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食べるしあわせ
台湾台所探訪記 旅する食文化研究家
佐々木敬子
第6回 朝市とQQ(淡水)

この日の目的地は淡水ダンシュイです。淡水駅は台北タイベイ駅から電車でおよそ40分。台北盆地の北西に位置する、古くから港町として歴史ある場所です。駅でのシーズさんとの待ち合わせは午前9時。少々早い時間ですが、それには理由がありました。彼女が私に、「淡水市場ダンシュイシーチャンを案内してあげますよ」と言ってくれたからです。駅から徒歩5分ほどの場所にある淡水市場は、野菜や魚、肉、惣菜など多種多様な食材を購入できる地元密着の市場。午前8時ごろから始まり、昼過ぎには店じまいです。
駅前で待っていると、シーズさんがショッピングカートを引いて颯爽さっそうと登場しました。さっそく市場へ出発です。市場に近づくと、だんだんと人が多くなってきました。上り坂の両脇に並ぶ店の軒先に、野菜を売る人が即席の店を広げています。色とりどりの野菜が路地を彩り、売り手の威勢のよい声が響いています。原付バイクで店先まで乗りつける人もいて、周囲は混沌とした雑踏となっていました。この雰囲気に慣れていない私はシーズさんの買い物についていくのにやっと。魚の匂い、香辛料の香り、ぶらさげられている烤鴨カオヤー(ローストダック)の熱気が入り混じり、五感が一気に刺激されます。

食べ物の香りや人々の熱気に圧倒されそうになりながら練り物店の前に着くと、シーズさんは魚丸ユーワン(魚のつみれ)の味見を私に促しました。店主が笑顔で差し出してくれたできたて熱々の魚丸は、今まで食べたことのない旨みが口の中を占拠します。シーズさんは店主と語らい、どれが旬なのかを確かめながら、欲しい物をどんどんと購入していきます。こうして市場の通りをそぞろ歩きしていくと店はだんだんとなくなり、やがて民家が立ち並ぶ情景へ変化していきました。それもまた通り抜けて少し歩くと、シーズさんの自宅に到着です。

彼女の家は11棟のマンション群の一角にある13階建ての6階、築24年で27坪(約90平方メートル)、3LDKです。日本語を流暢りゅうちょうに話すシーズさんは61歳。日本の武蔵野美術大学を卒業し、台湾の服飾関係の仕事を経て臺北市立美術館タイベイシーリーメイシューグァンに勤めたのち、8年前に定年退職。現在は社会人大学の講師をしたり、淡水の観光ガイドボランティアをするなど、地元を中心に多岐に渡った活動をしています。4歳年下の夫は小学校の美術の先生だったそうで、定年後の今も嘱託で教員をしています。2人の娘は社会人と大学生ですでに家を出ているため、現在は夫婦2人暮らしです。


シーズさんがノートにあらかじめ書いてくれていた今日のメニューは、三杯雞サンベイジー(鶏の甘辛炒め)、蒜蓉白肉スァンロンバイロウ(茹で豚のソースがけ)、蒜蓉炒西蘭花スァンロンチャオシーランファー(ブロッコリーのニンニク炒め)、蜜汁蕃茄ミージーファンチエ(トマトのシロップ漬け)、魚丸湯ユーワンタン(魚のすり身スープ)の5品です。
四菜一湯スーツァイイータンといって、4品のおかずと1種類のスープという中華料理での基本の品数のことなの。これに主食(米や麺)が加わって食卓が完成するのよ」

そう言いながら、シーズさんは魚丸湯の調理に取りかるために電鍋ディエングゥオ(台湾生まれの万能調理器具)の蓋を開けました。電鍋の内鍋に、市場で購入した魚丸、細かく切ったホワイトセロリ(※1)、水と塩とみりんをすべて入れてスイッチを押したら、後は完成を待つだけです。
その間に三杯雞の作り方を見せてくれました。まずは、ひと口サイズの鶏肉とスライスしたショウガをフライパンで焼きます。鶏肉の皮から出る油のジュウジュウという音とともにショウガの香りが立ち上ると、フライパンから鍋へ鶏肉とショウガを移し、そこに醤油と米酒ミージョウ(※2)、砂糖をまわしかけ、仕上げに白こしょうと辣椒粉ラージャオフェン)(唐辛子の粉)を投入したら完成です。「三杯雞」という名前は、醤油、酒、砂糖を同じ分量入れることが由来だそうです(※3)。

シーズさんは三杯雞に続いて残りの2品も手際よく作っていきます。電鍋で作っていた魚丸湯もタイミングよくできあがりました。あっという間にテーブルには色とりどりの料理が並びます。調理前よりもふた回りほどスープを吸い込んで大きくなった魚丸を力強くかじると、スープがジュワッと魚の旨みとともに出てきました。日本のつみれや、かまぼことはまったく違う魚丸の強い弾力は、地瓜粉ディーグワーフェン(サツマイモの粉)を魚肉に入れるためだそう。

「こういう食感を台湾ではQQキューキューと呼ぶんですよ」とシーズさんから教えてもらいました。「QQ」という言葉が気になって後で調べてみると、その語源は台湾語(※4)の「𩚨キウ」。弾力や粘り気があるモチモチとした食感を意味するそうです。
それからというもの、私はQを追ってしまいました。米袋に「Q彈キューダン(噛みごたえがある)」、夜市の看板に「QQ蛋キューキューダン(サツマイモ粉の揚げ菓子)」、グミの袋には「QQ糖キューキュータン」……。どこへ行ってもQ、Q、Q! モチモチとした弾力のあるものが、台湾の人々にとって大好きなものなのだと知ることとなったのでした。(つづく)


※1 一般的なセロリより茎が細く、ミツバに似ている。
※2 台湾の料理に使われる米酒は蒸留酒で、醸造酒の日本酒とは違って甘さがない。料理の臭みを消したり、下味をつけたりする際に使うことが多い。
※3 醤油、酒、ごま油が同量という人もいる。
※4 17世紀に福建省南部から台湾に渡った人々の閩南語ミンナンユーを起源とし、台湾の歴史、社会や暮らしの中で独自に発展してきた言葉。


【佐々木敬子さんのInstagram】https://www.instagram.com/estonianavi/
◎佐々木さんのインタビュー記事「キッチンで見つけた素顔のエストニア」はコチラ⇒
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【ささき・けいこ】
旅する食文化研究家。料理教室「エストニア料理屋さん」、バルト三国の情報サイト「バルトの森」主宰。会社員時代に香港駐在を経験したのち、帰国後は会社務めの傍ら世界各地を旅して現地の料理教室や家庭でその国の味を習得。退職後の2018年からエストニア共和国外務省公認市民外交官としての活動を始め、駐日欧州連合代表部、来日アーティストなどに料理提供を協力。企業、公共事業向けレシピ開発やワークショップ、食文化講演なども行う。著書に『旅するエストニア料理レシピ』、『バルト三国のキッチンから』(産業編集センター)。
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