
ビーフンの産地として知られる新竹
2019年の春に会社を退職してから自由に休むことができるようになったため、「海外旅行に行こう!」と思った私が真っ先に飛んだのは6月の台湾でした。台湾の食文化に興味があったため、料理のワークショップに参加したり、市場をぶらりと歩き、どんな食材があるかを目にしたりしました。そして台湾北西部、
新竹に実家のある元同僚のリディアさんの自宅に招待してもらい、家庭料理をごちそうになったのでした。
それから6年後、リディアさんの実家を訪ねるため、私は再び新竹駅に降り立ちました。日本統治時代の1913年に建てられた台湾で最も古い重厚な駅舎を眺めながら、リディアさんのご家族とにぎやかな食卓を囲んだのは、もう6年前のことになるのだとひとり感慨にふけってから駅前のロータリーでタクシーに乗り込むと、5分ほどで到着です。私が到着したときに迷わないように、家の前でリディアさんと父のウーヤオさんがわざわざ待っていてくれました。
新竹といえば、世界的に有名なハイテク産業の中心地・新竹サイエンスパーク(新竹科學園區)があります。そこで父のウーヤオさんは機械設計エンジニアとして、母リールーさんはCADオペレーターとして働いています。一方、リディアさんは新竹から1時間半ほどの台北にある液晶モニターメーカーで海外のユーザーサポートとして勤務しているため、平日は台北で暮らしていて、週末だけ実家のある新竹に戻っています。
道路に面した屋根付きの駐車場から敷地内に入ると、その先に玄関があり、入ってすぐの場所には15畳ほどのリビングが広がっています。リビングの奥には10畳ほどのダイニングルーム、その左手にはおよそ8畳の台所が見えました。大きめの冷蔵庫が2台、リビングとダイニングの間に鎮座していました。リビングとその2階部分は60年前に建てられ、その後38年前にダイニングや台所、3階が増築されたそうです。リディアさんの祖父母の時代には最大で8人が暮らしていましたが、孫世代のリディアさんやご兄妹はすでに独立し家を出ています。2022年には、この家を建てた祖父母も相次いで亡くなられたとのこと。冷蔵庫が2台あるのは、大勢の家族が暮らしていたころの名残なのです。

真っ白なタイルで囲まれたリール―さんの台所
平日はウーヤオさんとリールーさんの夫婦二人でここに暮らしていますが、週末になるとリディアさん含む、きょうだいとそれぞれの家族が集まり、家はにぎやかになるそうです。この日も週末だったのでリディアさんとリディアさんの兄、そして妹がそろっていました。台所に入ると、38年も前から使われている台所とは思えないほど、床も壁も真っ白なタイルで囲まれ、まるで理科実験室のよう。料理をすると油や汚れが飛び散るので白は敬遠されがちだと思っていましたが、むしろ白だからこそ汚れが目立ち、掃除すべき場所がわかるわけです。この台所の清潔さを見て考えを改めました。
お昼は焼き
炒米粉(炒めビーフン)を作ることになり、リールーさんの調理が始まりました。新竹といえば特産の
新竹米粉が有名です。新竹は年中強い風が吹くために、乾燥したビーフンを作るのに適しており、ビーフンの産地となったそうです。ビーフンの産地でビーフンを食べられることに私はうれしくなっていました。リールーさんが手にしたのは、乾燥前の
濕米粉(生ビーフン)。新竹でしか手に入らないもので、もちもちした乾燥ビーフンに比べて切れやすいのが特徴だそうです。

食材を中華鍋で炒める
台所には、あらかじめ下ごしらえされた食材が並んでいて、リールーさんの段取りの良さが伝わってきます。大きな中華鍋に油を熱し、約2センチに切った青ネギ、細かく刻んだニンニク、干しエビを入れ、みりんをひとふり。その後、キャベツの細切りやニラ、モヤシを加えてお湯を2杯、さらに麺つゆと日本の顆粒出汁「かつおちゃん」を振り入れます。最後にビーフンを入れて味見をしたら完成です。火をつけてから、わずか5分ほどでできあがりました。
食卓には、近くの「
田記烤鴨」というローストダック専門店でテイクアウトしたローストダック、そして
鴨架(カモの骨)をハクサイなどと煮込んだスープ、
白菜鴨架湯も並んでいました。そう、この店は1羽のカモをすべて持ち帰ることができるのです。
かわいいお椀に盛られたビーフンを口に含むと、優しい味わいが広がります。日本の家庭料理よりも優しい出汁の風味をまとったビーフンは、つるつると喉を滑っていきました。続いて、薄いクレープ状の餅皮に
甜麺醤を塗り、ネギとローストダックをのせて食べると、淡白なクレープに濃厚なカモ肉、そしてネギと甜麺醤のアクセントが加わり、口の中は一気に幸福感に包まれます。そしてスープは白菜の甘みとカモの旨みが溶け込み、滋味深い味わいでした。濃厚な鴨肉の後に淡白なビーフンを食べると、また箸が進みます。
「そうか、ビーフンは主食なんだ……」
そんな言葉が自然と脳内に出てきました。ここではビーフンはおかずではなく主食だから、強い味付けにする必要がないのだと腑に落ちました。
「ローストダックはテイクアウトが断然お得なんですよ。レストランで食べるとだいたい3倍は高いですから!」と、リディアさんが力を込めて教えてくれました。もし私が新竹に住んでいたら、間違いなく頻繁にこの店に通い詰めるでしょう。
食後、ダイニングの窓から見える庭に出てみました。およそ40坪(約132平方メートル)ほどの敷地は周囲を建物に囲まれ、プライベートな中庭のようになっています。芝生の緑と、くっきりした青空、白い壁のコントラストがまぶしいほどです。「この庭の移ろいを感じながら、家族で食卓を囲んできたのだな」と、庭の上に広がる青空を見ながら思わず深呼吸したのでした。
台湾では米の生産が盛んなことから、さまざまなビーフン料理があるそうです。インターネットで調べてみると、
米粉湯(汁ビーフン)は北部では太いビーフン、南部では細いビーフンが使われて、具のバリエーションも肉、海鮮、タロイモなどが入った多彩なメニューがあるようです。次回は台湾南北の米粉湯を食べに行こうと私は密かに心に決めたのでした。(つづく)
【佐々木敬子さんのInstagram】
https://www.instagram.com/estonianavi/◎佐々木さんのインタビュー記事「キッチンで見つけた素顔のエストニア」は
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