞き、出鼻をくじかれましたが、私はメキシコにいるわけですぐに内覧をすることは不可能。先に購入者が決まってしまったらそれはご縁がなかったということ。ダメなときはダメなものだと長年の経験でわかっています。そこでやや冷静さを取り戻し、「では、先約の方の結論を待ちます。決まってしまったら、残念ですがあきらめます」と返信。
 とりあえずやるべきことはやったので、後は先に興味を持たれた方がどう判断するかのみ。いったんこの件は忘れて、その後はメキシコ取材に注力することにしたのです。

リフォーム前の古民家で

 それから数日後。メキシコ取材もとどこおりなく終盤というところでメールをチェックしていると……

先約の方のご主人のご来島がお仕事のため来週になりました。どうされますか? 先方も早い者勝ちということわかっていらっしゃいます。

 瞬間、頭の中で帰国のタイミングとその後のスケジュールが駆けめぐります。メキシコと日本の時差は14時間。明日の朝には日本に戻る予定なので、明後日なら仕事の合間を縫ってトンボ返りで大島に行ける! すぐに「あさって大島に行きます」とメール。メールを送ったら、これまで培った機動力をフルスロットルで発揮です。取材の合間を縫って携帯で大島行きのフライト、レンタカーなどをオンラインで予約していきます。当日の天気のチェックも欠かせません。悪天候で交通機関が運休になれば島に行けないだけじゃなく、都内に帰ってこられないこともあるからです。翌日からのスケジュールはすでに埋まっているのでリスクを避けることも重要です。

 その後の展開はあっという間でした。無事、日本へ戻り、翌日には朝イチで大島に到着。レンタカーでそのまま波浮港へ直行です。一昨日までのカラフルで喧騒のメキシコとは異なる、いつもながらの静かな波浮港の景色がこの数日のテンションの高さをゆっくりとなだめてくれるようで目に染み入ります。


 その家は思っていた場所に、写真で見たとおりのたたずまいで出迎えてくれました。
 物件の入口は開いているので好きに内覧してください、といわれていたので中へするりと入る。電気は通っていないようで自然光の中で見わたす。写真で見ていたので確認作業のようなものです。たしかに老朽化、破損などがひどいし、荷物も多い。スリッパがあったので靴をぬぎ、それをはいて2階へ。部屋の畳はへこみ、古い和ダンスや流し台などに加えてたくさんの木製の茶箱があります。ホコリや虫の死骸をかぶっているので触るのはちょっと躊躇するほど。処分するにしても大ごとだろう……。
 でも、それらはここで暮らしていた人たちの記憶であり、歴史なのだと考える。決してゴミなんかではない。柱にはかつての家の子どもたちが背の高さを計った刻み目が残されていました。

 ひととおり中を見て家の外へ出ると、2月の太陽がまぶしく、きらきらと波浮港の通りを照らしています。ふり返り、20年近く誰も住んでいなかった家を見上げ、私はポケットから携帯を取り出してサイトの担当者に電話をかけ、「購入します」と伝えました。(つづく)

定価2,200円円(税込)

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【寺田直子のハッピー・トラベルデイズ】
http://naoterada.exblog.jp/
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【てらだ・なおこ】
東京都生まれ。日本とオーストラリア・シドニーの旅行会社勤務後、編集プロダクションを経てフリーランスとして独立。これまでに90カ国以上を訪れ、年間150日は国内外のホテルに宿泊している。第13回フランス・ルポルタージュ大賞受賞。著書に『ホテルブランド物語』(角川oneテーマ21)、『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、共著に『ロンドン美食ガイド』(日経BP社)などがある。2021年より伊豆大島に移住し、Hav Cafeを営みつつ執筆活動を続けている。(撮影:峯 竜也)
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