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食べるしあわせ
台湾台所探訪記 旅する食文化研究家
佐々木敬子
最終回 ショウガと野球のある生活(高雄)

ジンジエさんと妻のグレースさん

高雄ガオション駅から鳳山フォンシャン駅まで地下鉄でおよそ15分。午後5時に鳳山駅前で待ち合わせをしていました。早めに到着した私は、改札を出てコンコースのベンチに腰を下ろし、超個人的趣味の人間ウォッチング。夕方のせいか、家路を急ぐ人々が足早に行き交っていきます。約束の時間が近づき駅舎の外へ出ると、ほどなくして颯爽さっそうとバイクでジンジエさんが現れました。そしてヘルメットを私に手渡し、「後ろに乗って~」と、ひと言。5分ほどであっという間に自宅へ到着しました。

45歳のジンジエさんは、築37年の5階建てマンションの最上階、40坪(約132平方メートル)4LDKの間取りに、妻のグレースさんと2人で暮らしています。出迎えてくれたグレースさんの案内で家の中に入ると、年季の入ったマンションの外壁とは対照的に、内部はリノベーションされ、白を基調とした清潔感あふれる15畳ほどのリビングが広がっていました。リビングやダイニング、台所の床はひんやりとしたタイル張り。台湾の家を訪ね歩くうちに、床がタイル張りなのは偶然ではなく、高温多湿の台湾でより涼しく過ごすための工夫なのだと気づきました。日本の家ではあまり見られない素材選びにも、土地の気候が反映されています。

2021年に、「好薑來ハオジャンライ」という自社ブランド名を付けたショウガ調味料、老薑麻油醬ラオジャンマーヨウジャン(ひねショウガと黒ごま油ソース)の販売を始めたジンジエさん。もともとは台湾最南端、屏東縣ピンドンシェンの北西に位置する里港リーガンという場所でバナナの苗を育てる仕事をしていましたが、事業として大きく成長させるのは難しいと判断し、思いきって体によいショウガ調味料の開発に舵を切りました。製造工場がある台湾北東部、宜蘭イーラン近郊の小規模農家が生産するショウガを原料に使うことで、地域の農産物振興につながることも意識して取り組んでいます。
さっそく味見させてもらうと、ほどよい塩気と香ばしい黒ごま油、そこにショウガの香りが重なります。なぜ日本にはないのだろうと思うほどのおいしさ。何にかけても合う万能調味料です。

ちなみに老薑ラオジャンとは、日本のスーパーで通年出回っているショウガ(ひねショウガ)のこと。
収穫後すぐに消費される新ショウガに対し、老薑は収穫後およそ10カ月冷蔵庫で熟成させます。それにより水分が抜けて繊維質が多くなり、ジンゲロールという成分が増えて殺菌効果が増加。加熱するとショウガオールという物質へ変化し、体を芯から温める働きが強まります。台湾の家庭料理は、ショウガなどの香味野菜をまず油で炒めて香りを立たせるのだと、新北シンベイで出会ったリンさんが教えてくれたのを思い出しました。香りづけでありながら健康にもよい、一石二鳥の知恵なのでしょう。

台所では、この「好薑來」を使った老薑麻油炊飯ラオジャンマーヨウチュイファン(ひねショウガと黒ごま油ソースの炊き込みごはん)が、電鍋の中で炊きあがりを待っているところでした。冬瓜蛤蜊薑絲湯ドングゥアーハーリージャンスータン(トウガンとハマグリのショウガの千切りスープ)は、トウガンが透き通るまで下ごしらえ済みです。
「まだまだ、たくさん作りますよ」
そう言って笑いながら夫のジンジエさんを促すと、グレースさんは冷蔵庫から「干貝蝦滑ガンベイシャーファー(貝柱とエビのすり身)」と書かれた三角の袋を取り出し、先端を切ってフライパンへ絞り出しました。ギュッと絞ると1センチ幅の薄いピンク色のエビとホタテのすり身がフライパンの上に伸びていきます。便利そうで、どこに売っているのか質問してみると、スーパーマーケットで手軽に買えると教えてくれました。熱したフライパンに干貝蝦滑を絞り終えると、そこへ斜め切りのキュウリを投入。やがて小黄瓜炒蝦滑シャオホァングゥアシャーファー(キュウリと貝柱、エビのすり身炒め)が完成しました。

調理は妻のグレースさんの主導で進められていくものの、ジンジエさんも妻の動きを気にかけながら手際よく炒め物を仕上げていきます。炒白蝦チャオバイシャー(白エビ炒め)、娃娃菜炒小巻ワーワーツァイチャオシャオジュアン(ミニ白菜とイカの炒め物)などのできたての料理が、次々とリビングのテーブルに運ばれていきました。


なんとたった1時間程度で老薑麻油炊飯と7品のおかずが完成! その手際のよさに圧倒
されながら席に着き、「普段の料理で、とお願いしましたが……毎日こんなに作るのですか?」と聞くと、ジンジエさんが笑いながら高価と思われる大ぶりのエビが並んだお皿を指さして「炒白蝦はないね!」と暴露。するとグレースさんが「そんなことないわ、いつも作るわよ!」といたずらっぽく重ねます。
そんな2人の仲睦まじい姿を見ながらテーブルの上にずらりと並んだ料理を食べ始めると、小黄瓜炒蝦滑は炒めたキュウリの歯ごたえと貝柱とエビの塩気が絶妙。老薑麻油炊飯は、ごま油とショウガのエキスが米に染み込んでいます。炊き込みごはんとおかずを交互に食べていくと、困ったことに口に運ぶ箸が止まらなくなってしまいました。

リビングの棚を見ると、野球のサインボールが大事そうに飾られていました。話を聞くと、ジンジエさんの宝物です。10歳から12歳までバドミントンと陸上競技を経験し、中学生から野球へ。45歳の今も野球への情熱は変わらず。2027年に日本で開催される「ワールドマスターズゲームズ関西2027」(※1)への参加を予定しているそうです。
「特に好きなのは、廖敏雄マオ・ミンション選手です。技術も外見も人柄も、彼のすべてに憧れているんですよ」
目を輝かせながら語るジンジエさんの姿に、今日初めて駅で出会ったときから感じていた爽やかさの理由が少しわかった気がしました。(おわり)

※1 ワールドマスターズゲームズ(IMGA)が主催する世界的スポーツ大会。1985年から4年ごとに開催されていて、主に30歳以上のスポーツマンが参加できる。

【佐々木敬子さんのInstagram】https://www.instagram.com/estonianavi/
◎佐々木さんのインタビュー記事「キッチンで見つけた素顔のエストニア」はコチラ⇒

この連載が本になります!


佐々木敬子さんの好評連載「台湾台所探訪記」が本になります。WEBマガジン掲載の原稿に新規原稿を加えて内容を充実、さらに、佐々木さん自身の筆による台所のイラスト間取り図をカラー掲載するなど、よりパワーアップした内容で皆さまのお手元にお届けする予定です。刊行は2026年夏ごろを予定しています。楽しみにお待ちください!
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【ささき・けいこ】
旅する食文化研究家。料理教室「エストニア料理屋さん」、バルト三国の情報サイト「バルトの森」主宰。会社員時代に香港駐在を経験したのち、帰国後は会社務めの傍ら世界各地を旅して現地の料理教室や家庭でその国の味を習得。退職後の2018年からエストニア共和国外務省公認市民外交官としての活動を始め、駐日欧州連合代表部、来日アーティストなどに料理提供を協力。企業、公共事業向けレシピ開発やワークショップ、食文化講演なども行う。著書に『旅するエストニア料理レシピ』、『バルト三国のキッチンから』(産業編集センター)。
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