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美しいくらし
南仏描き旅日和 水彩イラストレーター
あべまりえ
第1回 絵心がときめく風景
「旅先でゆっくり絵を描く時間は、まさに宝物」と話すのは、好評既刊『フランスの小さな村だより12カ月』など、木蓮さんの著書3冊に優しい色合いの可憐なイラストを添えてくれた水彩イラストレーターのあべまりえさん。旅の途中で出会った風景や出来事をスケッチしながらの“き旅”をライフワークにしています。目の前の景色にじっくり向き合い、筆を走らせることで、思い出の一つひとつが心の奥深くに刻まれる”描き旅”。本連載の舞台は、その土地で育まれた豊かな自然や文化が人々の心を惹きつける南仏プロヴァンスです。スケッチを見るたびに何度でも鮮やかによみがえる旅の魅力を、南仏の光や風も感じさせてくれるみずみずしいイラストとともにお楽しみください。

* * *


若いころ、バックパックを背負ってヨーロッパを旅することが大好きでした。そのときから、一冊のノートに旅日記をつけ、落書きのようなスケッチを描いていました。風景だけでなく、電車の前の席に座っているお爺ちゃんや、ホテルの朝食、気になる雑貨や植物などなど、そのときどきで気になったものを殴り書きのようにササッと。そして、そんなノートを後から見返す時間は、とても楽しいものでした。

それから何十年経った今も、私の描き旅スタイルはほとんど変わっていません。ペンと水彩絵具で描く気軽なスケッチを、旅の間や旅が終わった後に、思い出の記録として楽しんでいます。

昨年末、ある方に、「絵の題材だらけだよ~」と勧めてもらったのが、南フランスでした。過去に地中海に面したニースやモナコ、マルセイユに行ったことはあれど、プロヴァンスの内陸部は行ったことがなく、私にとっては昔からの憧れの地。今年こそは海外へ!と決めていたので、2024年の正月明けから少しずつ準備を整え、いよいよ7月、南仏へと旅立ちました。季節は、ちょうどラヴェンダー畑が満開のころ。心落ちつく爽やかな香りと、どこまでも広がる明るい青空が、旅人の私を迎えてくれました。空を飛び交うツバメ達、ショワショワ聞こえる蝉の声、川沿い広場のペタンクの音。ドキドキワクワク、描き旅の始まりです。

ニース駅から電車を乗り継ぎやってきたリュベロン地方には、小さな美しい村々が点在していて、大好きな石畳の路地やアーチ、外階段に可愛い窓、お洒落な看板や雑貨屋さんなど、本当に「絵の題材」の宝庫でした。レストランにカフェ、高台から望むパッチワークの大地、遠くに見える鷹の巣村、ブドウ畑、オリーブ畑、etc. 正直、目をつむってシャッターを押したとしても素敵に写真が撮れるのでは? と思うくらい、素晴らしい風景だらけ。ただ前を歩く人たちですら、背景に溶け込み魅力的に感じてしまうのです。


特に印象的だったのは、あちこちで出会ったプラタナスの木々と木漏れ日の美しさでした。南仏の夏の太陽は、とにかく光線の勢いが強い! プラタナスの木は、葉っぱが大きく密集していて良い木陰を作ってくれるのですが、南仏の太陽は、その葉っぱたちの隙間を力強くくぐり抜けていきます。太い幹やその下の広場、カフェのテーブルにこぼれ落ちる、木漏れ日のキラキラした揺らぎ。それらは、そこにあるモノの魅力を一層引き上げ、私の中の描きたい気持ちを、大いにくすぐるのでした。

かつてゴッホが療養していた、サン・ポール・ド・モゾール修道院も訪れたのですが、そこで、彼が夢中になって描いたであろう木漏れ日の絵(レプリカ)と出会います。きっとゴッホも、私と同じように南仏の光に気持ちがソワソワしたのでしょう。少し技法的な話になりますが、油絵画家さん達は、白を混ぜた明るい色で、光そのものを筆のタッチで表現することができます。一方、私たち水彩画家は、紙の白を残すことで光を表現するので、実際に筆で描くのは影の色になります。この日は、光を直接筆の動きで表現できる油絵画家さんが、ちょっとうらやましい気持ちになりました。


さて、南仏には、“鷹の巣村”と呼ばれる、岩山の急斜面に民家が集まる集落がたくさんあります。その歴史について、少しだけふれたいと思います。昔々中世のころ、民族大移動と侵略が繰り返された時代、土地の人々は攻めにくく守りやすい山岳の頂上付近に村を作り、堅固な石塀で囲んで要塞化しました。攻めてくる敵に対し石を上から投げたり、熱した油をかけたりして、侵略に抵抗したのだそうです。

ただ、争いの時代が落ち着いてくると、人々は山から下りて平地に暮らすようになり、鷹の巣村は空き家だらけになります。時が経ち、今度は画家などのアーティストたちが、夏の間のアトリエとしてその村に移り住むようになり、その画家のとりまき達もパリからやってきて住み始めます。眺めがよいこともあり、ヴァカンスでやってくる人たちも増え、カフェやレストラン、ギャラリーやホテルもできて、村に再び活気が戻ります。リュベロン地方やアルピーユ山脈付近の村々が、田舎とはいえ洗練されているのは、そうした歴史的背景があるからなのでしょうね。


今回のプロヴァンスの村巡りでは、南仏に15年暮らしている現地ガイドのクルテュー葉子さんに、大変お世話になりました。今回の旅レポは、彼女からお聞きした楽しい話も織り交ぜながら、どこまでも旅人目線で綴らせていただきたいと思います。いずれにせよ、どこを切り取っても絵になる南仏の風景は、過去の画家たちだけでなく、この水彩画家(私)の絵心もたっぷり刺激してくれました。これから少しずつ、心に残った風景やおいしかった食べもののことなど、スケッチとともにお伝えしますね。どうか引き続き、お付き合いいただけたら幸いです。(つづく)

☆あべまりえさんの公式サイト・ブログ・SNS
【watercolour space PAPIER(パピエ)】https://marie-abe.com/
【あべまりえ 日々の水彩 日々のこと】https://ameblo.jp/marie-abe/
【Instagram】https://www.instagram.com/marieabe/?hl=ja
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【あべ・まりえ】
大阪府生まれ。大阪教育大学美術学科卒業。水彩イラストレーター、水彩画家、水彩講師、カリグラファーズ・ギルド会員。初めての個展を開いた2000年以降、透明水彩絵具を使った作品を毎年発表。2003年には築100年の母屋に併設したアトリエで、『watercolour space PAPIER(パピエ)』を設立。水彩画や水彩イラストなどの制作活動をしながら、パピエでの水彩教室、文化教室等での水彩ワークショップなどを行っている。著書に『たのしい水彩の時間‐0からの水彩イラスト』『旅の時短スケッチ』『 暮らしの時短スケッチ 』『透明水彩の教室』(全てBNN新社)など。
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