借りた一軒家での暮らしが始まった初日の朝7時、近所の小さなカフェに足を運ぶと、すでにエスプレッソを片手に新聞を読む男性たちでにぎわっていました。雑貨屋さんも兼ねているお店のようで、お菓子や雑誌は並んでいましたが、いわゆるパンが見当たりません。カフェのマダムに「パンはありますか?」と尋ねたところ、「そこのパン屋さんでクロワッサンかパンオショコラを買ってきて、ここで食べて」とのこと。持ち込みOKに少し驚きながらパン屋さんに行ってみると、この時間に棚に並んでいるのが本当にクロワッサンとパンオショコラのみ! さっそく山積みになっていた焼きたてのクロワッサンを買って、先ほどのカフェへ。するとすぐにマダムが「何になさる?」と聞いてくれたので、カフェクレームを注文し、川が見えるテラス席で水車が回るのを眺めながら朝食をおいしくいただきました。地元感のあるアットホームなやりとりがなんだかほほえましいひとときでした。
別の日は、町の中心のお洒落なカフェで、黒板に書いてあったプティデジュネ(朝食)のメニューを注文しました。バゲット、ジャムとバター、ドリンクはオレンジジュースとカフェクレームという、トラディショナルな朝食です。それらがテーブルに並んだ姿は、いかにもフランスの朝という感じでテンションも上がります。
温めて運ばれた細いバゲットにナイフを入れ、バターとジャムを塗る。フランスの食文化を紹介するYouTubeで見たとおりのタルティーヌに仕上げると、気分はすっかりフランス人です。ところがバゲットがめちゃくちゃ硬い! 味はおいしいのだけど、皮の部分で口の端が切れそうなほど硬く、日頃柔らかいパンに慣れている日本人としては、なかなか顎が鍛えられました。そういえば、南仏プロヴァンスの暮らしをつづった作家のピーター・メイルも、本の中で硬いパンのことを「歯ごたえのあるパン」と表現していたなぁ。彼は、この独特の食感を楽しめていたのかな。
アルピーユ山脈のほとり、ブドウ畑とオリーブ畑に囲まれたサン・レミ・ド・プロヴァンスにあるシャトーホテルのお庭で、ランチコースをいただくという贅沢な体験もさせていただきました。立派な門から続くプラタナスの並木道を奥に進むと、キラキラと降り注ぐ木漏れ日の中からシャトーホテルが現れます。青々とした芝生の広大な敷地に立つ建物の横を通ってさらに奥に進むと、優雅にプールで寛ぐ人々、お庭でゆっくりお食事を楽しむ人々、スマートに振る舞うレストランのスタッフさん達の姿が。それぞれが思い思いの時間を過ごす光景はまるで印象派の絵画のようです。
このレストランでは、本当に時間がのんびりと流れていたので、サーブされたお料理を、ペンだけで順番にスケッチしました。前菜は見た目がガスパチョみたいな冷たいスープ。ガスパチョといえば冷たいトマトスープが目に浮かびますが、こちらはスイカバージョンです。メインは豚肉にアプリコットのソースがまったりとして、これまた美味。ただただ至福の時間でした。
今回の旅で一番のお気に入りは、リュベロン地方にあるグルトという田舎町の小さなレストランです。中央広場の一角にあるそのレストランは、地元のお客さんで静かににぎわっていました。この町の住民は、若いころは仕事でパリなどの都会に暮らし、リタイア後に南仏に移住するパターンも多いそうで、食事を楽しむ年配の方々のオシャレもどこか洗練されています。
私はフォアグラのソテーの前菜と、お魚のあんこうのお料理をメインでいただきましたが、調理加減、素材の良さ、味付け、盛り付け、さらにはサーブしてくれた女性オーナーさんのニコニコ笑顔も加わって、全てがパーフェクト! フォアグラのとろけるおいしさは泣けてくるレベルでした。こんなにリラックスしてフレンチを楽しめたこのレストランには、いつかもう一度行きたいと思っています。
そうそう、カフェやレストラン以外にも、パティスリーで甘くない茄子のタルトやカヌレを買って、なんちゃってピクニックも楽しんできました。滞在していた町からバスで15分くらいのフォンテーヌ・ド・ヴォークリューズには、ソルグ川の透明な水が湧き出る泉があります。プロヴァンスは年間を通して雨が少なく、ほとんどが乾いた大地なので、このような清流のある風景は珍しいのだそうです。
平らな岩をテーブル代わりにテイクアウトしたものを広げ、木々の緑と水の音を感じながらのランチタイム。川の中では、日の当たる場所に明るいグリーンの水草が気持ちよさげに揺らぐのが見えます。こんな自然に包まれながらお腹いっぱいになれるって、なんと幸せなことでしょう。ランチ後は、帰りのバスの時間を気にしながら(本当に本数がすくなかったので)大急ぎで画材を広げ、5分ほど風景を描き描き……。水辺と岩しか塗れず、これぞ“時短スケッチ”! というくらい未完成ですが、この絵を見るたびに、あの日の心地よい時間がよみがえってきます。(つづく)
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