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美しいくらし
南仏描き旅日和 水彩イラストレーター
あべまりえ
第6回 大切に守られる景観
フランスだけでなくヨーロッパの国々を旅していると、旧市街と呼ばれる古い町並みが、広範囲で守られていることに驚きます。その地域で採れる石や土という素材で造られた、素朴だけど洗練された美しさ。今回訪れた南仏の村々も、山や丘の地形を生かして建てられた集落がそれぞれの魅力を放ち、旅人の心を惹きつけます。
古いアーチをくぐり、ぐいぐい吸い寄せられるように奥へはいると、そこは先の見えない迷路のような路地が続く、まるでテーマパークのような世界……。だけど、全て本物なのです。このような昔のままの姿で何百年も存在する村に出会うたび、中世と現在を行き来するような感覚にとらわれ、胸がドキドキ高鳴るのです。


そんな町や村を歩いていると、かつて人々の暮らしに欠かせなかった泉から今も水が流れ落ち、昔の洗濯場跡もそのまま残されていて、当時の賑わいが目に浮かぶようです。日の長い夏のフランスも、18時を過ぎるころから少しずつ涼しくなり、人々が家の前のテーブルでワイン片手に寛ぐ姿に出会えます。玄関ドアの前が、まるで小さなダイニングルームみたい。ときどきそこに猫ちゃんが居たりして、とってもフォトジェニックなのです。とにかく、どこを歩いていてもため息が出るほど美しく、ヨーロッパの人々が夏のバカンスを過ごす場所として南仏を選ぶのも、大いに頷けてしまいます。


旅の間、思わずスケッチしたくなるロマンチックな窓辺や扉ですが、実は多くの村で厳しい決まりがあり、素材やデザイン、サイズ、場所、鎧戸の色までも、細かく指定されています。日本では考えにくいことですが、その家に住んでいるからといって、持ち主が好きなようにリフォームすることは許されません。だからこそ、古い時代の石積みの壁や、昔の看板まで見事に残されることがあるのですね。

建物の補強についても景観重視の姿勢が強く感じられます。石壁が崩れぬよう、見せてもおしゃれなX型のアイアンが外壁の補強留め具として使われていますし、年月による風化で石が崩れた箇所も時代時代で修復され、そんな継ぎはぎだらけの壁すらかっこよく目に映ります。路地を挟んで建つ双方の家の壁を互いに支える目的で、新たに取り付けられた石のアーチも、違和感なくそこに馴染んでいるのです。

そして、どの村にも教会があって、中に入ると涼しく椅子もあり、旅人の身体を休ませてくれます。ステンドグラスなどの装飾がキラキラ輝く教会も、簡素で静かな佇まいを残す教会も、どちらも崇高で厳か。そこにいると、おのずと感謝の気持ちに満ち溢れてくるから不思議です。
今回、リュベロンの村巡りの途中で、セナンク修道院内を見学する機会がありました。中世のころは、さまざまな階級の人たちがここで共同生活をしていたらしく、畑は農民出の修道助士が、写本は商家出身の書記修道士が行うという役割分担があったようです。中庭の回廊は光と影のコントラストが美しく、そこでは神様の存在をより身近に感じることができる場所として、修道士たちにとって大切な意味を持つのだそう。よく見ると、柱ごとに装飾が違い、何百年経った今でも、当時の石職人たちの巧みな技を間近に見ることができます。

町や村の広場では木漏れ日に輝くプラタナスの木立に遭遇します。その姿をキープするために10年に1度くらい、大きく伸びすぎた木を建物の2階あたりの高さまでバッサリ切り落としてしまうそうで、その瞬間、村人たちは「あーあ」という少し残念な気持ちになるのだとか。でも、数年も経たぬうちに葉がワサワサと茂った元の状態に戻るとのこと。樹木も放っておくと育ち過ぎて大変なことになるので、管理は必須です。

余談ですが、16世紀に地球と人類の未来を予見した、かの有名なノストラダムスの生家が、アルピーユ山脈のふもとにあるサン・レミ・ド・プロヴァンスに残っています。「おぉー、あの大予言者の?!」と興味津々で見に行きましたが、言われなければ分からないくらい普通の民家にまぎれて立っていました(笑)。もはや400年以上前に建築された家すらも、壊されることなく当時のまま大切に残されているのです。

私は縁あって、夫の祖父が建てた築100年になる木造家屋に住んでいます。三代にわたって住み繋いだ家で、趣があって大好きなのですが、やはり維持管理は大変で、ときどき諦めモードになります。でも、今回南仏を訪れたことで、古い家を守ることに少し前向きになれました。フランスという「景観を守る」ことへの意識が高い国であっても、後世に残すべき風景を守り続けることは、決して簡単なことではないでしょう。きっと見えない所で努力されている人がたくさんいて、そういう人たちのおかげで古き良きものが維持されています。古いから壊すのではなく、少しずつ手を加えながら守る。そんな場面に出会うたび、励まされたような気持ちになる旅となりました。(つづく)



☆あべまりえさんの公式サイト・ブログ・SNS
【watercolour space PAPIER(パピエ)】https://marie-abe.com/
【あべまりえ 日々の水彩 日々のこと】https://ameblo.jp/marie-abe/
【Instagram】https://www.instagram.com/marieabe/?hl=ja

☆YouTube【南仏描き旅日和】https://www.youtube.com/watch?v=EzibEyJIkm0
 あべまりえさんがイラストを制作しているときの様子を動画で見ることができます。
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【あべ・まりえ】
大阪府生まれ。大阪教育大学美術学科卒業。水彩イラストレーター、水彩画家、水彩講師、カリグラファーズ・ギルド会員。初めての個展を開いた2000年以降、透明水彩絵具を使った作品を毎年発表。2003年には築100年の母屋に併設したアトリエで、『watercolour space PAPIER(パピエ)』を設立。水彩画や水彩イラストなどの制作活動をしながら、パピエでの水彩教室、文化教室等での水彩ワークショップなどを行っている。著書に『たのしい水彩の時間‐0からの水彩イラスト』『旅の時短スケッチ』『 暮らしの時短スケッチ 』『透明水彩の教室』(全てBNN新社)など。
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