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美しいくらし
忘れられないイタリアの美しい村 トスカーナ自由自在
中山久美子
第4回 極上の伝統パスタを求めて【アマトリーチェ】


「おいしいアマトリチャーナは、どこで食べられますか?」

 首都ローマがあるラツィオ州最東端の村、アマトリーチェ。家族旅行で滞在していたイタリア中部のアブルッツォ州からこの村まで足を延ばしたのには1つの理由がありました。それは、村の名前が付けられたパスタの「アマトリチャーナ(Pasta all’Amatriciana)」を食べるため。アマトリチャーナは、その昔、羊飼いたちがトランスマンツァ(家畜の季節移動)に持参したという保存食「グアンチャーレ(豚ほほ肉の塩漬け)」と、羊乳で作るペコリーノチーズ、小麦粉から生まれたとされる、まさにこの地域で生まれた名物なのです。

 起源をさかのぼると、始めはトマトソースを用いない「グリーチャ」というパスタでしたが、1700年代末ごろからトマト入りバージョンも誕生。1927年にアマトリーチェ村を含むリエーティ県がアブルッツォ州からラツィオ州に変更された後、アマトリチャーナはローマのレストランでも作られるようになり、最近ではカルボナーラとともにすっかりローマの郷土パスタとして定着しました。そんな伝統のパスタであるアマトリチャーナをローマに行くたびにいろいろなお店で食べてはいたものの、いつか本家本元のアマトリーチェで村一番の一皿を味わってみたい! という思いは募るばかり……。その機会がついに訪れた2010年の夏、村に着くなり観光案内所で冒頭の質問をしたのでした。

ホテル・ローマ

 いきなり「おいしい店を教えてください」なんて尋ねても、特定の店名を挙げるのは不公平にあたるからと教えてくれないところもあるのですが、このとき対応してくれた女性はきっぱりと答えてくれました。「それはやっぱりホテル・ローマのレストランよ」。その足で村の北側にある店へ直行。遅めに出発したので到着したのは13時ごろ、私たち夫婦も幼い息子たちもお腹ペコペコです。窓から美しい山々が見える席で私が頼んだのは、もちろんアマトリチャーナ!

トマトソースを絡めたアマトリチャーナ

アマトリチャーナの元になったグリーチャ

 アマトリチャーナの材料は、タマネギやニンニクを入れるか? トマトはフレッシュかピューレか? こしょうやペペロンチーノ(トウガラシ)は入れるのか? また、パスタの種類も日本でもおなじみのスパゲッティや、太めで中か空洞のブカティーニといったロングパスタから、マッケローニなどのショートパスタまで、店や地域によっていろいろなパターンがあります。ホテル・ローマで食べたアマトリチャーナは太めのスパゲッティ、ソースはグアンチャーレにトマトピューレ、ペコリーノチーズだけのシンプルなものでしたが、それぞれのうま味がトマトソースに溶け出し、なんとも濃厚で深い味わいでした。

 一方、夫が頼んだのはアマトリチャーナのルーツであるグリーチャ。トマトピューレがない分、熟成したグアンチャーレの塩味やスパイス、ペコリーノチーズ独特の香りがダイレクトに感じられます。私、個人的にはアマトリチャーナのほうが好みですが、羊飼いたちの数カ月に及ぶトランスマンツァ(家畜の季節移動)に思いをはせながら食べるグリーチャもやっぱり格別です。

 イタリアはほんの160年前まで多くの都市国家で成り立っていたため、現在でも州や地方により言語や文化などに大きな違いがあります。その土地ならではの料理を食べるのはイタリア各地を旅行する醍醐味の1つ。おいしいかどうか以上に、地元の味を通じて豊かな歴史や伝統に触れられることが魅力なのです。


 本場のアマトリチャーナを堪能したら、今度は村の散策です。目抜き通りに建つ「市民の塔」は13世紀の記録に残る教区教会の鐘楼でした。1545年に村の領主が変わった後に教会は取り壊されますが、この塔だけは残り、今ではアマトリーチェのシンボルになっています。
 路地に入ると、あちこちで目に飛び込んできたのはお店の看板。そのほとんどがなんの店か一目でわかる個性豊かなイラスト付きで、見て周るだけでワクワクします。おかげでアマトリーチェ村で撮影した写真のほぼ半分が看板コレクションになってしまったほど! 息子たちがまだ小さかったので滞在時間が少なかったのが残念でしたが、伝統パスタものんびりお散歩も楽しめるアマトリーチェはいつか再訪したい村の1つになりました。

倒壊を免れた「市民の塔」

 しかし……、それから6年後の2016年8月24日午前3時36分、マグニチュード6の地震がアマトリーチェ村を含む一帯を襲いました。朝のニュースで見た映像では、戦争で爆撃されたかのような壊滅的な状態。そして、あのホテル・ローマも跡形もなく崩壊したことを知り、あまりのショックで目からは涙があふれてしまいました。塔がそびえ立つ町並み、かわいらしい看板、本当においしかったアマトリチャーナ……。家族旅行の思い出が詰まった小さな村は、大地震により一瞬にして瓦礫となってしまったのです。

 その後、イタリア各地そして日本でも、アマトリチャーナを食べてアマトリーチェを救おう! というチャリティーイベント「アマトリチャーナ・デイ」が開催され、その収益は復興支援金としてアマトリーチェに送られています。被災者には仮設住宅が割り当てられていますが、地震の被害は甚大でかつての村はいまだにさら地のまま。唯一残った「市民の塔」はレジスタンスのシンボルとして再建を目指しているものの、現在は崩れ落ちないように補強されただけで、復興にはまだまだ時間がかかりそうです。
 息子たちも大好物のアマトリチャーナを家で作りつつ、いつかまた発祥の地であるこの村で極上の一皿を味わえることを切に願います。(つづく)


★アマトリーチェへのアクセス
最寄りの鉄道駅はグリシャーノ(Grisciano)、そこからバスで25分。主要都市から公共交通機関で行くのは大変ですが、車であればローマから2時間ほどで行くことができます。

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/
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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。さまざまな分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の個人旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。ありのままの日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村などイタリア各地の魅力を発信している。
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