それでは実際に旅先でのスケッチをイメージしてみましょう。
例えば、小さな村をひと通り見て回ったとします。その間、あなたは「あ、ここいいな」と思える風景にいくつか出会えるでしょう。しかし、現地で実物を見ながら絵を描こうとすると、人の行き来が多い場所は落ち着かなかったり、腰を下ろす場所がなく描きづらかったりと、屋外スケッチならではの問題にぶち当たります。
さらにバスの本数が少ない村だったりすると、帰りの時間を逆算して行動しなければならず、スケッチのための時間がゆっくり取れないこともしばしば。スケッチツアーなど、それ専用の旅の場合は別として、プライベートな旅でのスケッチはなかなかハードルが高いのです。
そこで私は、目の前の風景の描きたいところだけを描き、塗りたいところだけを塗る、そんな時短スケッチをいつも心がけるようにしています。とにかくその場で描くという臨場感を大事にし、完璧に描けなかったとしても自分を責めません。場合によってはメモ書きにペンでチャチャッと風景を描くだけだったりもします。でも、それでもOK! 最初の第一歩さえ踏み出せたら、少しずつ屋外という慣れない環境でのスケッチができるようになってきます。
遠景、近景、そのほか印象に残った場面やモチーフなどをしっかり撮影してデータに残しておけば、その日の夜にホテルの部屋で、あるいは旅から帰ってから家で、写真を見ながらスケッチすることもできます。決して実物を見て描くことだけが正解ではありません。むしろ旅を振り返りながら描く時間を持つことで、何度も旅のワクワクを反復できるわけで、私はこうした時間も描き旅の一部だと思っています。
屋外でスケッチする際はその場を汚さないことにも配慮しています。ごみを残さないのはもちろんですが、絵具を溶いた水も地面に捨てないで済む描き方をしています。
実は絵具の中にはカドミウムやコバルトといった有毒な成分が含まれているものがあります。発色の鮮やかさから、私もそれらの絵具を使っていますが、たとえ微量であっても棄てるには抵抗があります。
とはいえ、絵具を使って絵を描くには水が必要です。そのためこの連載の
第7回で紹介した水筆を、少ない水でもスケッチできるように工夫して使っています。
例えば、空を描くときに紙全体を水で濡らしたいのなら、水筆の軸を握って紙に必要な量だけ水を垂らして広げます。穂先の色を変えたい時は、ティッシュで筆に付いた絵具をしっかりぬぐい取り、それから小さな容器の上で水筆の軸を握って水を垂らし、残った色を流し落とします。小さな容器に溜まった水は、最後にティッシュに吸わせて持ち帰れば地面を汚すこともありません。
そのほかにも環境に配慮した絵具を選んだり、絵具を洗った水を蓋のできる容器に入れてそのまま持ち帰ったりと、やりようはいろいろあると思いますが、いずれにせよ、描かせてもらった場所に対する気遣いは忘れたくないものです。
最後にスケッチブックを一冊仕上げるためのコツをお伝えします。
私はいつも旅に出る前に持って行くスケッチブックのページ割りをし、どこの風景をどこに描くか、だいたい決めています。そして付箋紙などにイメージやレイアウトを書いたメモを各ページに貼っておき、旅のスケジュールに沿って描きたい風景を所定のページに描いていきます。
そうするとスケッチブックが飛び飛びに埋まっていくのですが、人間って不思議なもので、絵が飛び飛びにあると、後から白紙のページを少しずつ埋めたくなるのです。その結果、時間はかかっても最後までモチベーションを維持して描き切ることができます。
私自身、昔はスケッチブックの最初から順に描いていたのですが、それだと後半の真っ白なページに対して途方に暮れ、手が止まってばかりでした。恥ずかしながら、そんな未完成のスケッチブックがたくさんあります。最近ようやく要領が分かってきて、一冊を仕上げられるようになったのです。当然、やり方は人それぞれですから、最初のページから描いて仕上げられる方はそのままでいいと思います。
旅は日頃がんばっている自分へのご褒美期間です。まずは旅そのものを楽しむことが最優先。せっかくお金と時間をかけて旅に出るわけですから、すてきな景色に感動し、カフェやレストランでおいしい食を味わい、その土地ならではの空気を思い切り楽しまないともったいない! 旅先でのスケッチは「できる範囲でやってみよう」くらいの軽い気持ちでスタートするほうがよいのです。
もし描いたスケッチが寂しい印象なら、後からお花の絵を描き加えればいいし、実際はお天気が悪くて曇り空でも青空に描いてしまえばいい。自由に絵作りができるのも、スケッチのいいところです。こうして仕上げた一冊は、きっと一生の宝物!
皆さんもぜひ、旅のスケッチブック作りにチャレンジしてみてください。(おわり)
☆あべまりえさんの公式サイト・ブログ・SNS
【watercolour space PAPIER(パピエ)】
https://marie-abe.com/【あべまりえ 日々の水彩 日々のこと】
https://ameblo.jp/marie-abe/【Instagram】
https://www.instagram.com/marieabe/?hl=ja☆YouTube【南仏描き旅日和】であべまりえさんの制作現場を公開!
絵を描き上げるまでのプロセスを動画で見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=EzibEyJIkm0