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食べるしあわせ
台湾台所探訪記 旅する食文化研究家
佐々木敬子
第7回 土地公の誕生日に蘿蔔糕をいただく(桃園)

ダイニングから台所と後陽台を望む

台北タイベイ駅から新竹シンジュー駅行きの台灣鐵路タイワンティエルーに乗って約1時間。揚梅ヤンメイ駅の改札を出ると、日差しの中で手を振るシュウユさんの姿がすぐに目に入りました。彼女の自宅は駅から車で約10分。夫のティエンツーさんの運転で自宅へ向かうと、4階建てのテラスハウスが何棟も並んでいました。シュウユさんと夫のティエンツーさんは62歳。シュウユさんは看護師を経て現在は特別学校の教諭として勤務、ティエンツーさんは台湾のデンソーで経理として働き、定年後は趣味の海釣りを楽しみつつ穏やかな毎日を過ごしているそうです。2人にはすでに成人となり独立した双子の娘たちがいます。

玄関前の駐車スペースに車を停めて家に入ると、リビングの奥にダイニング、その先に台所、そして後陽台ホウヤンタイ(半屋外の洗濯機、物干しなどがあるドライスペース)まで真っすぐに続きます。この一直線に続く間取りは台湾の家によく見られる造りです。暑くて湿度の高い時期が長い台湾では、室内で快適に過ごすために部屋を壁で遮らず、風通しよい構造にする工夫が施されているのです。

フライパンで蘿蔔糕(大根もち)を焼く

蘿蔔糕とシュウユさん

この日シュウユさんが作ってくれるのは、得意料理だという蘿蔔糕ローボーガオ(大根もち)です。蘿蔔糕といえば飲茶やむちゃ(※1)のレギュラーメニュー。見た目は角餅のようですが、口に入れると表面はカリカリで中はホロホロとした食感、ほんのり大根の甘さを感じられるひと皿です。「台湾の蘿蔔糕って大根だけで他の具が入ってないのよ。それだとあまりおいしくはないと思うから、私は“香港式”の具ありバージョンで作るの」とシュウユさん。私も香港に住んでいたときに現地の飲茶レストランで蘿蔔糕を食べたことが何度もありますが、その中に細かい干しエビやシイタケが入っていたことを思い出しました。そして、それは香港スタイルなのだと彼女の話で初めて知りました。

シュウユさんは事前に冷やし固めておいた蘿蔔糕を冷蔵庫から出し、切り餅サイズに薄く切ってからフライパンでこんがり焼き色をつけると、表面はカリカリに、中はホクホクに仕上がりました。味見を促されて口に入れると、大根の優しい甘さと干しエビの旨みが舌に広がり、まさに香港の飲茶レストランで出てきた「あの味」でした。あまりのおいしさにつまみ食いが止まらなくなってしまった私を見て笑いながら、シュウユさんはフライパンに残っていた蘿蔔糕に溶き卵をかけて焼き始めました。台湾の屋台でよく見かける蘿蔔糕加蛋ローボーガオジャーダン(大根もちの卵絡め焼き)です。屋台の味まで食べられることに、ますますうれしくなりました。

炒米粉チャオミーフェン(炒めビーフン)、客家小炒カージャーシャオチャオ(客家定番の炒め物)、三杯雞サンベイジー(鶏肉を甘辛く炒めたもの)、そして芥菜炒蝦仁ジェツァイチャオシャーレン(カラシナとエビ炒め)。シュウユさんは次々と手早く仕上げていきます。たくさんの料理を作ってくれた彼女に感謝しながらすべての料理を食べ終えると、「今日は旧暦の2月2日、土地公トゥディゴン(土地の守護神)の誕生日なのよ。一緒にお参りに行かない?」とシュウユさんが誘ってくれました。

發財福德祠の祭壇

家から歩いて5分ほど、發財福德祠ファーツァイフーダァツーという土地公がまつられている小さな廟へ向かうと、そこにはお菓子や果物が山のように供えられていました。「土地公は甘いものが好きなのよ」とシュウユさんは笑いながらお菓子の袋を供え、静かに手を合わせ、土地公拜拜金紙トゥディーゴンバイバイジンジーという、印刷されたお金(本物の紙幣ではありません)を燃やします。彼女は自宅から持参した黄色い紙の札束を一枚一枚燃やしやすいように広げ、金爐ジンルー(紙の札束を燃やすための炉)の火の中に入れていきます。紙のお札は勢いよく燃えて炉の中の火は勢いを増し、天に届けられるかのように炎が力強くゆらめいていました。私は炉の炎を見つめながら、土地公は甘いものもさることながら、お金も好きなんだな……と邪推したのでした。

土地公の廟は地域の安全や五穀豊穣、商売繁盛などを祀る場所です。この日は土地公の誕生日とあって、近所の老若男女も頻繁にお参りに訪れていました。調べてみると台湾には小さなものから大きなものまで道教の寺廟がおよそ9700以上(※2)存在し、個人で建立されたほこらなども含めると、さらに数えきれないほどあるといわれています。台湾の人々にとって、農作物が育ち、生活や文化の基盤でもある「土地」は、生きるためには欠かせないもの。土地の守護神である土地公は大切にするべき存在なのでしょう。

住んでいる場所を大事にすることで、そこで育つ食材を食べ、健康的で幸せな時間を過ごすことができるようになる――台湾の人々が心の中に宿している「大切にしていること」を、土地公の誕生日に目の当たりにした気がしました。(つづく)


※1 中国の広東省や香港などで食べられている飲食スタイル。主に朝食として中国茶を飲みながら、焼売しゅうまい饅頭マントウ、蒸した鶏肉や豚肉などを少しずつ食べる。
※2 中華民國內政部『近十年寺廟登記概況公務統計表』2015-2024年
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【ささき・けいこ】
旅する食文化研究家。料理教室「エストニア料理屋さん」、バルト三国の情報サイト「バルトの森」主宰。会社員時代に香港駐在を経験したのち、帰国後は会社務めの傍ら世界各地を旅して現地の料理教室や家庭でその国の味を習得。退職後の2018年からエストニア共和国外務省公認市民外交官としての活動を始め、駐日欧州連合代表部、来日アーティストなどに料理提供を協力。企業、公共事業向けレシピ開発やワークショップ、食文化講演なども行う。著書に『旅するエストニア料理レシピ』、『バルト三国のキッチンから』(産業編集センター)。
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