× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
ジョージア旅暮らし日記 モデル・定住旅行家
ERIKO
第6回 スバネティの家族㊦
 私が滞在した9月下旬は、ちょうど牧草地の草刈りをして冬の家畜の餌を確保する時期だった。パルジアーニ家は家から数キロメートル離れたところに広大な牧草地をいくつか所有しており、その手入れや管理をするのが家族の日々の仕事の一つであった。


 朝食の片づけが済むと、ジャニコさんとエカさんと私の3人で、大人の身長ほどもある大ぶりな熊手を手に彼らが所有する牧草地へ出かける。膝の高さまで伸びた牧草地の草をジャニコさんが機械で刈り、私とエカさんはそれを大きな熊手で黙々とすくい集めて草の山をつくっていく。「モゥ」と遠くで牛の鳴く声がこだますると、朝に放牧した牛たちの姿が浮かんだ。

 蚊の鳴くようなかぼそい歌声が秋冷に乗って耳に届く。エカさんが歌う緩やかで情緒的なメロディーのスバン民謡が優しく慰労してくれる。彼女はスバン民謡の合唱グループに所属していて、コンサートなどを通じてスバン音楽の継承活動を行っていた。
 スバン民謡は戦い、英雄、宗教的なものや、王国の最盛期を統治したタマル女王など、彼らの歴史や生活に結びついたものが題材にされた歌を、トゥチュンリと呼ばれる民族弦楽器の演奏に合わせて多声合唱(ポリフォニー)で奏でる。ゆったりとした曲調に重奏が物憂げなさや味わい深さを感じさせる音楽である。
 3人で集めた草は、あっという間に我々の身長をはるかに越す高さにまでなった。草の山がいくつもでき、腕がパンパンになったキリの良いところでジャニコママの合図が出ると、家へ戻って昼食だ。

 昼食の準備はまず家の菜園で材料を調達することから始まる。太陽の恵みを受けて丸々と太ったトマト、栄養たっぷりの土壌で育ったジャガイモ、見るだけで歯応えを感じるようなプリプリの豆。パルジャーニ家の菜園には、色とりどりの種類の野菜や果物が育っている。必要なものは自分たちの手でつくり、豚肉や鶏肉などの肉類は近所の人たちの物々交換で入手していた。
 エカさんはビーツといくつかの野菜を抱えてキッチンへ移動し、調理を始めた。引き伸ばした耳たぶのように柔らかい生地に、ニンニク、ビーツ、チーズがたっぷり入った、チャルフリスハチャプリ。
 窓からあふれる日差しがスポットライトのように当たったキッチンテーブルで、スバン民謡を口ずさみながらハチャプリをこねるエカさん。料理好きの彼女が家族のためにゆったりと調理をする姿は多幸感に満ちていて、見ているだけで豊かな気分になった。もちろん、味も抜群においしかった。

 午後3時ごろ、学校が終わった子どもたちは帰宅すると真っ先にハチャプリに食らいつく。空腹が母の味で満たされると、兄のエレクレはすぐどこかへ出かけて行き、弟のデメトレと私は一緒に村の中や近所を散歩した。


 ある日、私が伝統衣装を見たいと頼むと、デメトレはスバン民族の伝統衣装である「チョハ」を着て見せてくれた。厚手のウール素材でできているチョハは、胸元に弾薬類を入れる筒状のポケットがあり、歩きやすいように腰下の裾にはスリットが入っている。パンツの裾は長ブーツの中に収める。ソ連時代より前はジョージア全土で日常的に着用されていたが、現在では結婚式などの儀式の際に着られているそうだ。どこかなじみ深さを感じるこのチョハのデザインは、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』の主人公、ナウシカが着ている服のモデルになったという説もある。


 デメトレは衣装を身につけたまま、足首を上下左右に巧みに動かしてステップを刻み、スバンの踊りも披露してくれた。パルジアーニ家をはじめとするスバン人の家庭では歌や舞踊、楽器などが親から子へ継承されていて、デメトレも両親から歌や躍りを習っているようだった。切り立った山々を背に舞う彼はまるで戦いに行く戦士のように見えて、可愛い弟から一人前の男らしさがにじみ出ていた。

 夕方、子どもたちには朝放牧した牛を家に戻す仕事が待っている。外で友だちと遊びほうけている兄のエレクレもこの時間にはちゃんと帰宅する。牛が放牧されている牧場はサッカーコート何十面分もありそうなほどだだっ広く、ほかの家の牛なども混じって相当な頭数の牛や馬、羊がいる。素人の私にはどれがパルジアーニ家の牛なのか皆目見当もつかない。
 「いやぁぁぁぁー!!」と雄叫びを上げながら弟のデメトレが牧草地を駆け降りて行き、牧羊犬顔負けの収集力で牛を追い立て、自分の家の牛たちだけを見事に集めていく。牛たちはやれやれといった表情で、牧場を名残惜しそうにたまにうしろを振り返りながら帰路に歩く。木の枝を片手に牛たちを先導するデメトレは、まるで疲れた巡礼者を導く聖者のようだった。

 家の中がいっそう賑やかになるのは夕食時。近所の人や親戚が加わり大勢での食事となる。エカさんの料理がテーブルいっぱいに並び、自家製の白ワインを片手にスプラ(宴会)が始まる。タマダ(司会者)を務めるのはジャニコママだ。彼はグラスを床に傾け、大地の神にワインを捧げてから演説を始めた。日によっては、スバンの伝統楽器であるトゥチュンリが持ち込まれ、みんなでポリフォニーの合唱が歌われたりもした。彼らの楽しそうな笑い声と歌声そしてスプラの演説は、時に夜更けまで響き続けた。

 彼らと過ごす日々は同じことの繰り返しのようで、全く違う毎日だった。それは些細な出来事や瞬間にしっかり向き合う、生きる手応えのようなものを感じていたからではないかと思う。それぞれ決まった持ち時間の人生で、自分が大切にしたいものを大切にし、周囲の人間と関わって生きていく。その積み重ねが人生そのものであると、パルジアーニ家の暮らしは私に語りかけてくるようだった。(つづく)

(写真:ERIKO)

【WEBサイト・ちきゅうの暮らしかた】http://chikyunokurashi.com/profile/
【Youtube ERIKOチャンネル】https://www.youtube.com/user/erikok1116
ページの先頭へもどる
【エリコ】
鳥取県米子市生まれ。東京コレクションでモデルデビュー。「定住旅行家」として、世界のさまざまな地域で現地の人々の家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。これまで定住旅行した国は、ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、ロシア、サハ共和国、ジョージア、イタリア、イラン、スペイン、パラオ、カルムイク共和国、タタールスタン共和国など。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。独立行政法人 国際協力機構JICA「なんとかしなきゃ!プロジェクト」著名人メンバー。著書に『暮らす旅びと』(かまくら春秋社)、『世界の家、世界の暮らし①~③』(汐文社)など。※写真:KATUMI ITO
新刊案内