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美しいくらし
忘れられないイタリアの美しい村 トスカーナ自由自在
中山久美子
第9回 名物おじさんに会えるスコットランド風の村【バルガ】


 イタリア中部のトスカーナ州、私が暮らすフィレンツェ県と義母の故郷でもあるシエナ県は国内でも特に人気の観光地です。それ以外のトスカーナの魅力も知りたいと家族と訪れたのが、州北部に位置するルッカ県。山深いガルファニャーナ地方にあるバルガへ向かいました。この村を行く先に選んだ一番の理由は、イタリアの小さな村の代表的なアソシエーション(連盟)である「イタリアの最も美しい村」※「オレンジフラッグ」「スローシティ」の3つ全てに加盟している村だから。村好きとしては、否が応でも期待が高まります。

※「オレンジフラッグ」:イタリア旅行協会が観光で質の高いサービスを提供する小さな村に与える認定証。
「スローシティ」:エコロジーや食生活におけるスローフードの哲学にもどづいた町づくりを行う自治体の運動。


 県都ルッカから北上すること30キロ、麓の町からバルガまではくねくねの山道が続きます。
 やっと到着! という寸前で長男が車酔いをしたので路肩に駐車して休憩することにしました。そこで目に飛び込んできたのは「イタリア一(いち)スコットランド風の村」と描かれた看板。なぜスコットランドなのか?  調べようにも、その日は駆け足の観光だったのでわからずじまい。ランチで行こうと思っていた人気の「名物ヒゲおじさんの店」に立ち寄ることもできず、初のバルガ訪問はすっきりしないまま終わってしまいました。

 リベンジでバルガを訪れたのは、6年後の9月。村の南西にあるレアーレ門から入って急な坂道をえっちらおっちら上り、真っ先に向かったのは“ヒゲおじさんの店”でした。市役所がある中心部のサルヴィ広場にあるその店は、さまざまなサイトでかなりの高評価を得ている地元レストラン。店の前だけでなく広場にもテーブルを出すほど繁盛しています。どうやらこの店で接客をしている男性が名物のようです。
 空いている席を探そうと店内をきょろきょろしていると、いました! 黄色いチェックの衣装に長くヒゲを伸ばしたおじさんが。見た目のインパクトは大です。入り口横の小さな席を見つけて座ると、さっそく名物おじさんがこちらにやって来るではありませんか。

「この地ならではの料理を食べたいのですが」。声をかけた途端、彼の少し強面の顔が緩んで優しい表情になり、メニュー表の中から3つの料理をすすめてくれました。「どれも試してみたいけれど、1人ではそんなに食べられない」と悩んでいると、「それならこの2つはちょっとずつ持ってきてあげるよ」と私の耳元でささやき、ウィンクをして去っていく彼。いくつになっても女性に優しいのがイタリア男!(個人の感想です)。粋な立ち居振る舞いに心がしびれます。

「パンの2枚目からは自分でやるんだよ」と彼がセッティングしてくれた1皿目は、ニシンのオイル漬けです。しかし、産地でもないのになぜニシン?? 
 おじさんによると、1800年代後半から1900年代にかけて、新しい生活を求めてイタリアからアメリカやブラジルなどに移住する人が増え、バルガからは多くの人がスコットランドに渡りました。その後、国を出た彼らやその祖先が、故郷であるこの村にさまざまなスコットランド文化を持ち込んだそうです。ニシンのオイル漬けもその一つ、今は地元に親しまれた料理として根づいています。

 2016年からバルガで始まった「スコットランドウイーク」は例年9月前半の1週間、民族衣装のキルトを着てパイプオルガンを持った人々が村を練り歩き、スコットランド音楽のライブや特産物の市などが盛大に開かれます。夏休みを利用して村に里帰りする人も多く、祖父がバルガ人でスコットランド出身の人気歌手パオロ・ヌティーニも何回かこの村を訪れているそう。

 そんなスコットランド談義でおじさんと話が盛り上がったところに、2つ目の皿がテーブルに並びました。IGP認証(保護指定地域表示)を持つこのエリアの名産品、スペルト小麦でつくったパイと、同じくエリア特産のハム、リンケットです。パイのフィリング(具材)は柔らかく煮込まれていて、チーズの風味とコショウがよく効いています。そしてリンケットは、脂肪を取り除いた牛のサーロインをポルチーニ茸やスパイス、塩で熟成させたもので、薄いスライスにも旨味がギュッと凝縮。おかげで、いつもより多めに赤ワインを飲んでしまいました。


 帰り際にヒゲおじさんの写真を撮らせてもらったのですが、来店客からのリクエストが多くて撮影に慣れているのでしょう、自らポーズもばっちり決めてくれました。そんな彼の名前は、店名の「アリスト」と思いきやそうではなくジョヴァンニ。アリストは10年ほど前に亡くなった前オーナーの名前で、そこで働いていたジョヴァンニさんの息子さんとともに店をそのまま引き継いだそうです。
 気さくに話してくれた彼のおかげですっかり居心地がよくなってしまったのですが、ここでゆっくりしてもいられません。後ろ髪を引かれながらも、ジョヴァンニさんとハグをしてお店を後にしたのでした。

 大自然に囲まれたバルガには歴史的な見どころもあります。村の最も高い場所にあるのは、1000年以前に建立されたドゥオモ(大聖堂)。バルガ産の石灰岩で覆われた端正な外観で、中に入ると、キリストの生涯を描いた見事な彫刻に目を見張ります。そして必見はドゥオモの前から望む大パノラマ。村を取り囲む山々と眼下に広がる町並みはまるで1枚の絵画のような美しさです。 

 村の散策を終えて帰りのバス停に向って歩いていると、見慣れない赤の公衆電話ボックスが目に入りました。不要になった電話ボックスをミニ図書館として再活用しているもので、「バルガにルーツを持つスコットランドの夫妻から寄贈されたもの」という張り紙があります。こうした市民生活の一端からも垣間見られるバルガとスコットランドのつながり。互いの地で育まれた心の交流をしみじみと感じた瞬間でした。

 電話ボックスの奥に見えるのは、中世につくられた水道橋です。何世紀にも渡ってこの村に水を供給してきた水道橋はその役目を終え、緑豊かな自然の中に静かにたたずんでいます。
 北海に囲まれた異国の文化がほどよく溶け込む山間の村バルガ。美しい景観と名物のヒゲおじさんに会いに、あなたも訪れてみませんか?



★バルガへのアクセス
ルッカ駅から直通バス、またはバルガ・ガッリアーノ駅など最寄り駅まで電車で行き、バス乗り換えで1時間10分~40分。使用する路線によってバルガでのバス停が変わります。

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/
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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。さまざまな分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の個人旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。ありのままの日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村などイタリア各地の魅力を発信している。
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