× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
忘れられないイタリアの美しい村 トスカーナ自由自在
中山久美子
第7 回 アミアータ山の大自然に抱かれた村【サンタ・フィオーラ】

カステッロ地区から見下ろすモンテカティーノ地区


 バスはあれど、運転手はいない……。ここは中部、トスカーナ州の南にあるアミアータ山。乗り継ぎのバス停に着いてからもう15分も経っています。1本目のバスが遅れて出発していたので、乗り換えに遅れないようにと、運転手が次に乗るバスの運転手に乗客の私がいることを電話で伝えてくれたというのに! 
 そこへ買い物袋とピッツァの箱を抱えてのんびり戻ってきたのは、次に乗るバスの運転手。悪びれもせずにゆっくりとバスに乗り込み、珍しいアジア人の私に陽気に話しかけてくるではありませんか。きっと、大自然に囲まれたのどかな空気が人をおだやかな気性にさせてしまうのでしょう。彼のマイペースなおしゃべりは運転中も止まりません。
 
 こうして目的地の村、サンタ・フィオーラに無事に到着しました。季節は秋、高台から見る村はやわらかな光に包まれていて、うっすらと黄色に染まる森に守られているかのよう。以前訪れた夏とはまた違う美しさです。このうっとりする景色を見たら、先ほどのバスのごたごたもすっかり忘れてしまいました。

 サンタ・フィオーラはアミアータ山の中腹に点在する村の1つ。トスカー州南部のグロッセート県全域に水を供給する水源所を持つ「水の村」として知られています。またアミアータ山の標高350~1000mは栗の木で覆われていることから、IGP(保護指定地域表示)認定を持つ栗の産地でも有名。秋になるとアミアータ山の村々では一斉に栗祭りが行われます。
 村の最初の記録は1142年にさかのぼります。ルネサンス文化が栄えた1400年代まではアルドブランデスキ家やスフォルツァ家の統治下で発展を続けたものの、1624年にはトスカーナ公国に組み込まれることに。現在も残るカステッロ地区、ボルゴ地区、モンテカティーノ地区は14・15世紀ごろの最盛期に誕生したといわれています。
 はじめて来たときは村の北東にあるカステッロ地区だけを見て「小さい村だな」という印象を持っていましたが、このたび南西にある2地区を歩いてみると、かつて南トスカーナ一の伯爵領でもあったこの村が広大な面積を有していることがよくわかりました。

ガリバルディ広場

 まず向かったのは、昔からサンタ・フィオーラの中心であるカステッロ地区。市役所や銀行などの主要施設や商店が集まるガリバルディ広場には、中世の領主であったアルドブランデスキ家の塔やスフォルツァ家の館が並んでいます。これらの歴史的建造物は今も観光案内所や市役所のほか、近代に村の経済を支えた鉱山業の博物館として今も健在。この日は恒例の栗祭りの初日で市も立っていましたが、コロナ禍の影響でやはり例年より規模が小さく、人出が少なかったのが残念です。

 ガリバルディ広場を後にしてメーンストリートのカロリーナ通りを歩くと、村の名前と地元を流れる川の名前にも由来する「聖女フィオーラと聖女ルチッラの教会」にぶつかります。

ロッビア作の色彩テラコッタ

 この教会は12世紀建設のロマネスク=ゴシック様式で、外観も内部も一見とても地味なのですが、素焼き彫刻に釉薬を施した色彩テラコッタで有名な彫刻家、ロッビアの作品を多く所蔵していることに驚かされます。色彩と言っても色数は少なく、主なシーンの背景は、この村に湧く水のような清々しい青。そこに浮かび上がらせるかのように人物と外枠は白で統一されています。もう1つのキーカラーは緑で、村を囲む豊かな森を表しているかのようです。洗礼盤の「キリストの洗礼」、説教壇の3シーン、十字架刑のキリスト、腰ひもの聖母……と、教会内はまるで美術館。これらの美しいコレクションを眺めるだけでおのずと心が落ち着きます。

 教会を出て左側から城門をくぐると、2つの地区が見えてきます。左手にあるボルゴ地区はカステッロの後にできた住宅地で、その反対側にあるモンテカティーノ地区は「モンテ=山」の「カティーノ=(水の)たらい」という名前のとおり、フィオーラ川の恩恵を受けて1400年代から水力を生かした手工業が栄えました。現在はどちらの地区にも一般家屋が立ち並んでいて、おじさんが家の前のリクライニングチェアで本を読んでいたり、住民たちが広場でおしゃべりをしたりと、昔から変わらない日常生活を垣間見ることができます。路地では、陶器製のかわいらしい表札や、玄関周りを彩る花やオーナメントを目にするだけでもほのぼのした気分に。住民のさりげないセンスを感じられる散策は楽しいものです。


 モンテカティーノ地区に来ると、必ず立ち寄りたいのがペスキエーラと呼ばれる池です。中世のアルドブランデスキ統治下では、水源所から引いた水を利用してマスのいけすとして、その後のスフォルツァ家の統治からは公園として使用されています。今も大きなマスがたくさん泳いでいる池のほとりは日陰が多く、心地よい清涼感を感じる憩いの場。ここから眺める、日の光に照らされた村の風景も格別です。
 ぺスキエーラの東側にある昔の洗濯場と、その脇にひっそりと立つ「雪の聖母教会」もこの村の見どころの一つ。教会の床に張られた透明なパネルからは、水が流れる様子を見ることができます。

休憩するのにちょうどよいペスキエーラ

 

具は栗ペーストとリコッタチーズ、栗粉の生地で包まれたラヴィオリを2種類のソースで

 こうして村をひとおり周った後のお楽しみは、やっぱり食事。アミアータ山で秋とくれば、名物の栗を食べないわけにはいきません。ずっと気になっていた老舗の有名店「Il Barilotto」に行ってみることにしました。すると、予約ですべて満席というではありませんか! 
 しかし栗を食べずして帰るわけにもいかず、いちかばちかで店員さんに「1人なんだけど……」と笑顔で頼んでみると、優しいお兄さんが1つだけ席を作ってくれました。それだけでなく、頼もうとしていた栗のラヴィオリはポルチーニ茸とイノシシ肉の2つのソースがあり、どちらにしようか迷っていたら、「じゃあハーフポーションで2つとも持ってきてあげる」とまで。またもラッキーです。

地元の栗林で収穫した栗は大きさ・品質ごとに分けて販売されている

 さて気になるお味は? ラヴィオリの具の栗ペーストが予想以上に甘かったのですが、ポルチーニ茸のソースと併せるとデリケートな優しい味わい。一方、がっつり濃厚なイノシシのラグーソースとはコントラストも楽しめ、両方おいしくいただきました。接客が運よく優しい店員さんに当たったのもありますが、イタリアでは図々しくも愛嬌たっぷりにお願いしてみると聞いてもらえることも多いのです。

 サンタ・フィオーラは、かつてはトスカーナ南部を統治した伯爵領で繁栄した時代もありましたが、今ではバスを乗り継がないと行けない不便な山間の村。人口流出による過疎化も深刻です。
 そこで村は2019年の高速・大容量のインターネット接続サービス開始を機に、補助金を出しての移住推進計画を立ち上げました。するとのリモートワーキングの動きと相まって、補助金がなくなるほどの移住者が集まったそうです。自然に囲まれ穏やかな時が流れる小さな村は、これからの豊かなライフスタイルを実現する絶好の場所なのかもしれませんね。


★サンタ・フィオーラへのアクセス
フィレンツェからバスでパガーニコ、アルチドッソ2回乗り換えで約4時間。車ではフィレンツェ、ローマから約2時間半、シエナからは約1時間半です。

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/
ページの先頭へもどる
【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。さまざまな分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の個人旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。ありのままの日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村などイタリア各地の魅力を発信している。
新刊案内